6月その②
『ねえ、センパイ』
『どうした、後輩』
学校を出て5分ほど、帰り道にスマホがポコンと鳴ったので視線を落とす。
立ち止まって確認すると、後輩からLINEが来ていたので返事をする。
めんどくさかったら既読つけないでスルーするんだけど、まあ今日はいいかな。
『今どこですか?』
『もう帰り路だが』
『どうして部室にいないんですか』
『今日は用事があるって言ってたろ』
ちなみに用事があると言っていたのは後輩で、ならと真っ直ぐ帰ってきたのが俺である。
流石に普通に帰るなら後輩に一言LINEしとくしな。
『予定は変わることもあるんですよ』
聞いてもないのに一方的に今日は来ないとLINEしてきておいて随分勝手な言いぐさだ。
別にこれくらいで怒ったりはしないけどさ。
『どっちにしろ俺が責められる理由はないな』
『今日は用事でもあるんですか?』
用事がなければ部室で勉強して帰るのが日課であるので、こうやって俺が授業を終わって直帰しているのは珍しいことではある。
『映画見に行くだけだけどな』
『なんて映画ですか?』
なぜか映画のタイトルを聞かれたのでそれを答えるのと一緒に宣伝広告に使われている画像を貼る。
『は? 私も見たいんですけど?』
『知らんがな』
『どうして知らないんですか!』
そんなこと一度も聞いてないからですかね……。
『何時からですか?』
『17時40分』
『まだ余裕ありますね』
『えっ、来んの?』
『なにか文句でもあるんですか?』
『いやまあ別にいいけど。今歩道橋の前にいるから来るなら早く来いよ』
『じゃあ3分で行きますね』
『3分は無理だろ』
そう送ったきり、後輩の返信が途切れる。
結果、3分で来た。
「それじゃあ行きましょうか」
「あいよ」
ということで3分後、後輩と合流して歩き出す。
日が長くなってきたのも相まって外はまだまだ明るく、天気も良い。
夕方の風も気持ちよくて、丁度良い季節って感じだ。
その代わりに道すがら浅い時間だから帰り道で同じ学校の制服を見かけるのは若干落ち着かないけど。
「どうかしましたか、センパイ?」
「なんでもないぞ」
落ち着かない原因の半分は隣を歩く後輩なのだが、だからといって『一緒に帰って噂されると恥ずかしいし……。』なんて言うほど繊細なメンタルを持ち合わせているわけではないので気にしないことにする。
噂が自分の耳に届くほど知り合いがいないって話もあるけど。
それを言ったら俺よりもずっと友人が多いであろう後輩も、気にした様子はないし。
映画館までの道を並んで歩いている後輩は、なぜかとても上機嫌だ。
「楽しみですねー、公開前から気になってたんですよー」
これから行くのは海外産の恋愛映画。
個人的に恋愛映画はそこまで好んで見る訳じゃないんだけど、今回は好きな映画監督が絶賛していたのでサブスクに落ちてくるまで我慢できなかったという次第。
「受験勉強はいいんですか?」
「今日はおやすみ」
長い受験勉強生活で二時間くらい時間を捻出できる程度には普段から真面目に勉強しているおかげだな。
まあ帰ったらまた勉強やるけど。
「じゃあその分めいっぱい楽しみましょうね」
「そうだな」
普段は映画見るときは一人で来るから、そういう意味でも今日はちょっと新鮮かな。
いや、一緒に見に来る友人がいないとかいう話ではなく、映画は一人で集中して見る方が好みって意味で。
「センパイはどういう映画が好きですか?」
「そうだなー、やっぱりヒューマンドラマかなぁ」
「つまり感動系ですね?」
「まあ部分的にそう」
感動系以外にも、なんか前向きになれる映画みたいなのもある。
ニュアンスの違いを口で説明するのは難しいけど。
「そういう後輩は、恋愛物か?」
「なんでわかったんですか!?」
「そりゃわかるだろ」
今から見に行くのも恋愛物だしな。
「ちなみに苦手な映画はホラーなので見る時は誘わないでくださいね」
「安心しろ、俺もホラーはほぼ見ない」
そもそも今回だって誘ったわけじゃないっていう前提は置いておいて。
「そうなんですか? センパイも怖いの苦手なんですね~」
「苦手というか、金払ってまでわざわざ好んで見る理由がないって感じだけどな」
ホラー見て本気でこわ~ってなることも無いしわざわざ金を払う理由がないっていうか。
「そんなこと言ってー、本当は怖いの苦手なんですよね?」
「だから違うと」
「じゃあ無料ならホラーも見るんですか?」
「いや、ほぼ見ない」
「やっぱり怖いんじゃないですかー」
「ホラーが怖いのは後輩の方だろ」
「は? 私は怖くないですけど?」
「最初に苦手って言ってたろ」
「苦手とは言ったけど怖いとは言ってませんから」
こいつ……。
いつか絶対ホラー映画を見せてやろうと俺は心に誓った。
まあそんな機会はタイミング的にもうないだろうけど。
後輩と合流してから15分ほど歩き、映画館に到着する。
扉を開けて中に入ると、外よりも気持ち暖かくて過ごしやすい温度になっている。
まあ暖房がついてるのか人が多いせいなのかはわからないけど。
学校終わり仕事終わりに丁度良い時間ということもあり、ロビーには結構な密度で人が溢れていた。
その中で受け付けの列の最後尾に並びながら後輩に聞く。
「席どうする?」
「一番はやっぱり真ん中ですかねー、もう埋まってそうですけど」
モニターに映ってる席の埋まり具合を遠目に確認すると、劇場の中央を基点にひし形状に席が埋まっているのが見えた。
「大体埋まってるっぽいな。並んで席取らなければ入れそうな場所もあるけど」
ポツポツと一席だけ空いてるのが見えるのは二人組や三人組の客がスルーした結果だろう。
俺と後輩も二人組ではあるけれど、別に隣同士の席に拘るほどでもない。
一緒に来たのも偶然みたいなもんだしな。
「でもやっぱり両方知らない人よりは気楽ですよ」
「まあ確かにな」
「それに席が離れてるとセンパイのポップコーン貰えませんし」
「買わんぞ」
「えっ!?」
なぜか驚いた顔の後輩はスルーして、列が順番に短くなっていってやっと自分達の番。
後輩と席を指定すると、受付のお姉さんがにっこりと笑った。
「お二人様ですね。カップル割引で2000円になります」
「あ、カップルじゃないです」
「ちょっと、センパイっ」
事実を訂正すると、隣の後輩からツッコミが入った。
「なんだよ?」
「こういうのはわざわざ訂正しなくていいんですよ」
「えー、でもちゃんと言わないと詐欺になったりするからなー」
「こういう場所でのカップルは男女のセットって意味だからいいんです。ほら、店員さんも困ってるじゃないですか」
後輩に指摘されて視線を向けると、たしかに困ったような表情を浮かべていた。
本当に駄目ならそう指摘されるだろうし、ここでは後輩の意見の方が正しかったみたいだ。
「それじゃあそれでお願いします。お手数かけてすみません」
「センパイ、1000円ありますか?」
「あるぞ」
「私は5000円札しかないんでこれで払っちゃいますね」
「ん」
後輩が5000円札をコイントレーに置いて、俺は1000円札を後輩に渡す。
ちょっと手間ではあったけど、割引で安くなった分は得したからよかったかな。
なんてやり取りをしつつ結局真ん中から斜め後ろにずらした場所に後輩と並んで席を取った。
「んじゃ、行くか」
「はいっ」
上映が終わって劇場が明るくなり、人の流れにのって後輩とホールへと出る。
もうすぐ20時ということで普段なら家にいる時間だが、チケットの販売カウンターの周りにはまだそこそこの人影が見えた。
もう一本映画を見ると高校生は出歩いていたら注意されるくらいの時間になるのだが、それでもそれらしき若者の姿もちらほらと見える。
流石に俺たちみたいに学生服を着ているのは、もう帰っていく人の流れの中にしか見ないけど。
「映画面白かったですねー」
「そうだなー」
映画は前評判通り、大満足の出来だった。
「特に最後の自転車で走り出すところが良かったですよねー」
「ベタだけどああいうのに弱いわ」
なんて映画の感想を語るのも珍しい体験ではあるけど悪くはない。
「そうだ、折角だしパネルの前で一枚撮りませんかセンパイ」
後輩が立ち止まったのは今見てきた映画のパネル。
主演の俳優の等身大画像に作品をイメージした背景がついている。
「んー、まあいいか」
他の人の迷惑にもならなそうだし。
ということで、後輩が映画館のスタッフの人に頼んで一枚撮ってもらう。
まあこういうのも記念になるかな。
「センパイも撮りますか?」
「いや、あとで送ってくれればいい」
スタッフの人にはお礼を言ってあとは帰るだけ、なのだがふとホールの中に漂うホットスナックの匂いに反応して腹が鳴った。
そいや、学校終わって何も食ってなかったな。
普段ならもう夕食を済ませてる時間だし。
まあホールは人が多いし映画の予告なんかもモニターで流してるから後輩には聞こえなかっただろうけど。
「センパイ、お腹鳴りましたか?」
「鳴ってないぞ」
「どうしてすぐ嘘つくんですかね」
「むしろ後輩の腹が鳴ったんじゃないのか」
「鳴ってませんけど!」
まあそんな話はどうでもいいんだけど。
「折角だし帰る前に軽く食ってくか?」
指さすのは食欲を誘う匂いの元のホットスナック売り場。
「センパイの奢りですか?」
「食うのは半分だけな」
「じゃあいただきます」
ということで数人並んでる注文の列の最後尾に加わる。
帰ったら普通に夕飯はあるんだけど、まあ唐揚げの半分くらいなら問題なく入るだろう。
後輩は、知らない。
まあこれだけで夕食が入らないほど満腹にはならねえんじゃねえかな、摂取カロリーについては責任持てないけど。
「からあげ一つお願いします」
ちなみに一つといっても四つ入りワンセットだけど。
それを受け取ってから後輩と並んで館内のベンチに腰掛ける。
「それじゃ改めて、いただきます」
「熱いから気をつけろよ」
「そんな大丈夫ですよ~、あっつ!」
「フリからの回収が早すぎる……」
なんてやり取りをしながらも爪楊枝は二つつけてもらったので互いに一つずつ、唐揚げに刺して口に運ぶ。
齧ると中から肉汁が溢れてきて、醤油の味付けが絶妙だ。
「ん、なんか思ってたより美味しいですね」
「だなー。こういうところの食い物って割高な印象だったけど」
からあげワンセットで400円(税別)。
コンビニとかと比べるとちょっと高いかなって感じがするけど、コンビニで売ってるそれよりちょっと大きいし味もちゃんとしてるので値段相応の満足感があった。
「とはいえ安くはないですけどね」
「だな」
毎月のお小遣いから捻出される予算としては440円は安くはない。
「半分出してもいいんだぞ」
「それは嫌です」
まあ奢るって言った手前本当に出されても困るけどな。
「もう一個」
遠慮なく爪楊枝を刺して唐揚げを口に入れる後輩はその美味さに頬を緩める。
それは普段の甘味を堪能する時とはまた少し違った反応だった。
「甘味と油は別物だもんなあ」
「そうですねえ」
どっちが上という話でもないけれど、両方楽しめるならそれは幸せだ。
「でもこうやってると本当にデートしてるみたいですね」
「客観的に見ればそうかもな」
映画を終えて二人並んで唐揚げをつついている様子は、受付の人じゃなくてもカップルと見間違えるかもしれない。
「ま、実際は付き合ってないんだけど」
「そうですね。でも恋愛映画を見たあとって恋をしたくなりません?」
「まあ気持ちはわかる」
スポーツ漫画読んだらそのスポーツをやりたくなるのと大体同じ理屈だな。
昔家にあったヒカルの碁読んで囲碁始めたことあったなー、懐かしい。
「どこかに私を好きなイケメンいないですかねー」
「どっかに俺のこと好きな綺麗な子いねえかなー」
なんて言ってみても、そんな相手が見つかる訳はないんだけど。
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