第18話 カオス空間入りました

彩葵さきちゃん大丈夫だった?」


 彩葵が過去の話を吉良きらさんと仁凪になに話してから三日が経ち、おそらく聞くタイミングを見ていた吉良さんが心配そうに聞いてくる。


「うん。なんかあだ名が『女王様』になったって」


「女王様とは? それはいじめられてない?」


「なんかね、逆に目立って『触らぬ神に祟りなし』状態を目指したんだって。それでその日には『女王様』って呼ばれて崇められたって言ってたよ」


 言ってる意味は分からなかったけど、彩葵も嘘をついてる様子はなく、彩葵自身も困惑していた。


 だからとりあえずは信じることにした。


「確かに彩葵ちゃんの切り替えはすごいけど、一日でスクールカースト一位になったと?」


「どうなんだろうね。一人になろうとはしてるみたいだけど、逆に近寄ってくる人は増えたみたい」


「一日で家来をつけるなんてさすが」


 吉良さんが薄く笑いながら言う。


 少し呆れているようにも見える。


 正直僕も意味が分からなくて今でも真実なのか疑っている。


「とりあえずは彩葵の変化に気をつけることにする。なにか変なところがあったら……」


「怖い怖い。乗り込んでも悪化するだけだからやめなさいね? やるなら上手くやる事」


「つまり闇討ち?」


「彩葵ちゃんのこととなると後先はいつもだけど、何も考えなさすぎでしょ」


 確かに僕は彩葵のこととなるとすぐに頭に血が上って行動してしまう。


 少し考えれば彩葵に迷惑がかかるのは明白で、その先も彩葵が罪悪感にさいなまれるだけで、何もいい事がない。


「反省……」


「そういうところは二宮にのみや君のいいところだよ」


「どういうところ?」


「自分の非を認められて、冷静になれるところ」


 自分ではよく分からないけど、吉良さんが言うのならそうなのだろう。


 良くは分からないけど。


「ゆうちゃん、そうくんいじめてる?」


「びっくりしたぁ」


 仁凪がほっぺたを少し膨らませながら吉良さんの背後に立っている。


 僕の方からは仁凪が教室に入ってくるのが見えたけど、吉良さんは僕の方に体を向けていたから気づかなかったようでとても驚いている。


「いじめられてないよ。むしろ褒めてもらってた」


「そうなの? ならゆうちゃんいいこ」


 仁凪はそう言って吉良さんの頭を撫でる。


「いい気分だけど子供扱いされてるみたいで嫌だ」


 吉良さんはそう言って仁凪の手を掴んでうにうにする。


「今日は早いけど何かあった?」


「あ、わすれてた。きていいよ」


 仁凪が教室の後ろの扉に向かって声をかける。


 すると教室の中に一人の男子生徒が入ってきた。


「二宮君の心の声を当ててあげよう」


「うん」


「『誰?』でしょ」


 吉良さんがドヤ顔で答えるけど、初対面なのだからそうなるのは必然だ。


 だけど多分僕がおかしいのだと察した。


 教室に居る女子生徒が騒ぎ出したから。


「ねぇ仁凪、忘れてたでしょ?」


「うん。そうくんとおはなしするのたのしい」


「してたの私な気がするんだけど?」


「じゃあゆうちゃんも」


 次いで扱いされた吉良さんが仁凪を笑顔で睨む。


「それで誰? 仁凪の知り合い?」


 吉良さんも知ってるようだけど、仁凪を呼び捨てで呼んでる時点で仁凪と仲のいい相手なのは確かだ。


 仁凪は仲良くなると自分を名前で呼ばせたがる。


 吉良さんは頑なに断っている。彩葵も言われてはいたけどまだ慣れてないようで呼べてはいない。


「ほんとに俺を知らないんだ。レアエネミーにエンカウントした気分」


「何せ私を知らないぐらいだからね。しかも隣の枢木くるるぎさんすらも」


 僕が悪いのだけど、何回もその話をされるとちょっと罪悪感でいっぱいになるからやめて欲しい。


「まぁいいや。俺は枢木 太一たいち。そこの吉良さんに並ぶ有名人」


「……枢木?」


『枢木』それは仁凪と同じ名字だ。


 人が沢山集まる『学校』という施設上、同じ名字の人がいてもおかしくはない。


 だけど『枢木』という珍しい名字で同級生なんてすごい偶然だ。


「同級生なんだよね?」


「そうだな。仁凪とは高校に入ってすぐには──」


「仁凪のお兄さん?」


 僕の発言に吉良さんははてなマークを浮かべ、枢木君は無表情、そして仁凪が──


「そうくんのかち。つまりになのかち」


 そう言って僕の頭を撫でる。


「待て仁凪。まだ理由を聞いてない」


「そうくんはなんでもわかるすごいひとだから」


「理由になってない。二宮、なんで俺が仁凪の兄だと?」


 枢木君がジト目で睨んみながらそう言う。


 僕は仁凪に頭を撫でられながら答える。


「一番はなんとなくだけど、仁凪と仲がいい相手がお兄さんしか浮かばなかったのが決定打かな?」


 普通なら同級生だから兄妹なんて想像はしないのだろう。


 だけど仁凪を知っている僕からしたら、仁凪と仲のいい相手を他に思いつかなかった。


 もしもいるのなら、昼休み以外の時間を全て僕とのおしゃべりに使うことなんてないはずだし。


「仁凪が昼休みにどこかでご飯を食べてたのってお兄さんのところでしょ? 失礼なこと言うけど、仁凪に友達がいるって思えなくて」


 前に吉良さんから、仁凪は女子から嫌われていると聞いた。


 男子人気が高くて、表では吉良さんが人気だけど、裏では仁凪が人気らしく、そのせいで仁凪が女子から反感を買っているとのこと。


 要するにただの逆恨みだ。


「仁凪からも友達の話を聞かないし、それなら名字も一緒だしそうなのかなって」


「そうくんせいかい。ぱーふぇくと」


 仁凪に対して相当酷いことを言った自覚はあるけど、言われた仁凪は嬉しそうに僕の頭を撫で続ける。


「言ってることは最低だけど、仁凪のことを理解しすぎだろ。仁凪には『嘘』って言葉が頭にないのも分かりきってるってか」


「安心していいよ。二宮君にもないから」


 今度は僕が酷いことを言われた。


 僕だって嘘を言うことぐらいある。


 ……思いつかないけど多分言ったことはあるはずだ。


「みんな知ってることなの?」


「俺と仁凪が兄妹って? 知らないだろうな。別に隠してる訳ではないけど、そう思いたいんだろうし」


「なんで?」


「自分で言いたくないから頼む」


 枢木君が吉良さんに視線を向けて言う。


 言われた吉良さんはとても嫌そうだ。


「貸し一つあるだろ?」


「あの時にひよったこと話すよ?」


「うるさい黙れ。てかひよってねぇし。ただ胃もたれしそうだから保健室に行こうか悩んでただけだし」


 吉良さんと枢木君が何やら言い合いを始めた。


「まぁ仕方ない。今回は貸し一つということで受けてあげる」


「お前こいつの前だと性格変わりすぎだろ」


「失敬な。二宮君の前にいる時が素で、他が変わった私だから」


 そういえば吉良さんは最初『清楚系』なイメージだった気がする。


 今では学校で僕と仁凪のところにしかいないから、この吉良さんしか見てなくて忘れてた。


「そういえば付き合ってるんだっけ? どうせ『嘘』なんだろうけど」


「何を根拠に?」


「オレニナビカナカッタオマエガコンナサエナイヤツトツキアウトカ」


「言いたくないなら無理に言わなくていいよ。おたくの妹さんが怒ってるから」


 ロボットみたいにカタコトで枢木君が話した途端に、仁凪は手を止めて枢木君を睨んでいる。


「仁凪、嘘だからな? 本気で言ってないから、な? だからそんなに怒らないで──」


「おにい、きらい」


「かっ……」


 枢木君が膝から崩れ落ちる。


「そうくんごめんなさい。そうくんはとってもいいひとで、になはだいすきだからね?」


 仁凪が僕をギューッと抱きしめながら優しく言う。


「大丈夫だよ。それよりお兄さんのことを嫌いなんて言ったら駄目だよ」


「や、おにいきらい。そうくんをわるくいうひときらい」


「仁凪のその気持ちは嬉しいけど、どんな関係でも『嫌い』の一言で壊れることはあるんだよ? 本心とは違うことを言って関係が壊れるなんて絶対に駄目だよ」


 仁凪から見た枢木君は、僕から見た彩葵のような存在だと思う。


 最終的には許してくれるからと、勢いで『嫌い』と言って、彩葵が本気にしてしまったらと思うとゾッとする。


「仁凪だってほんとに嫌いな訳じゃないんでしょ?」


「いまはほんとにきらい」


「まさかの反応で僕困惑。どうしよう吉良さん」


「私に振らないでよ。いいじゃん、枢木君が全部悪いんだし。罰だよ」


 吉良さんまでそんな事を言うので、どうしたものかと枢木君を見るが、未だに落ち込んだままだ。


「カオス?」


 考えることを放棄して、後は時間に任せることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る