第3話

 その後も、ポポは、親切にしてくれる囚人仲間と幾人にも出会った。ココ、トト、デデ、リリなど、今でもその姿を鮮明に思い出せる者は多い。

 レレがいなくなった日の朝、不思議そうにしていたポポに対して、彼らの反応は大きく二つに分かれた。

「レレのことは、もう忘れな」

 ココとデデは気の毒そうな表情で、鼻からガスを噴射しながら8つの手でポポの顔面をもみほぐし、励ましてくれた。

 トトとリリは対照的に、怒りを露わにして、口から粘液を噴射して体を膨張させた。

「だから言ったじゃないか、あんなろくでもない奴とつるんだりするんじゃないって」

 トトの粘膜がぐつぐつと煮えたぎるような気配がして、ポポはちょっと怖くなったけれど、13年の付き合いで、トトがこんな風になるとき、これは、ただの暴力的な怒りによるものではなく、誰かのための、本当の優しさから生まれている「怒り」なんだと、ようやく最近、わかってきたのだった。だから、怖くない、怖くない。良い人だから。そう自分に言い聞かせながら、同時に、レレのことも考えずにいられなかった。

 こんな、怒りをすぐ露わにする強面のトトでも本当は優しいのに、あの、常に優しげで賢いレレと、どうして「つるんじゃいけない」のだろう。

 そう言うと、トトはついに我慢の限界になって、急に肉体が「形」を失い、ドロんと液状化して床に広がった。

「わー! トトさん、しっかりしてください!」

 ポポが叫びながら、トトのそばに駆け寄る。同時に、リリもそばにやってきた。

「おめえが、いつまでもカモみたいにされてっから、心配してやってんだろうが! それをお前……」

「トトさん、落ち着いてください。まずは冷静になって「形」に戻らないと……」

 リリはトトをなだめて、救護室に送り出すと、悲しげに3つのうちの2つの目をぎょろりと飛び出させて、ポポに最後の忠告をした。

「ポポさん、私も、もうレレのコトは忘れたらいいと思う。いずれレレもまた脱獄の罪で捕まって、またここに来ることもあるだろうけど、そのときは――」

「あ、そうか」

 ポポは、リリの言いたいことの本質を理解できないまま、その一部の言葉だけに理解と期待を寄せてしまった。

 また、レレに会えるかもしれない、と。


 だが、賢くないポポも、ついに、それは絶望的かもしれない、という事態になったことを、把握した。

 新しい個人情報保護ガイドラインの導入により、囚人が皆、本名ではなく番号で呼ばれる用になったのだ。

 最初にポポに振られた番号は60404で、これは何の意味もなく、コンピュータがランダムに付与したものだった。そのとき比較的親しかった同房にはピピやドドがいたが、彼らにも覚えがたい桁の多い番号が振られ、もう二度とピピやドドとは呼べないことになった。

 ピピはポポと同じくらい察しが悪いタイプの囚人で、かつ、ポポとは違って決まりを破ることにためらいがないタイプだったので、看守が見ていない場所でポポをポポ、と呼び、他の、今やポポが元の名前も番号も顔も思い出せない囚人に目撃され、報告され、その後どこかへ連れて行かれてしまった。

 ドドはポポよりも比較的賢く順応性も高かったので、本名を呼ばないこの番号制度にすぐに慣れていった。ポポはドドのことを呼ぶことができず、ドドに自分の番号を呼ばれても自分のことと思えないために、ドドとの関係は一気に冷え切った。ドドはレレと同じく、日によって形や色が変化するタイプのポポロンティラ星人で、他人を見分けるすべが外見しかないポポにとっては、名前で呼べなくなるのは致命的だった。

 こうして、ポポは刑務所内で友も失い、孤立していった。

 それから7年ほど経った頃、もしもリリが言った通り、レレがこのレレリプロポンの刑務所に再び収監される日が来たとしても、ポポにはレレがレレとわかることはないのだろう、ということに思い至ったのだった。


 悪いことに、その頃の刑務所の方針転換で、刑務作業の内容が、軽作業から出所後の職業訓練に近いものになっていった。

 星間飛行機やタイムマシンの製造に関わる作業は致命的にポポにむいていなかった。

 インテリの刑務官、通称「先生」は、彼なりに丁寧に、作業の手順やその意義、内容を口頭で説明してくれていた。

「星間飛行機とタイムマシンは我らポポロンティラ星の文明の象徴とも言える、最先端の科学と技術の結晶です。この作業に関わる手技と知識を身につけることで、あなた方も胸部を爆発させるように堂々と暮らせるようになるでしょう」

 先生は心底誇らしげにそう言ったが、それを聞いているポポはちっとも心が躍らなかった。

 作らされる機械の原理はさっぱりわけがわからないし、何に使うのかも想像がつかない。それに、星間飛行機もタイムマシンも、発明され世に出回ったのはポポが収監された後だったので、ポポは実物を目にしたことがなく、完成形がどんなものかまるでわかっていなかったので、作業に身が入らなかったのだ。

「すばらしい作業に関われることで、みなさんが浮き鰭立つのはわかりますが――」

 鰭を持つ個体である先生は、9つある鰭をぱたぱたと動かしながら言った。

「誤作動してしまうと、非常に危険な機械でもあります。くれぐれも作業手順を遵守するように!」

 厳しい口調で先生がそう言ったが、そもそも何を守ればいいのかをポポはわかっていなかったので、早速、何かを「やらかして」しまったらしい。

 同房の数人が作業中に突如光に包まれ、過去だか未来だかの遠くの星へ飛ばされていってしまったが、ポポの作業のどこのミスが原因でそうなったのか、未だにポポはよくわかっていない。

 何体のポポロンティラ星人が消えてしまったのかも不明だった。

 この一件で、囚人番号はやはり通し番号で管理した方がよいのではないかという案が上層部に提出されたが結局それは却下された、という噂が、囚人番号IQ85番によって囁かれたが、真偽は不明だし、そもそも数字による管理そのものが不都合であるポポにはあまり関係のない話である。

 とにもかくにも、これによってポポは9年独房で謹慎させられ、刑期も伸びたのだった。

 独房から出てきた時、刑務作業の内容は、囚人の適正を見て割り当てる、という方針に変わっていて、ポポが星間飛行機やタイムマシンの製造に関わることは二度となくなった。

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