第4話 からかったからには責任を

 説得が終わり、吉良きらさんはまた床に座った。


「見られたのが枢木くるるぎさんで良かったね」


「くるるぎさん?」


 吉良さんの隣に腰を下ろしながら首を傾げる。


 あたかも僕も知ってるような言い方だったけど、どこかで聞いた気はするけど、さっきの子は知らないはずだ。


 だけど吉良さんが「うわぁ……」と言って呆れたような視線を送ってくるので、多分知っている人だ。


「でも私を知らないぐらいだもんね」


「すごい自信」


「だって二宮にのみや君以外の……男子は私を知らないなんて多分ないよ?」


 なぜか少し間があったのが気になるが、確かに吉良さんの顔と名前が一致しないなんてないと思う。


「今日は驚きがいっぱいだよ。まさか一日で私を知らない人を知るなんて」


「二人?」


「うん、枢木さんも私を知らなかったの。ちなみに二宮君のことも」


「なんで僕は呆れられたの?」


 枢木さんが僕を知らないのなら、僕が枢木さんをしらなくても当然のはずだ。


 なのに僕に呆れたような視線を送るのは理不尽だ。


「呆れたというか、なんか納得してただけだよ。ていうかほんとに知らないの?」


「枢木さんも知らないなら僕が知ってる訳ないでしょ」


「ほんとにクラスの人に興味ないんだ。枢木さんって二宮君の隣の席の子だよ」


「あー、ん?」


 思い出そうとしたけど、授業中は黒板しか見ないし、僕の席は主人公席と言われる最後列の一番左の席だから、窓から外を見る事はあっても右側の人は見ない。


 そもそも見たところで顔と名前が一致しないのだけど。


「枢木さんっていつも眠そうで、ふわふわしてるから、男子人気高いんだよ?」


「勝手に『守りたい存在』とか言って見下すやつね」


「その通りなんだけど、二宮君は人間不信なの?」


「どうなんだろ。少なくとも勝手に人の性格とかを決めつける人は嫌い」


 枢木さんにしても、まだ一年も一緒にいないのに知ったような事を言う人は好きにはなれない。


 そんな事を言うなら、そういう人達の事も知ってから嫌いになれと言われるかもだけど、人間というのは、たった一度の悪印象で今までの好感を全てゼロに出来るものだ。


「つまり僕は人間」


「いきなり何を言ってるのか分からないけど、多分そういう人達と二宮君は違うよ」


「僕は人間じゃない?」


「『良い人間』と『悪い人間』ってこと。私だって人を噂とか見た目だけで判断する人は無理だから」


 おそらくこの学校でそういう被害に一番遭っているのは吉良さんだ。


 普段は笑顔で対応しているけど、毎日嫌な思いをしているのだろう。


「あ、話は変わるけどさ。二宮君は枢木さんをどう思った?」


「どう? 寝起きなのかなーって」


「だろうね。寝起きではないみたいだよ。なんかお兄さんと話してたらこんな時間になってたんだって」


 なぜか笑われたのはいいとして、お兄さんとの会話が楽しくて遅刻する気持ちは分かる。


 僕も家にお母さんか姉が居なければ毎日遅刻しているかもしれない。


「てか、そうじゃなくて。かわいいとかない?」


「かわいい? あるかも?」


 可愛いか可愛くないかで言ったらもちろん可愛い。


 あのふわふわした髪を撫でてみたい。


「なんか私の思ってる『かわいい』とは違う気がする」


「どんなの?」


「『好き』の始まりって『かわいい』からじゃない?」


「なるほど?」


 まだしっくりはこないけど、「可愛いから好き」というのはよく聞く話だ。


「でも姉には『好きになれば可愛く見えるものだよ』って言われたよ?」


「そういう人もいるよね。でも大抵はかわいいから好きになって近づくんだよ。まぁ二宮君は先に好きになるんだろうけど」


 吉良さんが見惚れる程綺麗な笑顔で僕を見る。


 姉にもその話をされた時に笑顔で頭を撫でられた。


「女の子的には嬉しいことなの?」


「逆にさ『あなたの顔が好きです』って言われるのと、付き合ってから『かっこよくなった?』って言われるのどっちが嬉しい?」


「多分後の方?」


 言われた事も、これから言われる事もないだろうから分からないけど、なんとなく後者の方が嬉しいような気がする。


「いつか分かるよ。一応聞いとくけど、私は?」


「可愛いと思うよ」


「ありがと」


 嬉しいとも嬉しくないとも取れるような顔で吉良さんがお礼を言う。


 今までちゃんと見てなかったけど、長いまつ毛に綺麗な瞳。痩せても太ってもいない体。どこか退屈そうな顔に。肩口で揃えられた綺麗な茶色い髪。


 吉良さんのような人を『端正な顔立ち』と言うのだろう。


「なに?」


「ううん、綺麗だなって」


「そういうのいきなり言うなし」


 吉良さんにデコピンをされた。


 おでこをさすっていたら、またあちら側を向いてしまった。


「染めてるの?」


「そ。私は不良少女なので」


 髪を染めるイコール不良少女と言われると、結構な人が不良になってしまう。


「幻滅する?」


「なんで? 似合ってるからいいじゃん」


「……ばーか」


 理不尽な罵倒を受ける。


 そっぽを向きながら言う吉良さんに少し拗ねる。


「顔を見て言えない罵倒は陰口だよ」


「罵倒じゃないんよ。勘弁してあげて」


「やだ」


「じゃあ少し待って。顔を見て言い直すから」


 それはそれでどうなのかと思うけど、自分で言い出したことだから仕方ない。


 そして一分ぐらい経ってから吉良さんはこちらを向いた。


「ばーーーーーか」


「長くない?」


「気持ちを込めてみた」


「僕、嫌われてた……?」


 知らずのうちに吉良さんを怒らせることをしたのだろうか。


 もしもそうなら誠心誠意の謝罪をして、許してもらえるまで頭を下げるしかない。


「まぁ逆なんだけど、面白そうだから何か言う事聞いてよ」


「何でも言って」


「そんな真剣な表情で言われると罪悪感が芽生えるんだけど。でもいいや、じゃあ今日から私を守ってね」


「何から?」


「それは内緒」


 吉良さんが唇に人差し指を当てながらウインクをして言う。


 何から守ればいいのか教えてくれないと、何から守ればいいのか分からないのだけど、吉良さんは楽しそうに笑うだけで教えてくれる気はないようだ。


「頑張れ、ナイト君」


「一応聞いとくけど、命を狙われてる訳ではないよね?」


「それは……」


 吉良さんの表情が暗くなった。


「ないね」


「少しは慌てたりしようよ」


「そういう嘘はやめて。もしも嘘じゃないのに僕が嘘だと思って、助けられたのに助けられないってなったら……」


 今のご時世的に、女子高生が命を狙われる状況はある訳がない。


 そんな先入観があるから、もし本当にそんな状況だったら何も出来ない。


 知ってたら出来るかと聞かれたら分からないけど、何も出来ないとも限らない。


 命でなくとも、吉良さんならストーカーがいると言われても納得出来てしまう。


 それらの事で、何か出来たのに何も出来なかったら、僕は自分がどうなるのか分からない。


「やだよ……」


「ごめんね。大丈夫だから」


 体育座りで丸くなる僕の頭を吉良さんが優しく撫でる。


「からかいが過ぎたね。私は今のところではあるけど、犯罪に遭った事はないから」


「ほんと?」


「だから急に可愛くなるなっての。ドキドキしちゃうでしょ」


「……」


「ほんとですー。すぐに落ち込まないの。いじめたくなるでしょ」


 そこは庇護欲に目覚めて欲しかった。


「どうする? 授業終わってから戻る?」


「……吉良さんが戻る時に戻る」


「どうした、可愛いが終わらないぞ。よし、可愛いが終わったら戻ろう。こんな可愛い二宮君をクラスの人には見せられない」


 よく分からないけど、僕が落ち着くまでここに居るのなら早く落ち着かなければいけない。


「……手、握っていい?」


「……」


 吉良さんが無言で撫でてた右手を差し出してくれた。


 それを同意と受け取って両手で握る。


 吉良さんを感じる事で、吉良さんが無事なのを自分に分からせる。


 その途中で「え、私より可愛くない? なんで男子は二宮君じゃなくて私に告白するの?」と吉良さんが呟いていたけど、意味が分からなかったので無視した。


 そして授業が終わる少し前に落ち着くことが出来た。

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