第9話 喧嘩するほど仲がいいけど、喧嘩してないから仲がいいだけ

「になのかち」


「くっ……」


 授業が終わり、意気揚々と僕と仁凪になのところにやってきた吉良きらさんが奥歯を噛み締めている。


 小テストの結果はお互いに満点で、約束通り仁凪の勝ちになった。


「仁凪は勉強もできるんだね」


「になはやればできるこっておにいがいってた」


「天才肌め……」


 吉良さんのその言い方だと、仁凪がまったく努力をしてないみたいに聞こえるから嫌だけど、多分実際に仁凪は何もしていない。


 おそらく記憶力がとてつもないのだろう。


 それこそ寝ながらでも記憶出来るぐらいに。


「仁凪って僕と初めて会ったときの会話とか覚えてる?」


「『大丈夫?』っていわれた」


 そうでもなかったみたいだ。


 僕と仁凪のファーストコンタクトは『思考当てゲーム』で、僕について聞かれたりしていた。


「誰かと混ざってない?」


「……そうかもね」


 仁凪がどこか、怒ったような、呆れたような、拗ねたような、そしてホッとしたような顔をする。


 もしかしたら僕はどこかで仁凪と会って──


「まだ一敗しただけなんだからイチャつくなし」


「だからイチャついてないでしょ」


 仁凪の態度は後で考えるとして、今はとりあえず勝負を進めて最終的に二人に仲良くなってもらわなければいけない。


「仁凪の勝負内容は僕が二人のいいところを言うんだよね?」


「ぎゃくにする」


「逆?」


「そうくんのいいところをいいあう」


「それは──」


「いいじゃん」


 なんだか恥ずかしいのと、そもそもあるのか謎だし、何も思いつかないとかだとちょっと悲しくなる。


 吉良さんと仁凪なら何かしら出してくれるだろうけど。


「ゆうちゃんからいいよ」


「そうだなぁ。偏見を持たないところかな」


「偏見?」


 言葉の意味は分かるけど、言われた意味が分からないから聞き返してしまった。


「私を私として見てくれるからさ」


「当たり前じゃないの?」


「そういうとこ」


 全然意味が分からないけど、仁凪も頷いているからそうなのだろう。


「これって相手の同意で決めるやつ?」


「うん。うそついたらそうくんからきらわれる」


「分かりやすい」


 僕が二人を嫌う事はおそらくないけど、そういうのを言うのは野暮だ。


「つぎはにな。そうくんはやさしい。になのことをいつもきょぜつしない」


「だから当たり前じゃないの?」


「みんなになのあいてはしたくない」


 仁凪の表情が少し暗くなる。


 仁凪とは話してるだけで楽しいのに、相手をしたくないなんて意味が分からない。


「確かに女子からは嫌われるタイプかも。男子からは好かれてるけど、と相手にされない事から避けられてはいるかな」


「そうくんのそういうところだよ」


 吉良さんの発言を聞いた僕が不機嫌になったのを察したのか、仁凪が頭を撫でてくれた。


枢木くるるぎさんはそういうの気にする?」


「ううん。そうくんにきらわれなければそれでいい」


「そういう事だよ。二宮君が偏見を持たずに枢木さんと接してれば枢木さんが悲しむ事はないよ」


「僕が仁凪を幸せにする」


「発言には気をつけろ。無自覚なのは分かってるけど、いつか後悔する事になるからな」


 吉良さんからの脅しを心の隅っこに留めておく。多分留めるだけで何かする訳ではないのだろうけど。


「どうせ言っても無駄なんだろうからいいや。次は私か。やっぱり可愛いとこでしょ」


「そうくんかわいい」


「なんでそこは理由もなく同意なの?」


 ちょっと納得できない。


 僕はどちらかと言うと可愛げのない部類だ。


「追加問題として『可愛い』の理解を付ける?」


「嫌だよ」


「じゃあ『かわいい』にする?」


「同じじゃん」


「漢字の『可愛い』とひらがなの『かわいい』って意味違うんだよ」


 絶対に吉良さんだけの感性だ。


 なんとなく、仁凪は『かわいい』で吉良さんが『可愛い』なイメージはあるけど。


「それはいいとして、二宮君は可愛いのだよ」


「になもどうい」


「そもそも僕の発言は意味ないもんね」


 これは二人が言い合って、二人がそれを認めるか認めないかの勝負だ。


 そこに僕が口を挟めることはない。


「つぎにな。そうくんといっしょにいるとおちつく」


「分かるけど、枢木さんのは意味が違う気がさるんだけど?」


「そう? そうくんにだっこされてるととってもおちつくよ?」


「経験ないし。ヒーリング効果があるのは分かるけど」


 まったく分からない。


 姉には「あんたと居ると疲れる」と言われた事がある。


 それはまぁ僕に色々と頼むからその度に言葉で返すからだろうけど、それは姉の自業自得だから別にいい。


「とりあえずいいとして、私か。これは悪いところでもあるけど、自分より人を優先するところかな」


「になもおもう。うれしいけど、そうくんはじぶんをないがしろにしすぎ」


「そうさせてるのは私達なんだけどね」


「はんせい……」


 まったく自覚はなかったけど、確かに自分の事よりも吉良さんと仁凪の事を優先したいと思っている。


 後は妹の事も。


「断れないって程ではないんだろうけど、大抵の事は断らないよね」


「じぶんがむりをすればいいっておもってる」


「それ。私が言うなって言われるだろうけど、それだといつか自分が壊れるよ」


 吉良さんと仁凪が不安そうな顔を僕に向ける。


「吉良さんと仁凪からのお願いならなんでも聞くし、それを苦痛だとは思わないよ? 逆に前田先生のは別として、他の人からのお願いは聞かないし」


 そもそも話しかけられないのもあるけど、漫画とかである「掃除当番代わって」みたいなのは多分断る。


 だって妹の方が大事だから。


「大丈夫だよ。僕に何かを頼む人なんていないし」


「確証はないでしょ。二宮君はただでさえ優しいんだから」


「それもよく分からないけどね。でも僕の事を優しいって思うのは、僕が吉良さんと仁凪を大切に思ってるからだよ」


 だから大して興味のないクラスの人に優しくする事は多分ない。


「吉良さん?」


 黙ってしまった吉良さんに視線を向けると、俯いて小さい声で何か呟いている。


 そして右側からも何やら圧を感じる。


「仁凪?」


「になたいせつ?」


「うん。いつもありがとう」


 話して二日目に言う事ではないだろうけど、なんとなくそう言いたかった。


 真隣に居る仁凪が嬉しそうに微笑む。


「になごきげん。ゆうちゃんにかちをあげる」


「それは二宮君のいいところを思いつかなくなった言い訳じゃないの?」


「そんなわけない。になはそうくんのおかおも、こえも、おてても、そうくんのぜんぶがいいところだとおもってる。いいだしたらともらないよ?」


「ありがたく勝ちをいただきます」


 さすがに仁凪の過大評価に勝てる程のいいところは探せないようだ。


 仁凪が特殊なだけで、僕にいいところがそんなにあるとは思えないし。


「自虐を感じた。二宮君が自分の事をどう思うかは勝手なんだけどさ、それは二宮君をいい人って思ってる私達をバカにしてるのと同じなんだからね?」


「そうくんはじぶんがおもってるよりいいこ。じかくしないのはやだ」


 吉良さんと仁凪にまっすぐ見つめられ、反省する。


 確かに吉良さんと仁凪が僕をいい人だと思ってくれてるのに、自分では「いいところなんてない」なんて言ってたら、二人の目が節穴だと言ってるようなものだ。


「今は無理でも、自分を客観的に見れるように頑張る」


「頑張れ。じゃあ最後の勝負内容は?」


 流そうと思っていたけど、一勝一敗ならやはり駄目だった。


 考えてない訳ではないけど、もうやる必要性があるのか分からなくなってきた。


「やるの?」


「やる。枢木さんに勝って正妻の座を取り返す」


「になはあいじんでもいいよ?」


「意味分かって言ってる?」


「あんまり?」


 意味が分からない事な少し安心して、二度とそういう事を言わないで欲しいと勝手に思う。


「とにかく内容は?」


「仁凪のに似てるけど、吉良さんと仁凪でお互いのいいところを言い合って。判断は僕」


 お互いのいいところが再度分かれば、きっと終わった頃には仲良しだ。


 そうあって欲しい。


「いいところね。かわいい」


「そのままかえす。キラキラしてる」


「じゃあふわふわしてる。表情読めないけど、ちょっとずつ分かるようになってきて知った、笑顔がかわいすぎる」


「じぶんをだしてるときのゆうちゃんのえがおがかわいい。そうくんのまえだとてれちゃうゆうちゃんかわいい」


「うっさい。甘えたがりな枢木さんのがかわいいし。それと拗ねた枢木さんも」


「すねるのはゆうちゃんもだもん。にながそうくんにだっこされてるときのゆうちゃんかわいい。そうくんとはなしてるときのたのしそうなゆうちゃんかわいい」


「さりげなく私の体力を削ってんな。それを言うなら二宮君とだけ話せて、しかも表情まで変わる枢木さんがかわいいし。それと思うだけにしといたけど、私も枢木さんを抱きしめたい」


「いいよ? そうくんといっしょにやる?」


「それはまた今度の機会で」


 吉良さんが伝えて、仁凪が返す。そして仁凪が伝えて、吉良さんが返すを続けた結果、二人は抱き合った。


 喧嘩してるよう言い合いだったけど、内容は褒め合い。


 結果的に仲良くなれて僕はとても嬉しい。


 勝負的には引き分けで、仁凪が僕の膝の上に乗れるのは一日一回までとなった。


 全然いいのでけど、僕には一切の確認はなかった。

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