めがねの女神様と三種のめがね

八万

めがねの女神様


「どこだここは?」


 気づくと僕は大きく綺麗な泉のほとりにたたずんでいた。


 泉からは細かな砂粒を巻き上げながら、どこまでも透明な水が滾々こんこんと湧き上がっていた。


 泉の周りには色とりどりの花が咲き誇り、甘い香りが鼻をくすぐる。


 ふと、自分の姿を確認すると、白い衣をふわりと身につけているのみで、下着も靴も履いてないことに気づいた。


 しかし、不思議と違和感を感じず、まるで夢の中に迷い込んだ気分だ。


 そんな平和な景色を何とはなしに眺め、ぼーっと立っていると、澄んだ水面にわずかに波紋が現れ、そこに薄いシルクのような衣を身にまとい、縁無しめがねを掛けた美しい女性がふわりと浮いていた。


 その姿は泉の透き通る水面に日の光が反射して、光り輝いて神々しく見えた。


「あわわわ……」


 僕はあまりに驚いて、その場で腰を抜かしてしまった。


「ふふふ……見えてるわよ?」


 そのあまりに現実離れした美しい女性に目を奪われ、僕はまくれた裾を直すのも忘れ、ずっと口が半開き状態であった。


 しばらく、呆れた様に僕を見つめていた女性は、溜息をひとつ吐くと語り出した。


「あなたは、先ほど横断歩道で信号待ちをしている時に、春一番の強風で飛ばされた黒縁めがねを拾おうとして車に轢かれ、現在あなたの肉体は病院で昏睡状態です」


 その女性は淡々と衝撃の事実を語る。


「僕はまだ生きている……?」


 女性は静かに頷く。


 確かに、先程までの記憶と合致する。


 後頭部を殴られたようなショックだが、まだ希望はありそうだ。


「てことは……ここは?」


 恐る恐る質問してみる。


「ここは、めがねの泉です」


「めがねの泉?」


「そうです。あなたは、めがねを愛しめがねに愛された人間。ですからここにお呼び致しました。わたくしは、めがねの女神です」


「めがめのめがめ?」


「くっ、めがねの女神よっ」


「あっ、なるほど。確かに僕は目が悪くて三歳の頃から現在四十五歳まで、辛い時も幸せな時もずっとめがねと共に歩んできた人生だったな」


 僕はしみじみとめがねを通した人生を、走馬灯のように振り返った。


「あなたのめがねはその事故でペチャンコになりました。だから、あなたにはわたくしから特別なめがねを差し上げます。それを掛けてまた、めがねライフを楽しんで下さいね。これはめがねを愛して下さったお礼と思って下さい」


「あ……ありがとうございます!」


 僕は女神様の心遣いに感極まり、深く頭を下げた。


「つきましては、あなたの前に三つのめがねがあります。好きなものを選んで下さい」


 女神様がそう言うと、僕の前に台座が三つ現れ、その上に三種の異なる特徴のめがねが載っていた。


 そのうちのひとつは……

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