第12話 デートタイム〈八の姫テレーゼ〉

 

 一巡しました。二巡目も、乗り切りました。

 そして私は今、悩んでおります。

 お話しするなら、リーンハルト様が良いなあと思ってしまったのです。

 もちろん、リーンハルト様と愛を育み卵を孵そうなどと、そんなことを思っているわけではありません。5日に1回お会いできて、お話しできたらと。


 希望を書いてみるくらいなら、いいと思うのです。

 一番上に名前を書くべきでしょうか、それとも、一番下に書くべきでしょうか。迷ったすえ、真ん中に書いておきました。


 そうしたら、今日の神殿女官の説明で、もう希望票を書かなくてもいいと、そんなことになるとは誰が予想し得たでしょうか?


「今週より、デートタイムに入ります。

 希望票はもう提出する必要はございません。組み合わせをこちらで決めて、毎朝お知らせいたします。

 場所は、トークタイムの部屋のほか、それ以外の部屋とガーデンもお使いいただけます。

 午後はこれまでと同様にお過ごしください。

 では、部屋をご案内いたしますので、どうぞこちらに。」


 神殿女官が説明しています。

 音楽室、ダンス室、美術室、図書室、どれも勘弁してください。どれも、どうにもなりません。披露どころではありません。謙遜でなくお目汚しです。コミュニケーションを深めたらボロが出ます。私はむしろ隠蔽したい。そして実験室って何でしょうか?

 ガーデンでは四阿、噴水、蔓薔薇のアーチが続く小道。どこも美しく、物語に出てくる楽園のようです。どうせなら私はここで過ごしたいです、できれば一人で。拒否権を使って、ひとりガーデンで過ごすというのはアリでしょうか。

 仮に、私一人で四阿にいる時に別の組み合わせの方が来られたら、ちょっと気まずいかもしれません。姫君と殿下が気にされなくても、私が気にします。やはり、やめておくべきかもしれません。真に、真に残念なことではありますが。

 午後はイザベル姫からお茶会のお誘いがありました。とりあえず、参加させていただきます。



 お茶会の後、今更ながらに、お茶会の効用を理解した気がいたしました。ええ、私がまだ令嬢であったころ、数度経験したお茶会は、情報交換と意見交換と、時には面倒な感情が渦巻く場所でありました。

 ええ、私は気が付かなかったのです。

“確かに、常に王子としての役割を意識されていて、スキがないというか。”

“そうだとすれば、疲れません?”

“ふつう、疲れますわ。”

 ふつうに考えれば疲れるはずです。でも、なぜでしょう、そうではないようにも思えるのです。

 上手く説明ができません、なぜでしょう……。

 ただ、私の気持ちは変わりませんでした。お話しするならリーンハルト様がいいのです。そう思ってしまうのです。


 そうしたら、翌日のデートタイムの組み合わせにリーンハルト様と当たってしまうなんて、誰が予想し得たでしょうか!?

 そして次の日も

 さらには次の日も。 

 

 いえ、それともこれは必然なのでしょうか?

 クリスタ様とディルク殿下は仲良さそうに。

 シャルロッテ様とランベルト殿下は初々しく。

 イザベル様とユリウス殿下も、なぜかしっくりと。

 拾の姫は引きこもり状態。ケヴィン殿下は放棄状態。

 残るは、リーンハルト様と私、この組み合わせしかありません。


 3週目に入って、私はさらに、予想外なほど穏やかな時間を過ごしております。

 午前中はリーンハルト様とお会いして。午後はおそるおそる、ひとりでガーデンの散歩をしてみました。四阿、噴水、蔓薔薇のアーチが続く小道。せっかく箱庭に来たのです。少し楽しんでみたいと思うのです。少しくらい楽しんでみてもいいかなと思ったのです。

 

 私には嬉しい毎日です。ですが、リーンハルト様にとっては、どうなのでしょうか。

 ご不満そうには見えません。会うたびに、私に笑いかけてくださるのですから。

 それは王子様らしい穏やかな微笑みですけれど、嫌々仕方なくではないと思うのです。私がそう思いたいだけかもしれませんが。


 回を重ねるごとに、リーンハルト様の話題選びは巧みになっていきます。リーンバルト様は、私が困るような会話はなさいません。だから私は、この時間は安心していられます。私が安心しているように、リーンハルト様もまたくつろいでいらっしゃるように感じられるのですが。これもまた、私がそう感じたいだけでしょうか。




 デートタイム4回目、今日も私のお相手はリーンハルト様でした。

 私は、嬉しくて、ほっとして、胸が弾んでと、心の中がなかなか忙しいことになっております。

 今日までの3日間は、噴水、蔓薔薇の小道、四阿でティータイムでした。リーンハルト様のように素敵な方とこんな素敵な場所で。

 私は幸運かもしれません。いいえ、幸運に違いありません!

 

「今日は蔓薔薇の小道のさらに向こうに行ってみませんか?」

 今日もリーンハルト様が提案してくださいました。リーンハルト様とガーデンの散歩、私は本当に幸せな気分です。

 リーンハルト様とお話しながら歩きます。日差しは明るく、ガーデンが輝いているかのようです。

「こちらの小道に行ってみませんか。」

「こちらの小道も行ってみませんか。」

 リーンハルト様に誘われるままに、一緒に歩いていきます。

 意外なところに小道が伸びていて、なかなか楽しいのです、が。

 ここは、どこでしょうか。ガーデンのどの辺りなのでしょうか。

 私は今ガーデンのどこいるのか、さっぱり分からなくなってしまいました。私は、ちゃんと部屋まで帰ることができるでしょうか。いいえ、リーンハルト様が私ひとり置いていくなど、そんなことはなさらないから大丈夫です。


「疲れていらっしゃいませんか。あそこのベンチで一休みしましょうか。」

 リーンハルト様が聞いてくださいます。この程度なら疲れたりはいたしません。けれど、せっかく提案してくださったので、ベンチで一休みもいいと思うのです。


 ベンチに落ちていた木の葉を払って、リーンハルト様がどうぞと言ってくださいました。私はもう、何かくすぐったいような、そんな気持ちでいっぱいになります。そして、気づきました。

 ここに来るまで蔓薔薇の小道はありませんでした。蔓薔薇の小道だけでなく四阿も噴水も通らなかったのです。これ、デートタイムとしてOKなのでしょうか?


「姫、ここは落ち着きませんか?」

 リーンハルト様がそわそわした私に気づいてくださいます。だから、思い切って言ってみました。

「せっかくお誘いいただいたのですが、良いのでしょうか、指示された場所でなくても。」

 ただでさえ私はルール違反をしているのです。これ以上のルール違反は避けたいのです。


 リーンハルト様が微笑んでくださいます。

「ここのルールは意外と適当ですよ。

 姫が気になるなら、少しお話ししましょうか。」


 ……ここで姫と呼ばれるのも慣れました。けれど、リーンハルト様にそう呼ばれると、時々とても切ない気持ちになるのです。

 

「トークタイムに提出していた希望票があったでしょう?

 王子で集まって、ちょっと聞いてみたんですよ。

 例えば王子の一人は、一人の姫の名前だけを書き続けていたそうです。

 もう一人は、ずっと拾国の姫を書いていたと言っていましたね。拾の姫とトークタイムをしてほしいと頼まれたそうで。

 それから、誰でもOKと書いていた王子もいましたよ。

 ケヴィン王子はそもそも話に加わってくれませんでしたが、彼は初回を除き、希望票そのものを出していなかったようです。

 僕は、初回以外はちゃんと5人書きましたよ。毎日1人ずつ順番をずらしたものをね。」


 ……。

 そんな私をご覧になったからでしょうか。リーンハルト様が付け加えます。


「そもそも、最初に女官が言っていたでしょう?

 書いた名前が1人でも、あとは女官の方で組み合わせを決めてくれると。」


 ……王子様って、何を考えているのでしょうか。何も考えていないのでしょうか。

 そして箱庭のルールは、ざるです。


 リーンハルト様がさらに付け加えます。

「ここのルールはけっこう適当です。

 だから、あなたも気にすることはありませんよ。」


 その言葉に、思わず反応してしまいました。思わず顔を上げてしまいました。そのままリーンハルト様を見返して。

 この人は、私の何を知っていると。

 いいえ、知っているはずがありません。だからこそ、気軽にそう言えてしまうのです。


「皆さまがそうでも、私は、気にしまいわけにはまいりません。」

 思った以上に、語調が硬くなってしまいました。そんな私を、リーンハルト様が観察するようにご覧になります。


「姫、例えばあなたは、急な零国の招請に応じるため、王家の血を引く遠縁の令嬢が無理矢理、姫にされてしまったのではないかと。僕の勝手な推測ですが。」


 違う。


 けれど、リーンハルト様が私をじっと見つめながら続けます。

「だとしたら、急なことで混乱されていても無理はありません。

 それでもあなたは姫としての役割を果たそうと、ここで尽力していらっしゃる。

 あなたは素晴らしい方だと、僕は思います。」


 それは違う。


 けれど、リーンハルト様がさらに続けます。

「姫君に必要なマナーや教養を身に付けていらっしゃらないとしても、ご事情があれば当然のことです。卑下されることはありません。」


 そうではないのです。

 私は違うのです。


「……姫ではありません。私は、没落した貴族の元令嬢、それだけです。」


 ああ、とうとう言ってしまった。

 私を尊重してくださる方だからこそ、嘘をつきたくなかった。

 けれど、でも。

 私はうつむくしかありません。うつむけた顔を上げられない、上げたくないのです。

 軽蔑されるのは嫌。それはどうしても嫌。この方のそんな視線は見たくない。どうしても見たくないのです。


「やはり、あなたは素晴らしい方です。

 それならば、なおさら大変でしょう。それをよく乗り越えてこられたと、僕は思います。

 無理矢理言わせるつもりはなかったのですが、知ることができて良かったです。」


 その言葉に思わず顔を上げれば、私を見ているリーンハルト様のはっとするほど強い、初めてこの方と目を合わせたのではないかと思うほどの眼差しが、そこにありました。

 それがふっとかき消されます、いつもの王子様らしい微笑みによって。


「一令嬢が王の権力に逆らうことは至難の業です。するならば、用意周到に準備しなければなりません。その時間は到底なかったでしょう。

 安心してください。あなたが罪に問われることも、非難されることもありませんから。」


 なぜ、と聞き返す前に、リーンハルト様がさらに続けます。


「身代わりとして来られたのなら、今後のことが気になるでしょう。

 ですから、まず結論をお伝えします。

 あなたが希望するならば、箱庭の儀が終了した後、ここから逃がして差し上げます。」 


 一瞬、リーンハルト様の言われたことが、理解できなかった。

 ガーデンを強い風が吹き抜ける。花も葉も揺らしていく。

 リーンハルト様の表情はただ静かに、私を見ている。


「さて、そろそろ昼餐です。部屋に戻った方が良いですね。

 あなたが今後どうされたいか、僕を信用できるかどうか、それを考えてみてください。

 箱庭の儀が終わるまで、時間はありますから。」


「リーンハルト様、」

 とっさに名前をお呼びしたものの、何を言ったらいいのか頭の中が真っ白の私に、けれど殿下はこうおっしゃっいました。

「その名前はあまり好きではありません。ハルトと呼んでもらえませんか?」




 信じられない。

 いえ、信じてしまいたい。

 けれど、信じて良いのでしょうか、私にとってこれほど都合のよいことを。

 

 自室にと与えられた、私にとっては贅沢なリビングルームの隅で、ひとり椅子に座って考えます。

 

 リーンハルト様のことを疑いたくはない。けれど、都合が良すぎます。

 だからといって、リーンハルト様が嘘を言っているとも思えません。

 からかっているとか、騙すにしてもメリットなど何もないでしょう、こんな元令嬢を。


 では、本当に。

 もし、本当ならば。

 そう想像しただけで、心が軽くなった。未来への不安感が、半分くらいは溶けて消えてしまったかのように感じます。あの王の元に戻らずに済むならば、どんなに良いだろうかと。


 でも、本当に、本当に、リーンハルト様は私のために?

 いえ、もしかしたら、私には想像もつかないメリットがあるのかもしれません。

 でも、私に特殊なスキルはありませんし。ちょっとばかり土系の魔法が使えたところで、リーンハルト様のお役に立てるとも思えません。もちろん、私を引き取ってくださるなら、できればお礼として何かお役に立ちたいのですが。


 いえ、私、落ち着きましょう。リーンハルト様は逃がすと言われました。逃がしてくださった後は、きっと私が生活できるように準備をしてくださるのだと思われます。リーンハルト様が、逃がしただけでポイっと捨てるようなことをなさるとは思えません。けれど、お役に立つことはできないでしょう。お会いすることもできないかもしれません。

 

 いえ、そもそも、姫を一人失踪させるのはそんなに簡単にできることなのでしょうか?

 そんなわけはないのでは!?

 では、リーンハルト様が私のためにその手間をかける理由はなんでしょうか?

 わかりません。私には想像もつかない理由で私を利用したいのかもしれません。

 そう、あの王だって、まさか私を替え玉にしようなど画策しているとは、私にはまったく思い浮かびもしなかったのですから。

 

 私はリーンハルト様を、私の人生を賭けるほど信頼することができるでしょうか。

 そんなこと、私にわかるわけありません。ここに来て3週間、その間、リーンハルト様とお話したことがある、私にはそれだけしかないのに。

 弐国でのリーンハルト様の評判がわかれば、まだマシかもしれませんが。それがわかったところで、迷わないかといえば、そんなことはないでしょう、結局のところ。


 ならば私は、ここで共に過ごしたリーンハルト様、それをもとに私自身で判断するしかないということになります。

 私が知っているリーンハルト様を、思い返してみます。

 まず、令嬢が思い描くような王子様のイメージを持つ方。洗練された物腰、穏やかで知的な雰囲気。伸ばした金髪を後ろで一つにくくり、正装をスキなく着こなし、どの姫にも礼儀正しく。

 そう、私のような、姫ともいえないような者にも丁重に接してくださって。


 でも、こんなこともあったのでした。

 噴水や蔓薔薇、四阿に向かうまでの、ガーデンの小道を歩きながら、こんなことをお話くださったのでした。


 ここでは紅茶が出てきます。朝も、トークタイムもデートタイムも、昼餐も、午後のティータイムも、晩餐も。リーンハルト様はそれについて、僕は珈琲の方が好きなので、と教えてくださったことがありました。内緒ですよといいながら。だから私も思わず、紅茶も好きですけれど、ミルクたっぷりの珈琲も好きですと、言ってしまって。


 こんなこともありました。

 ご自身の髪について、弐国のしきたりだから伸ばしているけれど、本当はスパっと切ってしまいたいのだと。これも内緒ですよと言いながら。だから私は思わず、短くされてもお似合いだと思いますと、答えてしまって。


 それから、こんなことも。やはり内緒らしいのですが。

 リーンハルト様は、実はペットに蜥蜴を飼っていらっしゃるのだそうです。私は思わず、蜥蜴の種類について聞いてしまいました。ええ、実は私、毒がなく小さなものなら、蛇でも、蛙でも、蜥蜴でも平気なので。というか、可愛らしく感じますので。ちなみにリーンハルト様の蜥蜴は、きれいな橙色をした手のひらサイズで、毒はないとのことでした。


 そんなことを思い返していたら、私は気づいてしまいました。

 私は結局、リーンバルト様を好ましく感じているのです。会話をするなら、共に過ごすなら、この方が良いと願うほど。本物のテレーゼ姫ではない私の好みを、ほんの少しお話してしまうほど。

 私はもう、リーンハルト様を信頼してしまっているのです。


 私は自国の王を信じることはできません。けれど、リーンハルト様なら信じてしまうでしょう。  

 私は自分のこの判断を、あるいは直観を信じて良いものでしょうか。

 リーンハルト様を信じてしまっている私を、私が信じられるでしょうか。

 

 私の選択肢は2つ。あの王の元に戻るか、リーンハルト様が差し出してくださった手を取るか。

 第3の選択肢として、自分の力だけで何とかするというのもありますが、何も思いつかないので現実的ではありません。

 それならば、私は。

 私は、望んでみたい。


 


 光玉が夜のガーデンに漂います。ふわふわと、ふわふわと。

 幻想的な光景ではありますが、私は緊張しています。かなり緊張しているのです。

 リーンハルト様に、不敬にならないだろうかと思いつつも、メッセージカードをお送りしました。詳しくお話を聞かせていただけないでしょうかと。

 

「申し訳ありません。誰にも聞かれたくないとはいえ、このような時間に、このような場所にお呼びしてしまいました。」


 リーンハルト様と私は、ガーデンの小道にあるベンチに並んで座っています。もちろんリーンハルト様は、ベンチに座るときも礼儀正しく私と距離を取ってくださっています。

 

「メッセージカード、ありがとうございました。詳しくお聞きになりたいとのことですが。

 聞いたら、引き返せなくなりますが。それでもよろしいですか?」


 やはり、そうなのかと思いました。姫としてここに来ている私を逃がすのは、そう簡単ではないということなのでしょう。

 

「いきなり僕にこういう話をされては、ご不安になるかと思いますが。」

 リーンハルト様が気づかわしげな表情でおっしゃいます。

 そんな風に気づかってくださるハルト様だから、私は大丈夫だと思うのです。

 

「私は、私の幸せを諦めたくありません。今、このような状況だからこそ、余計にそう思うのです。

 私は没落した家の元令嬢でしかありませんが、家庭教師の職を得て、その暮らしは決して不幸ではありませんでした。教えている子どもたちの、お坊ちゃまの笑い声、お嬢様が読んでと物語を持ってこられるとき、庭師から余った一枝をもらい部屋に飾るとき、たまの休日に外出して綺麗な絵のカードを買えた時、お給金をやりくりして髪を結ぶリボンを新調できたとき。小さくてささやなかなものですが、いつも幸せは感じていました。

 しかし、自国に戻れば私の望む幸せが得られるとは、とても思えないのです。」


 ハルト様は、じっと私の話を聞いてくださいました。それだけでも嬉しいというのに、ハルト様から感じるのは共感。王子様が私の話したような小さな幸せを尊重してくださるのは、不思議な気がしますが。ハルト様はそういう殿下なのかもしれません。


「わかりました。では詳しくお話します。

 まず、僕は陛下から命じられています。もし、自国から逃れたいという人材がいたら、弐国に連れて来るようにと。

 その際、自国での肩書は捨てていただくことになりますが、弐国にて相応の地位を用意します。」


 さっそく障害が現れました。

「すみません、せっかくのお話なのですが、私では人材というほどのものにはならないかと。」

「いいえ、重要なのはその点ではありません。連れて帰って良いと命じられているところです。 

 零国の大神殿にだけは話を通しますので、そこは安心してください。」


 次の障害が現れました。

「零国が許可を出すでしょうか。」

 意外にも、リーンハルト様がにこりと笑って答えられます。

「その点も心配ありません。前例がありますから。」

「前例、ですか?」

 思いもよらない言葉が出てきて、聞き返してしまいました。

 それはつまり、以前、それをした人がいるということではないですか!?驚きです。驚きすぎました。


「前回の箱庭の儀で、弐国は王子として参加しました。その際いろいろありまして、密かに四国の王子を弐国に連れ帰りました。表向きは、箱庭の儀の終了後、零国の神殿であずかることになったとして。」


 もう、言葉もありません。そして、いろいろあっての、いろいろとは何でしょうか。


「ちなみに零国はそれを承認しています。箱庭の儀に貢献した王子に便宜を図るという方向で。もうひとつ、零国にもそうしなければならない事情ができてしまったので。

 なお前回、弐国から参加した王子は、王家の血筋ではあるものの、王子ではなく騎士が王子の代わりとして箱庭に来ました。これも零国の承認を得られています。箱庭の儀を行うにあたって、王子役の参加が重要だと零国は判断したようです。伝え聞くところによると、大変見目良い騎士であったそうなので。」


 いえ、重要なのはそれよりも、身代わりOK、その点ではないでしょうか!?


「さて、ここまで、何かご質問はありますか?」


 果たして私は、どこにツッコミを入れたら良いのでしょうか。

 箱庭のルールのいい加減さでしょうか。零国のテキトーさでしょうか。それとも、そのいい加減とテキトーにゆだねられる私の運命でしょうか。


 いずれにしても、私の心は決まってしまいました。

 ハルト様に向かい、深く頭を下げます。

「どうぞよろしくお願いいたします。」


 なぜでしょう、ハルト様が嬉しそうに微笑まれました。


「手筈はこちらで整えます。今は姫としてお過ごしください。

 あなたの名前を、お聞きしてもよろしいですか?」

「テレーゼです。たまたま姫と同じ名前でしたので。」


 やはり、なぜでしょうか。ハルト様が嬉しそうに肯かれました。



 その後、姫の館まで送ってくださるということで、ハルト様と館までの小道を歩くことになりました。

 王子様と私、二人だけ。静かな夜です。光玉がふわりと通り過ぎてゆきました。

 私はとりあえずのところ、安心して、ほっとして、少々ぼーっとしております。隣のハルト様は、どことなく満足そうな雰囲気でいらっしゃいます。

 光玉がまた、ふわっと通り過ぎてゆきました。

「綺麗ですね。」

 ハルト様がぽつりとそうおっしゃるので。

「はい。」

 私も小さくそう答えました。


 

 その時です。ちょうど小道を曲がろうとしたところで、不意にハルト様が立ち止まりました。

 その視線の向こう第三館へと続く小道に、後ろ姿がふたつ。

 驚きました、こんな夜に。女官の皆さまがまだお仕事中なのでしょうか。

 

「すみません、少しここで、待っていてもらえますか。あなたが危険にさらされることはないはずなので。」

 それだけ言うと、ハルト様はあっという間に身を翻し、足音も立てずに第三館に向かわれました。

 私はただ、その後ろ姿を見送ります。よくわかりませんが、ハルト様がそう判断されたのなら、きっと何か意味のあることなのでしょう。



 しばらくして、何か砕け散るような音が響きました。

 そして、館の窓から光が飛び散ったように見えました。




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