第13話 眠り姫の隣で行われる話し合い?

 私は今、ものすごいものを目撃している。


 ほんの一瞬だった。


 そこに居たはずの彩葵さきちゃんが消えた。


 探す必要はなかった。


 だって私の視線の中に自分から入ってきたのだから。


 私の視線の先、つまり眠る二宮にのみや君のに。


「マウントポジション取ってる。それはいいんだけど……いいのか? じゃなくて、音もなくこの距離を数秒で埋めるとかやばくない?」


 運動神経がいいとかで片付けられないレベルの速さ。


 誰であっても見逃してしまうその速さに驚くが、それ以上に……


「あぁ、。寝てる姿もかわいい。その無防備で無垢な顔にキスしていい? ありがとう」


「おいおい、止まれ」


 躊躇いなく二宮君に顔を近づける彩葵ちゃんの軽い体を持ち上げて二宮君から離す。


「ちょっと邪魔しないで。私と颯太そうたの営みの邪魔をするなら容赦しないよ」


「大好きなお兄ちゃんを前にすると性格変わるのか。さっきまでのが『清楚』だとしたら、今は『ヤンデレ』かな?」


 私はそういう『属性』というのをよく分かっていないから適当なのが分からないけど、イメージとしてはそんな感じだ。


「だいたいあなたの事も許してないんだけど? 颯太が優しいのを利用して仲良くなろうなんて。しかもそれだけで飽き足らずに恋人のフリ? 調子に乗るのも大概にしてよ!」


 彩葵ちゃんを床に下ろして(拘束は解いてない)言葉を受ける。


 正直彩葵ちゃんの言う通りで何も言い返せない。


 私は二宮君が断らないのを利用して、私への告白を断る口実に使った。


 彩葵ちゃんが怒るのも当然だ。


「事実だから言い返せない? だったら颯太と仲良くするのやめてよ!」


「……無理かな」


「颯太は絶対に悲しむ事になる。あなたが学校一の美少女を自称するなら絶対に」


 自称はしてないけど、他称ならされている。


 そしてそのせいで二宮君が傷つくのも分かっている。


「でも無理かな」


「結局自分の為に颯太を使うんだね。最低」


 何も言い返せない。


 多分言い返せても意味が無い。


 私は私が悪い事を自覚しているし、彩葵ちゃんが私を認める事は絶対にないから。


「離して」


「一つだけ言い訳していい?」


「私がそれを聞いて許すとでも?」


「思ってないよ。ただ彩葵ちゃんには伝えといた方がフェアかなって」


「何を」


「私がなんで二宮君と恋人のフリをしてるのか」


 これは誰にも話していない事だ。


 面白い話でもないからわざわざ自分から話すものでもないし、何より私が話したくないと思っている。


 だけど、後で言い訳のようにこの話をするよりかは、今話しておいた方がいいと思う。


「それを聞いて私に得があるの?」


「あるよ。それは私を脅す材料になるから」


 今話そうとしてる話は他の誰かに話されると少し困る。


 特に二宮君と枢木くるるぎさんに話されるのは嫌だ。


「私はあなたが嫌い」


「聞いたよ」


「それなら私がすぐに颯太にバラすって思わないの?」


「彩葵ちゃんの言ってた事はほとんど事実だもん。二宮君を利用しておいて自分はなんのリスクも負わないのはただの外道だから」


 結局は自分への『言い訳』が欲しいだけだ。


 私は秘密を晒したのだからあなたの兄を利用するのを許して欲しいと。


「最低じゃん」


「そうだね。でもね、初めてなんだよ」


「何が?」


「私が心から信頼できる相手」


 二宮君のことはなぜか初めて会った時から信頼できた。


 理由なんて分からない。


 いい子なのはそうなんだけど、多分そういうことではなく、何かもっと確信的な何かがあるはずだ。


「二宮君の魅力なのかな」


「それは『好き』になったと?」


「どうなんだろうね。人としては確実に好きだよ。でもそれが恋愛かどうかはまだ分からないかな」


 今の私に二宮君を好きになる資格なんてないのは分かっている。


 だけどそれを抜きにしても分からない。


 今まで人を好きになろうとなんて微塵も思ってこなかったのだから。


「私も結局二宮君と同じで『好き』が何か分かってないんだよね」


「颯太は私のことが大好きなのが一番の理由だけど、それ以上に私のせいで『好き』が嫌いなんだと思う」


「そこら辺は聞かないよ。多分駄目なやつでしょ?」


 彩葵ちゃんが頷いて答える。


「あ、気まずい話次いでに。二宮君が寝てる間にほんとにキスしてるの?」


「……言わせないでよ」


 彩葵ちゃんが恥じらいながら言う。


(あ、してないなこれ)


 なんとなくそう思う。


 多分しようとするとちょうど二宮君が起きるか、途中でひよるかのどっちかだろう。


 やっぱり可愛い。


「無いと思うけど、あなたはしてないよね?」


「してないよ。


 私にそんな権利ないからする気はない。


 枢木さんのことは私にとばっちりがきそうだから言わないけど。


「ふーん。……近くで見るとあなた可愛い」


 落ち着いたのか、私をジト目で見た彩葵ちゃんがいきなりそんなことを言う。


「ちょっと待て。黒彩葵ちゃんはアブノーマルなの?」


「私は颯太一筋だけど?でも颯太以外に『可愛い』なんて思ったのは初めて」


 彩葵ちゃんが私の頬に手を触れながらそんな事を言う。


「え、私は彩葵ちゃんルートに入ったの?」


「馬鹿なこと言うのやめて。私は颯太一筋だから」


「実の兄妹だと色々とできないことがあるからって私を使わない?」


「あぁ、そういう意味では使えるか」


 彩葵ちゃんの表情が少し怖くなる。


 私の身を案じる意味で。


「冗談だから安心して。するとしても私の初めてを全部颯太にあげてからだから」


「それもそれでどうなの? 兄妹同士で許されるのってキスまでだよね?」


「それは世間一般の考えでしょ? 世間の目を気にしなければ何でもできるし」


「この子強すぎじゃない? ほんとに二宮君を襲うぞ」


 もしかしたらもう手遅れなのかもしれない。


 二宮君はもう、性格はピュアだけど体は汚されているのかもしれない。


「なんか失礼なこと考えてない?」


「考えてた。言わないけど」


「颯太で不埒なことを考えたんじゃないでしょうね」


「否定できないことを言うのは駄目だよ。でも大丈夫、彩葵ちゃんが二宮君に何もしてなければ不埒じゃないから」


 自分で言ってて意味が分からないけど、多分そういう事だからそういう事にしておく。


「私は健全なことしかしてない。やったとしても一緒に寝てる時にわざと体を寄せたりぐらいだし」


「想像以上に健全だった。いや、健全ではないか?」


 多分普通の兄妹から考えたら健全ではない。


 だけど彩葵ちゃんの言動や行動からしたら健全であると言える。


「彩葵ちゃんは着痩せするタイプ?」


「見たい?」


「見せてくれるの?」


「私の初めては全部颯太にあげるって言ったでしょ」


「絶対見せたことあるでしょ」


 なんとなくだけどそんな気がする。


 というか、二宮君と彩葵ちゃんを見てると、当たり前のように一緒にお風呂に入ってそうだ。


「……」


「無言やめなさい。一緒に寝るのはまだ分かるよ。 でもやりすぎは二宮君が駄目になるでしょ」


 口には出しづらいけど、彩葵ちゃんみたいな可愛い子の裸体を見慣れたら、二宮君が他の女の子に興味を示さなくなる。


 実際、学校一の美少女と呼ばれている私と五分ぐらい密室(掃除用具入れ)で密着していたのに、見つかることに対するドキドキしかなかった。


 なんか悔しかったし。


「それはそれでいいこと」


「まぁその時は私がもらうからいいか」


「は?」


「今日一の怖い顔。大丈夫、彩葵ちゃんとの時間も作るから」


 なんとなくそれが一番ハッピーエンドな気がする。


 正式上は私が結婚して、彩葵ちゃんが兄妹でやっても大丈夫な範囲で二宮君とイチャイチャする。


 彩葵ちゃんを許せる相手なんてそうそういないだろうし。


「颯太は私と生涯を共にするから」


「それだと兄妹で終わるよ。もっと親密な仲になりたくない?」


 彩葵ちゃんの耳元で悪魔のささやきをする。


 実際はそんな事させないけど、なんか面白くなってきた。


「別にあなたの力を借りなくてもするし」


「言うと思った。まぁ考えといて」


 その時は私が二宮君と結婚することになるけど、それはそれで楽しそうだからアリだ。


 枢木さんと二宮君が結婚するのは少し怖い。


 マンネリ化なんてしないで毎日イチャイチャしてそうだ。


「そろそろ本題に戻ろうか」


「無かった事にしようとしてたんじゃなかったんだ」


「信じてくれるなら話さないけど?」


「人の弱みはどこで使えるか分からないから聞く」


「それがいいよ」


 なぜか色んな人から相談されることの多い私は、人の弱みを沢山知っている。


 それを上手く使って会話を操作したことだってあるが、弱みは握られると最大の弱点なのがよく分かる。


 だからいつ使えるか分からないけど、人の弱みは握っておいた方がいい。


「結構考え方がクズだよね」


「私って結構クズだよ? いつからいい子だって勘違いしてくれたの?」


「颯太の前で猫かぶってれば絶対に嫌われてたのに」


 そうだろう。


 ほんとに学校モードで話さなくて良かった。


 無視されすぎて学校モードが維持できなくなっただけだけど。


「それよりいい?」


 彩葵ちゃんが頷いて答えたので、私は語った。


 私のあまり知られたくない過去を。


 その話が終わると、彩葵ちゃんは一度強く私を抱きしめてくれた。


 そして何かを言おうとしたタイミングで「おはよう?」という可愛らしい声が聞こえた。


 気づくと私の腕の中から彩葵ちゃんは消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る