飼育員だった俺がイルカと一緒に異世界へ ~空を飛ぶイルカは移動も戦闘も万能だって? スローライフには過剰じゃないか?~

八神 凪

第1話 前世

「レン、出かけるのかい?」

「ああ、ちょっとガキどもが森の奥に行ってしまったみたいでな」

「気を付けるんだよ! フリンクが一緒なら大丈夫だと思うけど」

「はは、行ってくる」


 俺は剣を部屋から持ってきて、母さんに出かけることを伝えると家から出た。

 すると外で待ってくれていた相棒が声をかけてくる。


『来たか相棒。場所はだいたい分かっている。行くぞ』


 と、目の前にいる巨大なイルカがそんなことを言う。

 俺の相棒……それは大きなイルカだったりする。

 ふわふわと空中に浮かんでいる、フリンクという名のイルカは飛ぶだけでなく、人語を介する不思議な生き物だ。


『乗ったな。では急ぐぞ』


 俺がフリンクにまたがると、彼は『CV:大塚 〇夫』という感じの渋い声で言う。

 

 もう慣れたが、最初は驚いたものだ。

 この世界に産まれてから17年。俺には『前世』の記憶がある。

 

 俺は……いわゆる小説などで目にする『異世界転生』というものを体験したのだ。

 

 どうしてこうなったのか?


 それはこんなことがあったからだ――


◆ ◇ ◆


「おい、漣! この強風じゃ無理だ!」

「だけどこのままじゃあいつらが死んじまう……!」


 ――大型の台風が接近し、俺の働いていた水族館に直撃するニュースを見た。

 

 そこで俺は自分が担当しているバンドウイルカのいけすへと向かうため通路を走っていた。

 

「ウチのイルカいけすはあまり大きくないから解放してやらないと慌てるんだ」

「ああ……」


 昔、どこかの水族館でイルカのいけすに台風で雨水が入り込み、水が濁ってイルカ達がパニックになり、壁にぶつかって死んだという事件があった。

 さっきも言ったがウチのイルカ水槽は狭い。だからその事件と同じ状況になりやすいのだ。


「だけど、外はかなり強風だ。いけすの開門バルブを回す間に飛ばされるぞ?」

「海からは離れているし、いけすに落ちても縁は水面に近いから落ちてもなんとかなるだろ」

「確かにそう言う事件はあったが……」


 俺は同僚と話しながらレインコートを羽織り、裏の業者搬入口から外へ出た。

 一分一秒でも惜しい。


「うお!?」


 開けた瞬間、暴風雨が全身を襲い俺はびっくりする。歩くのがやっとの風で、目を細めてから先に進む。

 いけすを解放するスイッチは少し先に見える操作ルームの建物にあるので、そこに行きさえすればいいだけだ。


『きゅーい!』

「フリンク、顔を……出すな……風が強い……!」

『きゅーん』


 俺の気配を感じ取ったのか、近くのいけすから顔を出して、イルカのフリンクがなにか鳴いていた。

 金網の向こうにみえるいけすからひょっこりと顔を出しているイルカ達に手を振り、飛ばされないよう金網を掴んでゆっくり歩き出す。


「あと、少し……」


 思いのほか風が強く足がなかなか前に進まない……!? 

 レインコートのフードはもはや役に立たず、滑りそうになりながらもなんとか建物へ到着する。


「ふう……早速やるか……」


 館長には許可をもらっているし、イルカ達も完全に外海へ出るわけじゃないから問題ない。ま、海に出ても帰ってくるけどなフリンク達。


「……よし!」

 

 いけすの中にある鉄の壁が動く音がしはじめ、俺はぐっと拳を握る。結構大きな扉なので開いたことが分かればすぐに広い場所へ移動するはずだ。

 ほっとした俺は改めてレインコートの雨を落とす。


「ひええ、あの距離でこんなになるかねえ……」

 

 たった数メートルの移動で全身が濡れ鼠となってしまった俺は、建物の中で水を落とす。また帰りに濡れるけどさらに重くなるよりはいいだろう。

 あの距離を戻るのかと身体は軽くなったけど、気が重くなる。

 それでもイルカ達が助かったのならと、俺は再度扉を開けて外に出ることにした。


「うお……!?」


 外はさらに風の強さを増しており、戻るのに苦労をしそうだった。それでもここに留まる必要はないので嵐の中に一歩踏み出す。


「ぬお……!?」


 行きと違い、一歩進むだけでもかなりの労力を要するほど風は強かった。帰りは金網に張り付くようにしてまたゆっくり移動することにした。


『きゅー』

「んお……フリンクか……俺のことはいいから潜ってろ!」


 俺の気配を感じたのかイルカのフリンクが顔を覗かせて鳴いていた……気がする。この暴風雨ではなにも聞こえないのだ。


「ほら、潜れって!」

『きゅーい』


 何故かわからんが俺が無事なのを見届けるまで顔を出しているつもりらしい。なら早く戻るかと足を速めた瞬間――


「う、うわ――」


 急な突風で身体が浮きそうになった。

 咄嗟に金網を掴んで寄り添うように身体を預ける。すると、その瞬間、謎の浮遊感があった。

 風の音がうるさい中、べきん! という金属音がやけに大きく耳に入った。

 それもそのはずで、まさに今、俺が掴んでいた金網がいけすの方へ倒れたからだ。


「嘘……だろ!?」


 そのまま俺は抵抗なく風に飛ばされていけすへと真っ逆さまに落ちた。


『きゅー!?』


 フリンクが水の中へ潜るのが見えたが、金網はいけすに落ち、俺も派手な音を立てていけすへ。


「ぶは……!? う、うごけな――」


 レインコートや衣服が泳ぐのを邪魔し、さらにこの風では縁に行くのも困難だ。


『きゅ、きゅー!』

「フリンク!」


 そこへイルカのフリンクが俺の尻を鼻で押し、岸まで運んでくれようとしてくれた。俺は諦めずに必死で手を動かす。


「くそ……がぼ!? 服が邪魔――」


 それほど遠くない岸の縁が物凄く遠く感じる。あと一息……そこでさらなる悲劇が起きた。


「ぐあああ!?」

『きゅー!?』


 ――別の金網が俺達の上に落ちてきたのだ。ぶつかった俺はそのまま意識を失った……

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