9月その③

部室の扉を開けるとそこにはメイドがいた。


バタン。


俺はなにも言わずに扉を閉じる。


「ちょっと、なんでなにも言わずにドアを閉じるんですか!」


と、外から抗議の声が聞こえるが自分で入ってくる気配はないのでしょうがなくこちらから扉を開ける。


「それで、どうしたんだ」


廊下に出て目の前にいるのは、たしかにメイド服を着た後輩。


なにが不満なのか仁王立ちしている。


「まずなんでドア閉めたんですか」


「そこにメイドが居たからつい」


そもそも部室のドアを開けたらメイドがいるとは思わないっつーか。


「折角見せてあげようと思って着て来たのに失礼な人ですねセンパイは」


「とりあえず中入れ、目立つから」


部室の前で目立っても良いことはないので中に引き入れる。


ドアを閉じて改めて観察すると、後輩の姿はクラシックなメイド服なのがわかった。


スカートはちゃんと脛まであるし、袖も手首まであるから露出は最低限。


黒地に白のエプロンが良く映える、ちゃんとしたメイド姿だ。


「んで、その格好はどうしたんだ?」


「メイド服です」


「そういうことではなく」


「言ってませんでしたっけ、文化祭でうちのクラスメイド喫茶やるんですよ」


「うん、聞いてないな」


週に数回程度会って雑談するくらいの内容は興味がなくても流石に忘れないし。


「だからこうしてセンパイに見せに来てあげたんですよ」


「ふーん」


くるっと回ってからスカートを軽く持ち上げてポーズをとる後輩はそこそこ様になっていて、クラスで友人たちと練習して遊んだんだろうなっていうのが伝わってきた。


「センパイはこういうの好きかと思いまして」


「そんなことはないが」


「嘘はだめですよ、センパイ」


まあ確かに、メイド服のスカートは短いより長い方が好きではあるけれど。


「それで、どうですか、センパイ」


「んー、良いんじゃねえの」


「なるほどなるほど」


「なんだよ」


「いえいえ、センパイは素直じゃないなと思いまして」


「なんのことだかわからんなー」


まあ似合っていると思ったのは本当だけどさ。


「そうだ、カメラで撮ってもらえますか?」


「いいぞ」


俺がちょっと離れてカメラを構えると、後輩がすっと表情を切り替えて上品な微笑みを作る。


クラシックなメイド姿に合わせたんだろうか。


実際にそれは背景が部室であるという事実を除けばかなり似合っていた。


まあこの格好が似合う場所はこの学校には存在しないからどうにもならんな。


「どうですか?」


「ん」


スマホを見せると、後輩がちょっと悩んだ表情を見せる。


「んー、ちょっと光の感じが微妙ですかね」


「そうか?」


「センパイ、今度はこれで撮ってみてもらえますか?」


言った後輩が部屋の明かりを点けてからカーテンを閉め、そのカーテンの前でポーズを撮る。


パシャリ。


再びシャッターの音を鳴らして画面を見ると、確かに窓から入ってくる放課後の日差しとは別の印象でカメラに写っていた。


「結構良い感じですね」


「ならよかった」


「ありがとうございます、センパイ」


「どういたしまして」


お礼に答えてから後輩に撮った写真を送って、後輩がそれを自分のスマホで確認する。


そのまましばらくスマホを弄っていた後輩が、顔を上げてこちらを見た。


「それじゃあセンパイ、ちょっと外に出ててもらえますか?」


「いや、なんでだよ」


急にそんなことを言われて抗議をすると、後輩がメイド服の襟を摘まんでちょんちょんと引っ張る。


「これを脱いで着替えないといけないので」


「自分のクラスでやればいいだろ?」


「友達はみんな制服に着替えて帰っちゃいましたよ。私はみんなで合わせたあと直接ここまで来たので」


なら流石に戻って一人で教室で着替えろとは言えないか。


更衣室も今の時間に使えるかはわからんし。


別に頼んで来てもらった訳じゃないんだが、とは流石に言わない。


「んじゃ、早く着替えろよ」


着替えるだけなら五分もかからんだろうし、勉強に問題はないだろう。


「はーい。あっ、覗かないでくださいね」


「しねーよ」


ということで、スマホと財布だけ持って部室を出る。


折角だし飲み物でも買ってくるかと思ったが、そこまで行くのがめんどくさかったので結局スマホで英単語のアプリを開いた。


ドアに背中を預けてアプリで勉強を始めると、端から見たらなにやってんだって思われそうだけど気にしてもしょうがないので気にしない。


幸い放課後になってからはしばらく経ってるしね。


俺はずっと部室で勉強してたけど、後輩はさっき言ってたように、クラスで文化祭の準備をしていたんだろう。


そういえば、この前毎日勉強教えろ的なことを言ってたけれど結局部室に来るのは週に二回か三回くらいだ。


まあ別に毎日来てほしい訳じゃないし、以前よりは勉強に集中するようにもなったので、心なしか来る頻度が上がったかな?くらいの場所に落ち着いたのはこちらとしても都合がよかった。


「センパーイ」


「どうしたー」


部室のドアに背中を預けたまま、中から響いた呼び掛けに気の抜けた返事をする。


「私の着替えとか想像しちゃダメですよ~」


「しねーよ」


着替えかあ。


扉一枚隔てたところで知ってる女子が着替えてるというシチュエーションは悪くないとは思うけれど、相手が後輩なので特に気にはならないかな。


別に全部脱ぐわけでもないだろうし。


むしろメイド服がすげえ脱ぎにくそうだったけど大丈夫なのかって方が、ちょっとだけ気になる。


「ちゃんと一人で着替えられるかー?」


「大丈夫ですよー。着るときも一人で着たんですから」


それもそうか。


「あっ」


「あっ?」


いきなりフラグ消化はやめろ。


「んんっ」


何の声だよ。


「センパイ~」


「どうしたー」


「ちょっと中に来てくれますかー」


「入って大丈夫なのか?」


「はい、多分」


多分じゃないんだわ。


まあ何かあっても俺は悪くないからいいんだけど。


「セーンパーイ」


中に入ると案の定、まだメイド服を身に着けたままの後輩の姿。


白いエプロンを外して黒いドレスだけになってるから脱ごうとしていた形跡は見て取れるけど。


「脱げてないじゃねえか」


「だって背中のファスナーが噛んじゃったんですもん」


「一人で脱げるって言ったよな?」


「記憶にございません」


「政治家みたいな返答やめろ」


「前向きに善処します」


「政治家みたいな返答やめろ」


「ばかやろー!」


「それは政治家じゃなくて総理大臣な! いや総理大臣も政治家だけど!」


ちなみに史実だと叫んでなくてもっとぼそって言ってたらしいとかいう豆知識。


「はあ……。んで、俺にどうしろと?」


「ファスナー下げてくれますか?」


それは男子に頼んでいいことかと思わなくもないが、ここには俺しかいないからしょうがないのか。


しょうがないのか?


「まあいいけど」


結局了承して、後輩が背中を向ける。


噛んでるのは背中のファスナーで、たしかに後ろ手で外すのは難しそうだ。


「大丈夫そうですか?」


「問題ないけど、ファスナー隠す部分の布が噛んでるから気をつけたほうがいいかもな」


「なるほど。あっ、一番下までは下げないでくださいね。下が見えちゃうので」


指摘されたファスナーは首元から背中を通り越して腰まで伸びているので、確かに危なそうだ。


逆に上は見えても大丈夫なインナーを着てるなら安心だけど。


「安心しろ」


まずは生地を噛んでいるファスナーを引っ張りつつ、一旦上に戻す。


それで噛んでるのは外れて、そのまま抵抗もなくすっと下ろせた。


「あっ」


「ちょっと、なんですかその『あっ』って!?」


「冗談だ、ファスナーはここだから安心しろ」


言って、背中のファスナーの部分をトントンと突く。


高さはへそより上なのでまだ安全なラインだ。


「ひゃうっ」


「変な声出すなよ」


「急に変なところを触るセンパイが悪いんじゃないですかっ」


「ファスナーしか触ってないが?」


突いたのもファスナーの上だし。


「それが逆にくすぐったいんですもん」


ならシャツの上から背中を撫でたらどうなるんだろうか。


ちょっと楽しい事になりそうな気はするけど。


「なあ後輩、背中触っていいか?」


「良い訳ないじゃないですか!? センパイ変態ですか!?」


「まあいつも後輩にはヘンタイって言われてるが」


ただ若干イントネーションが違うから、後輩の中でヘンタイと変態はニュアンスが違うのかもしれない。


「とにかく、早く出てってくださいっ」


「はいはい」


そのまま外に追い出されて、前と同じように扉に背中を預ける。


本当は背中を触った時の後輩の反応も見たかったけど、流石に断られたのにやるとセクハラライン越えそうだったからしょうがないか。


「お待たせしました」


「おう」


ほどなくして部室の扉が開いて後輩が顔を出す。


その後輩はちゃんと制服を着ていて、脱いだメイド服は机の上に畳まれていた。


なんか後輩の顔が赤いのはきっと気の所為だろう。


「その制服はどうするんだ?」


「ロッカーに戻してきますよ」


「なるほど」


まあ持ち帰る必要のない荷物だろうしな。


ロングスカートだけあって畳まれたあとでも結構どっさりしてるし。


「それじゃあちょっと行ってきますね」


「ん」


メイド服を腕に抱えた後輩が部室を出ていく前にそうだと思い出した様子でこちらに振り返る。


「当日は私のクラスに来てくださいね、センパイ」


「気が向いたらな」


「えー、絶対来てくださいよ」


なんて言い残していく後輩、接客している姿を見に行くのも悪くはないかなと思ったりもした。




次回、文化祭編に続かない。

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