第4話 就職

 三人の冒険者、フレン、シズ、ライルと出会った俺は、彼らからこの世界の一般常識っぱんじょうしきを歩きがてら色々学んだ。

 それによると俺が今いるこの地は黎明れいめいの大地と呼ばれる場所で、この世界で最も巨大な大陸の東端にあたるとか。

 黎明の大地はローソニア帝国、イブセブン連邦、マトファミア王国という、主に三つの国家が時に協力し、時に反目しあう形で共存しているとのこと。

 そして、そんな人類国家の共通の敵として魔物が存在しているとのこと。


「お、見えてきたぞ! あれがマトファミアの衛星都市えいせいとしサンクトクルスだ!」


 フレンの声に反応し顔を上げると、遠くに城壁じょうへきで囲まれた中世ヨーロッパ風の都市が見えた。


「サンクトクルスは見ての通り、海運かいうん発展はってんした街なの」

「王都に引けを取らないくらい広いから迷わないように気をつけろよ?」

「ま、そういう僕らも最初は結構けっこう迷ったけどね」


 ワハハハ――とそのころを思い出しながら三人は笑った。

 これから俺の本格的な異世界生活があそこで始まるのか……


「なんか不安そうな顔をしているけど、そんなにビビらなくていいぞ」

「そそ。冒険者ギルドに行けば何らかの仕事はあるし」

加入審査かにゅうしんさは簡単な面接だし、犯罪者でもない限り落ちるほうが難しいよ」

「そ、そうか? それならいいんだけど……でも俺、冒険者になるよか料理人になりたいんだが?」

「うーん、今のカイトだとちょっと厳しいかなあ?」

「その理由は?」

「料理人ってことはどっかの店に所属しょぞくするだろ? もしくは自分の店を持つか?」

「まあ、そうなるな」

「お店に雇われるにしろお店を持つにしろ、今のカイトは身の証明をするものが何もないのよ。そういう身の出所がハッキリしない人や、誰かの後ろだてがない人は、お店でやとわれたりする際、一般市民に比べてものすごいハンデを負うことになるし、そもそも土地は売ってもらえない」

「ああ、そういうことか。すっげー納得なっとくしたよ」


 確かに何の保証ほしょうもない人間を雇ったりするのは店にとってリスクでしかない。

 土地の購入こうにゅうまったく同じだ。

 変なヤツに買われて変なヤツらが集まってしまったら街の問題に発展する。


「冒険者になれば最低限さいていげんの身分は保証されるし、ランクが上がればそれだけ周囲しゅういからの信頼度しんらいどが上がるから、自然と目標もくひょうに近づけるよ」

「よくわかった。で、大体どのくらいのランクになれば実現じつげんできる?」

「店によるけど、雇われ料理人ならDランクあたりかな?」

「土地を買って店を出すならBランクくらいないと厳しいぜ。それ未満だと審査が降りねえ」

「ちなみに最初は?」

「「「Fランク」」」

「うへぇ……俺そこまで到達とうたつできるかなあ? 何か不安になってきた」

「大丈夫じゃね?」

「そうよ。何たってあのスライムを一撃で倒したわけだし!」

「それに、誰よりも冒険心持ってるでしょ? 『ある意味』」


 俺の不安を三人がなぐさめ笑い飛ばす。

 良い奴らだなあ……こっちで最初に出会った異世界人がこの三人で本当に良かった。


 ……

 …………

 ………………


王侯貴族おうこうきぞくや各ギルド員以外は中に入るのに通行料として銀貨2枚が必要なんだけど、俺たちが払ってやるよ」

「なんだって命の恩人だしね」

「美味しいものもごちそうになったし、僕たちからのお礼ってことで」

「ありがとう。恩に着るよ」


 ちなみに銀貨2枚は日本円で大体二千円くらい。

 銅貨1枚=十円、銀貨1枚=千円、金貨1枚=十万円くらいらしい。

 それ以下は切り捨てるか、何か別のもので支払われているようだ。


「それじゃあ手続きも終わったし、僕たちはこれで」

「本当はついて行ってあげたいけど、納品のうひんしなきゃいけないものがあるの」

「一緒の街に住んでりゃまたすぐに会うだろ。またな!」


 門をくぐったところで三人に別れを告げ、俺は街の大通り沿いを歩いた。

 三人の話だと、街の中央にある木造もくぞうの大きな建物たてものがギルドだとか。


「…………ごめんくださーい」


 それっぽい建物があったので、おそるおそる中に入ってみると、なんというか「いかにも」と言った感じだった。

 見ただけで職業しょくぎょうがわかるようなファンタジー世界の装備そうびで身を固めた一団や、見た目山賊さんぞくのような強面こわもての一団、その他もろもろそれっぽい奴らが、各々おのおのの目的のために闊歩かっぽしている。

 俺はこの手の話は好きだったので、正直に言うとほんの少しだけワクワクした。


「冒険者ギルドへようこそ! 初めての方ですね?」

「え? あ、はい。初めてです」

「本日の目的はご依頼いらいですか?」

「いえ、加入です。知り合った冒険者たちからすすめられまして」


 俺は事情じじょうを話した。

 もちろん言えないところはそれっぽくぼかして。


「なるほどなるほど……遭難者そうなんしゃですか」

「ええ……まあ」

帰還きかんするまでの仮の身分が欲しいということですよね。そういう事情であればすぐにでもギルドカードを発行できますが――」


 おお、それはよかった!

 身分証の発行とかって時間がかかるイメージだから心配だったんだよな。


「ギルドに加入する以上、最低限の仕事をしてもらいます。開始するランクはFですので、クエストの内容に関わらず週最低二回ほどこなしてもらうことになりますが、その点はよろしいですか?」

「最低限の仕事というと?」

「Fランク相当の素材そざい集めや魔物の討伐です」

「なるほど」


 まあ、定番ていばんだな。

 ギルドは会社みたいなものだし、そこに所属する以上、何らかの形で貢献こうけんしなければなるまい。


「問題ありません。大丈夫です」

「遭難者とのことですが、冒険者ギルドは犯罪者を肯定こうていしてはいません。もしも貴方あなたに犯罪歴が確認できた場合、すぐさまギルド資格を取り消しますがご了承ください」

「分かりました」

「では最後です。この書類に必要事項ひつようじこうを記入しサインをお願いします」

「サイン……あのう……」

「どうしました?」

「俺、ここの人間じゃないんで、文字読めないし書けないんですが……」

「読み書きできねーでこんなとこ来たのかよwww」

「冒険者稼業かぎょうはバカにはつとまんねーぞ!www」


 相談中、奥の方で飲んでたガラの悪い二人組が、会話内容を聞いてヤジを入れる。


「ギルドって犯罪者を肯定しないんですよね? あれは?」

「血の気が有り余っているだけです。彼らに犯罪歴はありませんよ」

「あ、そうなんですか……」


 意外や意外。いかにもといった風体ふうていなのに犯罪歴はないらしい。


「読み書きできないとのことなので私が代筆だいひつします。よろしければ手続きの後に教会へ行くとよろしいでしょう。子ども達に読み書きを教えていますので、事情を話せば教えてもらえると思います」

「ありがとうございます」

「ではお名前と年齢、神様にさずけられた職業ジョブを教えてください」

「神様に授けられた職業?」

「はい、十五歳の誕生月に告知がありますよね?」


 いや、ありますよねって言われても……

 さすが異世界、俺の常識を平然と超えてくる。


「すいませんが、俺の故郷こきょうはそういった風習は……」

「そうなんですか? ではこちらでお調べします」


 そう言うと、受付嬢は一旦奥へ行き、ソフトボール大の水晶玉をたずさえ戻ってきた。


「では調べます。神が定めしあなたの職業は……何これ? 《食客しょっかく》?」

「何ですかそれ? どんな職業なんです?」

「わかりません。なにぶん前例がないもので……」

「そうですか……」


 少なくとも戦闘向きではなさそうだな。


「ギャハハハハハ! しょ、食客だってよ!」

「そ、それ職業なのか!? ただの居候じゃねーの!? ぶふーっぷぷぷ!」


 さっきの二人組が腹を抱えて笑っている。

 無視だ無視。こっちはこれからの生活でいっぱいいっぱいなんだ。


「おいおい、無視すんなよ」


 いつまでも俺が反応しないのが面白くないのか、二人組はとうとう直接接触せっしょくしてきた。

 俺たちの許可も確認せず勝手にとなりに座る。


「先輩への礼儀れいぎがなってねーな」

「普通後輩は話しかけられたら挨拶あいさつするもんだぜ?」

「……そいつはどうもすいませんね。なにせ、読み書きできない学無がくなしなものですから」

「カッ! 学無し金無し礼儀無しか!」

「じゃあ何もできねーじゃねーか。ギルドってのは何もできねえ奴が所属できるようなとこじゃねーんだ」

「しかも職業が《食客》だぁ? 無駄飯ぐらいなんていらねーよ。さっさと今すぐ出ていきな!」

「……出ていく前に確認させてもらえませんかね先輩」

「ああん?」

「俺に御大層ごたいそうなご意見をくれるあんたがたのランクと職業は?」

「俺ぁDランク! 職業は斧戦士アックスファイターよ!」

「俺様もDランク! 職業は格闘士グラップラーだ!」

「冒険者ギルドの最高ランクはS――なるほど、つまり先輩方は底辺の俺とたった二つしか違わない下っランクなのに、御大層なご意見をくれていたわけですか」

「なっ!?」

「テメェ!?」

「しかも斧戦士も格闘士? どう考えても前衛の職業なのに二人パーティ? 戦闘を支援しえんする中衛ちゅうえいも回復と援護えんごをくれる後衛もいないとかバランスが壊滅的かいめつてきですなあ? 新人をいびらずにはいられないその性格のせいで、もしかしてパーティ組んでもらえないとか? 生まれ変わってやり直した方がいいですよ先輩」

「こっの……」

「クソザコがあああぁぁぁっ!」


 ゴッ!――という衝撃とともに俺の身体が吹っ飛んだ。

 椅子いすに座ったままの体制で五、六メートルほど後ろに飛ばされた。

 地球で同じことが起きたら下手したら死んでるな、俺。


(……思ったほど痛くない。やっぱりこの世界独特どくとくのルールによる補正ほせいなのか?)


 起き上がりながらそんなことを考える。

 物理的に考えて致命傷ちめいしょうなものが、致命傷どころかかすり傷程度ていどであることを考えるとそうとしか思えない。

 みょうなシステムメッセージ、レベルという概念がいねん、神の存在――厳密げんみつには違うが、ここはRPGのような世界と考えていいのかもしれない。


「何もできねえ新人があおってんじゃねえぞ!」

「この仕事の流儀りゅうぎをその体に教えてやらぁ!」


 ――ドカッ! ボカッ!


 二人組は俺を囲んでタコ殴りにする。

 しかし、やはりたいして痛くない。

 小学校高学年に殴られている程度にしか感じない。


(もしかして、俺の方が強いのか?)


 その可能性は考えられなくもない。

 フレン達が苦戦していた巨大スライムを倒したのは俺だし、その際にレベルアップもした。


(痛くないけど殴られっぱなしはムカつくし、一発だけ……)


 ――格闘士(初級)の技を十分にしょくしました。

 ――食した技術・経験が貴方あなたの味となり、全身に染みわたります。


「え?」

「は?」

「へ?」


 ――ヒュゴオオオォォォッ!

 ――ドッガアアアァァァッ!


「おごおおぉぉぉっ!?」


 殴ろうとした瞬間、例のシステムメッセージっぽい声が聞こえ、全身に力がみなぎった。

 そんな俺に殴られたごろつき冒険者Aはいきおいよく吹っ飛び、テーブルを真っ二つにして気絶する。


「テメェ! よくも相棒あいぼうを!」


 残ったもう一人が武器を抜いた。

 手斧ておのと呼ばれる片手斧を振りかぶり、俺の脳天めがけて振り下ろす。


(……見える。なんか動きが見えるぞ)


 目の前に迫る殺意のかたまりを、俺は意外なほど冷静にながめていた。

 簡単によけられそうだと思ったからか、反射的に体が動く。

 拳で斧の根元をカチ上げ、すっぽ抜けた手斧を空中でキャッチ。

 そのままごろつき冒険者Bへと振り下ろす。


 ――ガイイイィィン!


「はにゃ?」


 ごろつき冒険者Bは間抜まぬけな声をあげてその場に倒れた。

 ……死んでないよな? 刃では殴ってないし、今度は手加減できたし。


「おい、あいつ何者だ?」

「新人いびりのダズとゴンザをあんなあっさり倒したぞ」

「それより見たかよあいつの動き?」

「見た。けど全然見えなかった。何をしたのかわかんねえ」


 なんか注目を浴びてるな。

 でもまあ、悪い注目の浴び方じゃないし良しとしよう。

 それなりに実力を示せたのだから今後有効に働くだろう。

 でも――、


「受付さん」

「あ、はい! 何でしょう!?」

「ギルドカードもらえますか? それと使える宿泊施設しゅくはくしせつの説明をお願いします」


 今日のところはお休みだ。

 トラブル続きで疲れているし、明日から頑張がんばろう。




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《あとがき》

異世界での初バトルです。

『色んな意味で』食べれば食べるほど強くなります。

酔拳みたいな感じですね。

ジャッキーチェン主演の酔拳2はアクションめっちゃかっこいいし面白いので超オススメです。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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