2-4


 ランス様の部下の三人は、旅の間、一人は遠く前方を走り、私たちがこれから進むべき道の安全をかくにんしてくれている。次の一人は私たちのななめ後方にひかえ、あるじの呼びかけに応じる。最後の一人は後方を守ってくれている。ダグラス様、ロニー様、ワイアット様がローテーションでその任にく。

 馬車で十日と言われていた旅だったが、どうやら六日で領地に到着しそうだ。それもこれも皆様のたくえつした乗馬術と、てっぺきの守りと、私のお尻をせいにしたからに他ならない。

 私のお尻の皮は、乗馬レッスン三日目でけた。ダンスのレッスンでねんした時の三倍は痛かった。上司であるランス様にキチンと報告し、私は安定の横抱きスタイルに戻った。

 旅も五日目となり、景色はかんそうした大地から森林地帯に入った。ランス様が東の辺境、我々のこれからのすみかについて道すがら教えてくれる。

 その土地は深い森に囲まれていて、奥にりんごくがある。隣国からの人間がしのび込みやすく、それゆえにり合いはにちじょうはん。また、森にひそむ動物も多種多様で、きょうぼうなクマなどが出ると、そのとうばつにも行かなければならない。


「俺は任務で何度も行ったことがあるが、領主としておもむくのはこれが初めてだ。前領主のカリーノ伯はその半分は討伐で不在だった。まあ退たいくつはしないだろう」


 カリーノ領は、このたびの領主交代によって名前がキアラリー領にへんこうされた。こうしゃく所有のキアラリーはくしゃく位をいだランス様の名前を変えるわけにはいかなかったのだ。


「なぜカリーノ伯爵は領地を返上されたのでしょう?」

「ご自身が戦えなくなり、あとりにめぐまれなかったためいさぎよく引いた、と聞いている」


 戦える領主でなければ生きていけない厳しい土地なのだ。いつの間にか緩んでいた気持ちが引き締まる。


「しかし、深い森があるということは、森の恵みも多いということ。いつもたくさんのごそうを用意してくださっていたぞ」


 食べ物でろうとするランス様。私の弱点をすでにあくしている。さすが元将軍閣下だ。


「城は前領主の使用人のうち、その地に残りたがった者をそのままやとっている。そして、軍で指揮していた当時の部下が俺のあとを追って退職し、私兵としてついてきた。ダグラスたちと一緒だ。そいつらが四、五十いるかな。自分たちの家を見つけるまで、城にいる」


 思った以上に大所帯のようだ。


「ランス様はしたわれておいでですね」

「……困っている。勝手に神格化されて」


〈死〉という〈祝福〉のもと、死神の役割をあたえられ、ガムシャラに働いてきたら、今度はえいゆうあがめられ……確かにおのれの立ち位置を見失いそうだ。


「それは困りましたね……」

「……そうだろう?」


 私は深く同情し、ウンウンと頷く。


「とりあえず、ただの、、、領主様の役を演じてみてはどうでしょう?」

ただの、、、領主?」

「はい、領主としてはランス様はまだ一年生なのですから。で、私は結婚後はただの、、、領主の妻を演じます」


 新しい土地には幸いにも、ランス様と私の〈祝福〉を知る者はいないはず。ランス様はしばし〈死〉を忘れてもいいのではないだろうか?


「ただの領主とただの妻か……」

「領主業、頑張ってくださいませ。私もささやかですが手伝います」


 王都から離れ、しがらみから離れ、ランス様が少しでもおだやかに過ごせますように。

 前方からひづめの音が聞こえてきた。ランス様が馬を止め、ギュッと私を大きな胸にかくまう。

 何事かと思えば、先を進んでいたワイアット様が戻ってきた。後方にいたダグラス様とロニー様もきょを一気に詰め、集った。


「どうした?」

「ここから一時間ほど行った先でしゃくずれが起こり、道がまっております。かいに回らねばなりません。ただ、迂回すると宿がありません」


 全員がランス様のむなもとでカンガルーの赤ちゃん状態の私を覗き込む。問題は私ってこと? 時間もないのでおくさずにこう。


「えー、では夜駆けしよう! ということですか?」

「いえ、馬を休ませねばなりません」


 と、ロニー様が自身のあしを撫でながら答えた。


「よくわかりませんが、ランス様の考える最善でよろしいかと」

「森で野宿だ」


 なんだ、野宿か。


「かしこまりました」

「よ、よろしいのですか? 野宿など、ご令嬢が!」


 よっぽど驚いたのか、無口なワイアット様がめずらしく確認してきた。


「今夜はお天気ですし、皆様は野宿に慣れているでしょうし、問題ありません」


 雨のキャンプは最悪だ! というのが前世の林間学校いんそつでの感想。でも天気が良くて、野営のプロが四人もいるのだ。皆様の働きぶりを見るのが楽しみなくらいである。


「足を引っ張ると思いますが、よろしくお願いします」


 私は頭を下げて、心配ないと微笑ほほえんでみせた。

 ワイアット様はすでに野営に適した、平らで水場に近い土地の目星をつけていた。そこに到着し、ランス様がOKサインを出すと、おのおの広がって一晩過ごす準備を始めた。

 の私はランス様にこんがんして、馬たちの世話を任された。……といっても家族のように大事にされているランス様たちの馬に私ができることは、小川で水を飲んだり草をはんだりするのを見守るくらいなのだけれど。

 そんな私にワイアット様がかための馬用のブラシを「どうぞ」と貸してくれた。優しい。


「エム、ここには大型動物のふんもなく、安全は確認した。馬の世話が終わったらその……無理にとは言わないが、明るいうちに体を拭くといい。しばらく近づかないと誓う。俺が戻る時は、距離を取って声をかけるから」


 なるほど、トイレを済ませたり、小川の水にタオルをひたして、体を清めていいよ、ってことだ。こうした細やかな気づかいに、どんどんランス様への尊敬の念がつのっていく。

 ランス様が軽く手を上げて去ったあと、私はここ数日で仲良くなった馬たちが草を食べている間に、びをしてブラッシングした。

 リングの黒をはじめ、白、くり、芦毛と色とりどりで美しい馬たちは皆つぶらなひとみをしていて優しく、素人の自己満足の仕事をいやがらない。

 馬たちの埃やよごれが落ちて、そろそろ私も体を拭くか、もうしばらく誰もここには来ないらしいし……と思ったところで、ふとひらめいた。今ならば、〈ホンキミ〉知識にある私だけのほうためせるのでは?

 次にいつ一人の時間が取れるかわからない。試すのを迷うひまはない。これから向かう土地は生半可な人間が生きていける場所ではないのだ。

 私は馬たちにちょっと待っててねと声をかけ、自分のたけほどもあるやぶに分け入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る