晴れのち曇ってにわか雨

John B. Rabitan

 道の駅の喫茶スペースは割と広い作りだった。

 喫茶スペースといっても独立したものではなく、飲食コーナーの壁にラーメン、そば、うどんなどのめんの店、一般食堂メニューの店、そしてドーナッツを中心にドリンクなどを提供する三つの店の窓口があり、飲食スペースは共通といういわゆるフードコートとなっている。

 それでも落ち着いた雰囲気を十分に味わえるから不思議だ。


 パーキングに面した一面はガラス張りなので、店内はかなり明るい。外の駐車場の周りは木々に囲まれた緑地公園で、その向こうには高速道路の本線が何本もの柱に支えられてかなり高い位置を走っている。


 店内は向かい合って二基ずつ椅子がある長方形のクリーム色のテーブルが、整然と並んでいる。

 平日の昼間にしては、ほぼ満席状態だ。

 飲食スペースの隣はガラス越しにキッズコーナーがあるが、さすがに遊んでいる子供はいなかった。


 鈴木優美はそんな飲食コーナーの、外がよく見える位置のテーブルになんとか席を取っていた。いかにも女子大学生という感じだ。

 彼女の正面がガラス張りの入り口で背後の奥の壁に三つの店の窓口が並んでいる。

 全体的にきれいで素材も真新しく、できてからまだそんなに年月がたっていないことがわかる。


 外のパーキングには大型トラックや一般車両などさまざまな車が停車しており、あとから来た車は空いているスペースを見つけるのも大変そうだ。

 それらすべてが夏の陽ざしの中で輝いていた。


 そんな風景に飽きた彼女は、視線を手に持ったままのスマホの画面を見た。これから行く予定の場所のマップアプリが立ち上がっていた。テーブルの上は食べかけの林檎カスタードドーナッツとプラスティックのカップに入ったパフェがあった。

 それらが、長い間単調なアスファルトの上を運転してきて疲れ切っていた彼女には十分な癒しを与えてくれた。


 それからアプリを閉じてカメラに切り替え、インカメラで自分の顔を写した。別に自撮りするわけではなく、鏡代わりだ。画面に映った二十一歳のややスリムで整った自分の顔を見ながら、手で前髪を少し整えた。そして、ボブカットの髪を少し撫でてみた。

 そして彼女は、何かを思いだしたように一つため息をついた。


 彼女が何気なく目を挙げると、一人の若者がアイスコーヒーの透明なプラスティック容器を手にきょろきょろと席を探しているのが見えた。黄色いTシャツに足はライダーブーツを履いている。

 席を確保する前にドーナッツとドリンクの店でアイスコーヒーを購入してしまったらしい。


 優美と目が合った。

 若者はつかつかと優美の座るテーブルに近づいてくる。


「こちら、いいですか?」


 にこやかに笑って若者は言う。確かに店内で、一人で座っているのは優美くらいしかいなかった。

 だが優美は、一瞬戸惑った様子を見せた。若者は小首をかしげた。


「誰かいるんですか?」


「いえ、あ、ど、どうぞ」


 そっけなく優美は言った。状況的に仕方がない。男が座っても優美は今まで通りにパフェを楽しんでいた。

 そして目を外の駐車場に移した。程近くの所にさっきまではなかったグレーのボディのバイクが止められているのが見えた。

 

 しばらくは普通の相席のように優美は男を無視してスマホをのぞいており、男もアイスコーヒーを蓋の中央に挿したストローで吸い上げながらやはりスマホを取り出して見ていた。

 

 男はスマホに飽きたのか、店内を見回していた。そして優美を見た。


「結構混んでますね」


「はい」


 男はにこやかな笑顔で言うが、優美の顔は不自然に引きつっていた。


「おひとり様ですか?」


「え? あ、はい。そうですけど」


 優美は男の聞き方に一瞬怪訝な顔をしたが、それがおもしろかったのか少し表情が和らいだ。


「あのう、失礼ですけどおいくつ?」


 優美の和らいだ表情は、再び硬くなった。


「初対面の女性に、いきなり年聞きます? 本当に失礼」


「でもちゃんと聞いておかないと、もし僕より年上だったらそれこそ失礼があってはいけないし」


「二十一。もうすぐ二」


 ぶっきらぼうな優美の答えだったが、男の顔はさらに輝いた。


「ああ、タメだ。よかった」


「何がよかったんですか?」


 優美はまたスマホに目を落とした。男はかまわず聞いてくる。


「学生?」


「そうですけど」


 仕方なく優美は目を挙げる。


「地元の人?」


「いいえ」


「高速で走ってきた?」


「はい」


「ああ、おんなじだ。この高速、サービスエリアが全くなくて、こんなふうに一回インターチェンジで降りたところの道の駅がサービスエリア代わりなんて驚いた。でも、一度降りてまた高速に乗ってもどうせ無料ただの高速道路だから」


「はあ」


「でも、これだけの高速道路が無料だなんて、僕ら学生にはありがたいよね。それに……」


「あのう」


 きつい口調で、優美は男の言葉を遮った。


「よくまあひとりでぺらぺらと。こう言っちゃなんだけど…さすがに、ちょっと」


「ごめんなさい。今の俺、うざいよね」


「わかってればいいんだけど」


「でも、一人旅だと旅先でやっぱいろいろな人と話したいと思うでしょ」


「あなたはそうかもしれないけど、私はそんな気楽な一人旅じゃないんです」


「え? 一人でしょ?」


「一人だけど、遊びで旅行しているわけじゃないって言ってるんです」


「え? どういうこと?」


「あなたには関係ないでしょ!」


「ええ? どこまで行くの?」


 優美はぶっきらぼうに、そしてめんどくさそうに目的地の街の名前を告げた。


「ああ、お城で有名な。観光客も多いよね」


「だから、私は観光じゃないの!」


「じゃあ、何しに行くの?」


「どうしてそこまであなたに言わなきゃいけないの」


 優美はちょうどドーナツもパフェも食べ終わったので、空の容器やドーナツの包み紙をまとめて席を立った。


「もう行きます」


「あのう、つるんで走っていい?」


「なんで?」


「俺、これからフェリーで海峡を渡るんだ。フェリーが出る町は君の行く町へ向かう途中の通り道じゃん。つまり、同じ方向に向かうんだから」


「まあ、勝手についてくる分にはかまわないけどね」


「じゃあ、そうするよ」


「どうぞご自由に」


 優美はそのまま男は無視して、ダストボックスにごみを捨てて店外に出た。とたんにムッとする熱気が彼女を襲った。

 中天の太陽光線が、薄いピンクのシャツとミニスカートの彼女の上に容赦なく注ぐ。

 汗ばむ前にと急いでいくつもの停車中の車の脇を抜けて、彼女は自分の赤いカローラ・ハイブリッドSへと急いだ。スマートキーなので近づいただけでロックは解除される。


 足をそろえて運転席に滑り込んだ彼女はドアを閉めると、エンジンボタンを押した。そしてすぐにエアコンを作動させた。駐車場にあったこの車の内部は、ほとんどサウナ状態だった。

 まずはレバーをリーバースに入れて発進、バックして通路に出て一旦停止してハンドルを切ると、レバーを切り替えアクセルを踏んだ。


 そのまま道の駅を出て一般道を800mほど走り、高架になっている本線の下をくぐって右に折れて、本線と並行したなだらかな上り坂の500mくらい走って本線と合流。高速から降りる時も乗るときも料金所は全くない。

 カローラはスムーズに車の流れに入ることができた。先行はスバル・レオーネバンだが、かなり車間距離はある。


 道は片側二車線だ。ちょうど道の駅からかなりの高さに見えていた高架の上を走っている。左右とも緑に覆われた丘陵地帯だ。

 右手の山と山の間に、ほんの瞬間海が見えた。


 さらに10分ほど走ると、右側には海が展開するようになる。

 決して海岸沿いに走っているわけではなく、青い海が少し離れたところに時々見え隠れするくらいだ。

 

 交通量はほとんどなくスカスカだ。

 かなり前を先行するレオーネバンのほかは、今右側の追越し車線を銀色の冷凍コンテナを積むトラックが追い越していった。

 そしてそれ以外に、先ほどの道の駅を出て再びこの高速に乗ってからずっと一台のグレーのバイクがバックミラーに写っていた。

 乗っている人はフルフェイスのヘルメットで顔はよく見えない。今はライダースジェケッとを着てはいるが、黄色いTシャツを着ていたあの若者に違いない。

 本当に一緒に走るつもりなのだ。


 追い越したトラックは走行車線に戻って彼女の車とレオーネバンの間に入ったので、今度は彼女が追越し車線に移り、一気に速度を上げてトラックとさらにその前のレオーネバンをも追い越した。

 それでもバイクはついてくる。走行車線に戻ってレオーネバンを引き離してから、今度は速度を抑えてみた。

 だがバイクは同じようにスピードダウンし、彼女の車を追い越そうとはしなかった。

 間違いなく一緒に走っている感覚だ。

 そのあとすぐに高速道路は追越し車線がなくなり、片側一車線になった。


 先ほど道の駅のあるインターから30分弱で、次のインターの表示が見えた。すでに県境も超えて五カ所ほど出口は通過しているが、次のインターで降りればまた道の駅があることをナビは教えてくれていた。

 優美は左のウインカーを出し、出口へと向かう分岐点へとカローラを入れた。


             (つづく)

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