第6話 地雷は踏んだら踏み潰せ

(大変そう)


 授業が終わり、休み時間になると吉良きらさんの元に人が押し寄せた。


 本格的な質問攻めに遭っているようで、見えないけど嫌々答えているのだろう。


 そんな吉良さん(吉良さんの周りの人だかり)を他人事ひとごとのように眺めている。


「あ、そういえば」


 吉良さんで思い出したけど、僕の隣の席は枢木くるるぎさんだと聞いた。


 特に話すこともないけど、なんとなく隣に視線を向ける。


 すると枢木さんが椅子ごと僕に眠そうな瞳を向けていた。


「枢木さん?」


「……」


 無反応だった。


「枢木さんで合ってるよね?」


「……」


 今度は無言だけど首を縦に振った。


「僕に何か用事とかあった?」


「……?」


 今度は首を傾げて不思議そうにする。


(なんだろ?)


 相手の考えを読むのは苦手だけど、枢木さんの考えを当てたくなってきた。


「なんとなく見てただけ?」


「……」


 次は長考してから首を横に振った。


「近いのかな? 理由はあるけど、重要じゃないとか?」


「……しゃべれるよ?」


「あ、そうなの」


 小さいけど、とても綺麗な声で枢木さんがそう言う。


 でも舌足らずと言うのだろうか、妹の小さい頃みたいで可愛い。


「でも、ね。なんていうか、かんがえてると、じかんかかっちゃうの。だから、イライラさせちゃうかも」


「大丈夫だよ。僕は枢木さんとお話出来る方が嬉しいから」


 それは事実だ。


 さっきまでの『思考当てゲーム』も面白かったけど、枢木さんは昔の妹を思い出せるから、ずっと話していたい。


「ほんと?」


「ほんと。じゃあこの休み時間の間はお話しよ」


「……うん」


 表情の変化が分かりにくいけど、多分口角が上がって笑ってくれた。


「それで、なんで僕を見てたの?」


「ごめん、なさい」


 枢木さんが頭が膝につくぐらいに頭を下げた。


「別に責めてないよ。理由が気になっただけ」


「えと、にのくんは、おなまえなんていうの?」


「にのくんって僕だよね? 名前って下の?」


 枢木さんが首を縦に振る。


颯太そうただよ。二宮 颯太」


「そうくん」


 とても懐かしい呼び方だ。


 僕が小さい頃は家族から『そうくん』と呼ばれていた。


「枢木さんは僕の名前が知りたかったの?」


「……にな」


「え?」


「に、な」


 僕が聞き返すと、枢木さんが顔をグッと近づけてきて区切りながら言う。


「にな?」


「うん。になはにな」


「あ、名前か」


 枢木さんが机の引き出しからノートを取り出して名前のところを見せてくれた。


「枢木 仁凪になさん。名前で呼んだ方がいいってこと?」


 枢木さんが頷いて答える。


「じゃあ仁凪さんで」


 今度は首を振って答える。


「え?」


「にな」


「さんは駄目ってこと?」


 今度は頷いて答える。


「あんまり呼び捨てって得意じゃないけど。仁凪」


 僕がそう言うと、枢木さん……仁凪の口角が小さく上がった。


「それで仁凪は僕の名前が知りたかったの?」


「それも、ある。でもいちばんはちがう」


「一番知りたいことがあるの?」


 仁凪が頷く。


「なに?」


「……そうくん、たのしそうだった」


 仁凪が少し考えてからそう言った。


「えっと、吉良さんと一緒に居た時かな?」


「うん。になはおそらがすきだから、たまにみてた。そうくんつまんなそうだった」


 仁凪が窓から空を見るには絶対に僕が視界に入る。


 だから見られるのは仕方ないけど、まさかそんな事を思われてるとは思わなかった。


「確かに僕は学校好きじゃないからね」


「おべんきょうきらい?」


「好きってことはないけど、どっちかって言うと学校の? が嫌いかな」


 上手く言語化は出来ないけど、スクールカーストや教師からの教育という名の横暴。


 それら全てが嫌いな理由になる。


「おにいといっしょだ」


「おにいってお兄さん?」


 仁凪が頷いて答える。


「おにいもがっこうきらい。になのせいもあるけど、おにいもそうくんみたいなこといってた」


「そうなんだ」


 まさか僕と同じような事を考える人がいるなんて思わなかった。


 僕は自分で人とは違う、変わった考え方をしてる自覚はある。


 だけど、他にも同じ考え方をする人がいるなら、僕は変わってない可能性がある。


「でもおにいはおべんきょうきらい」


「どっちが本音なんだろ」


 たとえどっちだろうと、同じ感性の持ち主がいると思うだけで少し嬉しくなる。


「聞きたい事って聞けた?」


「……」


 仁凪に聞くと、仁凪がまっすぐ僕の瞳を見つめる。


 半分しか開いていない仁凪の瞳だけど、その瞳に吸い込まれそうな、そんな気持ちになる。


「そうくんはきらちゃんのおなまえしってる?」


「吉良さんの? 悠喜ゆうき……のはず」


 みんな『吉良さん』と呼ぶから確証は持てないけど、それでもたまに吉良さんを『吉良 悠喜』とフルネームで呼ぶ人はいるからなんとなく覚えている。


「ゆうちゃん。そうくんとゆうちゃんはほんとにすきどうし?」


「そうだけど、どうして?」


 仁凪に嘘をつくのはなんか嫌だけど、吉良さんとの約束だから仕方ない。


「したでみたとき、ちがくみえた」


「どう見えたの?」


「んとね、おともだち?」


 仁凪が首を傾げながら言う。


 僕は仁凪の観察眼に純粋に驚く。


 会話が聞こえていたのかは分からないけど、あの場面だけ見たら友達と仲良く話してるようには見えないはずだ。


 少なくとも、男女であんな薄暗いところに居たら友達と話してるようには見えない。


「まだ一緒に居た時間が短いからじゃない?」


「そうなの? こうこうせいのおつきあいは、さいしょがいちばんふじゅんだっておにいがいってた」


「人によりけりだよ」


 そう言う僕も分かっていないが、とにかく誤魔化すしかない。


「仁凪は誰かと付き合ったとして、こんな事がしたいとかある?」


「んー、わかんない。おとこのここわい」


「仁凪はそれでいいのかもね。でも……」


「僕も一応男の子だよ」とはなぜか言えなかった。


 仁凪が僕を女の子扱いしてるのを聞くのが嫌なのと、もしもそうなら僕を男の子だと認識してせっかく仲良くなれたのに瓦解するのが嫌だったから。


「そうくんはおとこのこなのにこわくない」


「……僕は仁凪と一生仲良く出来る気がする」


 仁凪ははてなマークを浮かべているが、それだけ嬉しかった。


 僕を男だと理解した上で仲良くしてくれることに。


「じつはおんなのこだったりする?」


「そうだって言ったら?」


 仁凪が少し固まって、そしてすぐに立ち上がった。


 そして仁凪が僕に抱きついてきた。


「仁凪?」


「おんなのこどうしなら……ふつう?」


「そこに疑問を持たれると色々と駄目だよ」


 仁凪だって僕が「実は女の子」だなんて思ってないはずだ。


 つまり、男子に自分から僕が言ったことに対する答えを見せる為に抱きついてくれた。


 それが少し怖い。


「仁凪、仁凪は僕以外の男子と話したことある?」


「あるよ?」


「その人にが僕と同じこと言ったらこうする?」


「……する?」


 心臓がドキンとした。


 仁凪が可愛くてとか、そういう理由ではない。


 確かに可愛いとは思うけど、今はそれどころではない。


「仁凪、こういうことはしたら駄目だよ」


「やっぱりそうくんはにてる」


「誰に?」


「おにい」


「……仁凪が話したことがある男子ってお兄さん?」


 仁凪が頷く。


「他にはいる?」


 仁凪が首を横に振る。


「仁凪、ごめんなさい」


 抱きしめられてて頭を下げられない分、気持ちは込めた。


 仁凪は不思議そうな顔をしてるけど、僕は最低な事を思ってしまった。


 仁凪が誰にでもこんな事をするなんて有り得ない事なのに。


「そうくん、げんきない」


 仁凪はそう言うと僕の頭を優しく撫でてくれた。


「仁凪、ありがとう。もう大丈夫」


「ん」


 仁凪は短い返事と共に僕を離す。


 落ち着いていくのと同時に、仁凪の柔らかさ、甘い匂い、その他諸々で更に醜態を晒しそうだったから、素直に離れてくれて助かった。


「僕さ、仁凪を妹みたいって思ったんだよ」


「そうくんもになのおにい?」


「そう思ったんだけどね。実際は仁凪の方がよっぽどお姉さんだった」


 僕の姉とは違うタイプの、落ち込んでいる時は優しく包み込んでくれる、包容力のあるお姉さんだ。


 だけど言われた仁凪の表情が暗い。


「仁凪?」


「おねえ……」


 仁凪が真顔のまま頬に涙を伝わせる。


「仁凪、ごめん。僕変なこと言った?」


 仁凪を椅子に座らせて、仁凪の前で両膝をつく。


 そしてハンカチを取り出して仁凪の涙を拭う。


「……そう、くんは、わるくないの。でも、ぎゅーして」


「ぎゅー」とは抱きしめるでいいのだろうか。


 そんな疑問が頭に浮かんだけど、今はそれしか思いつかない。


 仁凪の涙が止まるなら今はなんでもする。


 僕は仁凪の小さな体を抱きしめて、背中をさする。


「合ってる?」


 見えないけど、頭が縦に振られたのが感触で分かる。


「仁凪の気持ちを考えないでごめんね。でも僕は仁凪を立派なお姉さんだと思うよ」


 多分地雷は『お姉さん』だろう。


 だから普通はそこを避けるのだろうけど、あえて踏み込む。


「仁凪が何を思って泣いてるのかは僕には分からないよ。だけどね、仁凪は仁凪で、その仁凪は僕を悲しい気持ちから救ってくれるすごい人なんだよ?」


 何も言わない方がいいのかもしれない。


 僕が今言ったことが仁凪にとっては全て地雷なのかもしれない。


 だけどなぜだか伝えなければいけない気がした。


 ただの自己満足なのは分かってるけど、それでも……。


「そうくん」


「なに?」


 仁凪が僕に視線を向けて、そして胸に顔を押し付けて何かを言った。


 多分声に出してないから聞こえないけど、顔を上げた仁凪が今までにないぐらいの、誰にでも分かる笑顔だったから良かった。


「授業始まるけど保健室行く?」


「そうくんも?」


「付き添うよ。着いたら帰るから大丈夫」


「や! いっしょ」


 仁凪が分かりにくいけど、眉間にシワを寄せて、多分頬も膨らんで不機嫌を表している。


「仁凪がいいなら」


「ん」


 仁凪が一転してご機嫌になり、僕の腕を引っ張りながら立ち上がる。


 それにつられて僕も立ち上がる。


 そして歩き出す前に、ずっと視線、睨んでいた人の方に視線を向ける。


「吉良さん、用事なら後で」


「……いや、いいんだけどね」


 なぜかあからさまに不機嫌な吉良さんが気になるが、仁凪が気づかないぐらい弱い力で引っばっているのでその場を後にする。


 そして仁凪に腕を引かれるまま、僕達は保健室に

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