第10話 デートタイム〈壱の姫シャルロッテ〉


 わたしはランベルト様にこたえたい。

 嬉しいという気持ちだけでも伝えたい。

 果たしてそれは、卵を孵す役割を得てはならない姫が、して良いことなのか、してはならないことなのか。




 箱庭の儀の3週目、集まった姫と王子に神殿女官が告げた。

「今週より、デートタイムに入ります。

 希望票はもう提出する必要はございません。組み合わせをこちらで決めて、毎朝お知らせいたします。

 場所は、トークタイムの部屋のほか、それ以外の部屋とガーデンもお使いいただけます。

 午後はこれまでと同様にお過ごしください。

 では、部屋をご案内いたしますので、どうぞこちらに。」


 第三館には、音楽室、ダンス室、美術室、図書室、実験室、そして書庫。

 明日から、わたしはどの部屋を希望するべき?わたしは何を披露するべき?楽器にダンスそれから絵画、どれも練習してそれなりにできるようにはなったけど、それなりでしかなく。水系の魔法はできるけど、広範囲を水浸しにしたところで、お相手が喜ぶとは思えない。

 ガーデンには四阿、噴水、蔓薔薇のアーチが続く小道。部屋よりこちらのほうがほっとしそう。ただしガーデンを選んだら、トークタイムと同様に会話を続ける必要がある。

 2組が四阿を希望した場合、どうなるの?あるいは5組だったら?ランベルト様が、わたし以外の姫と一緒にいるところを見たら……、わたしは気になるかもしれない。


 午後は、イザベル姫からお茶会のお誘いがあった。王子方の人となりが知りたいと。

 有意義だった。自分では気づかないことって確かにある。

  

 ただ、わたしはそれ以上に気になったことがあった。 

 クリスタ姫が言われた言葉。“良い質問を立てられる方です。”

 ユリウス王子の箱庭とは何か、卵とは何か、その問いをクリスタ姫は良い質問と見なされた。

 そんなクリスタ姫なら、わたしの問いもまた興味を持ってもらえるのではないかと。

 

 愛を育むとは具体的に何を指すのか。どの行動がそれに結びつくのか。

 卵を孵すとは結局どういう意味なのか。その条件とは最終的に何なのか。

 もしかしたら、クリスタ姫はすでに調べられているかもしれない、すでに何かお考えかもしれないと、そう思った。


 だから、まずはお聞きしてみよう。

 クリスタ姫にメッセージカードを送るため、ペンを取る。

 ふと、夜の散歩に行きたい気分になった。とても行きたい気分になったけれど、やめることにした。

 もしもランベルト様に出会ってしまったら、まだ何を話したらいいかわからないから。




 翌朝、今日はぜひクリスタ様とお話を、そう張り切ったものの、午前中はまずデートタイムから。

 そして、わたしのお相手はランベルト様だった。

 ……なぜこの組み合わせ。

 テーブルの向かいを見れば、ランベルト様の表情は穏やかで。

 椅子に座った私のそばに、迎えるようにランベルト様が来てくだされば、

「姫と過ごすことができるとは、嬉しいです。」

と手を差し出されれば、その手を取らないわけにもいかない。私はまだ何もこたえれられないのに。

 それでもランベルト様の手にわたしの手を重ねれば、その触れた手に何となく安心して。


 ランベルト様がいつもの落ち着いた声で聞いてきた。

「姫、ダンスはいかがでしょうか。」

 ……なぜダンス。いえ、この選択肢はむしろ普通なのかも、実験室に比べれば。それとも何か目的があって?

 わたしの返答が遅れたせいか、ランベルト様がゆっくりと聞き返す。

「姫は、お嫌でしたか?」

 ……嫌なのではなく、私が気にしているのは。

「ランベルト様が伝えてくださったお気持ちに、わたしは未だこたえることができません。

 考えてはおりますが、時間がかかりそうで、それは良くないと。」

 ランベルト様が笑みを浮かべた。

「それは、嬉しいですね。」

 ……だから何が嬉しいと。

「そのように私のことを真剣に考えていただけるとは、嬉しいです。」

 ……物は言いよう。

「やはり、ダンスにお誘いしてもよろしいでしょうか。」

 ……だから、なぜダンス?


 ダンス室に入れば、ほかの姫も王子もいなかった。トークタイムと同じように控えていた女官が、部屋の隅に置かれたクラヴィーアの前に座る。ここの女官はずいぶんと多才。


 まず、向かい合って挨拶をする。わたしは片足を引いて少し膝を折り、ランベルト様は一礼を。そのランベルト様の所作に、力強い美しさに一瞬、目を奪われてしまった。

 目が離せなくなった。


 曲が始まる。

 手を重ね、ステップを踏み、動きを相手に合わせ、視線も合わせて、相手の呼吸が感じられるほど身を寄せて。

 普通なら何か会話をするものだけど。わたしでもそのくらいの余裕はあるはずだけど。

 見つめられて。

 見つめられて。

 見つめられて。

 それを見つめ返して。

 ただ、それだけで。


 ステップが乱れる。姿勢が崩れる。ランベルト様がわたしを引き寄せる。その腕がわたしの腰を支え、その手がしっかりとわたしの手を包み込み。

 それから、その腕も手もゆっくりと離れた。


「少し、休憩しましょうか。」

 ランベルト様がやはり穏やかに言う。

 呼吸一つ乱れていないランベルト様に比べ、わたしは。


「姫、申し訳ありません。私が姫とのダンスに夢中になりすぎたせいでしょうか。」

 まさか。

 わたしがランベルト様を意識して、意識しすぎて。

 胸の音がどうにもならないほど、鳴っているだけ。

 

 

 午後はクリスタ姫との約束、場所はガーデンの散歩。

 お茶会にすれば女官が必ず控えている。そうではない状況を作りたかったから。

 

「蔓薔薇の小道を歩いてみませんか。」

と提案すれば、クリスタ様は、

「良いですね。」

と賛成してくださった。

 四阿も、噴水も、蔓薔薇も、ガーデンの奥にある。その途中には木陰もあり、その途中の小道にはベンチも置かれている。


 黄色、白に水色、花々の小道を通り抜ける。時おり心地よい風が吹く。

「何かお聞きになりたいことがあるとか?」

 歩きながらクリスタ様が話を振ってくださるので。

「前置きもなく、そのままをお聞きするのですが。」

 おや、というようにクリスタ様が足を止める。クリスタ様のまっすぐな黒髪を、風が揺らす。


「愛を育むとは、具体的にどのような行動なのか。どの行動がそれに結びつくのか。

 卵を孵すとは、どういう意味なのか。その条件とは何なのか。

 それついて、何かご存知でしょうか。もしくは、すでに何かお考えではないでしょうか。」

 クリスタ様がにこりと笑顔になった。

「いい質問だと思います。ただ、その答えは私には分かりません。

 それでも、調べたことをシャルロッテ様にお伝えすることはできます。」

「クリスタ様のお考えもお聞きしたいのですが。」

「推論で良ければ。」

「ありがとうございます。では向こうの、木陰のベンチで。」

と指さす。近くには女官も王子も、ほかの姫もいない。


「まず、こちらをご覧ください。」

 ベンチに並んで座れば、クリスタ様がドレスの隠しポケットから折りたたんだ紙を取り出した。

 受け取って開けば、50項目以上の質問がずらりと並んでいる。その回答と思われるものも。

「すごいですね。この問いを全部、クリスタ様がお考えになったのですか?」

「はい、神殿に質問してみました。

 シャルロッテ様がお知りになりたいことは、この辺りではないでしょうか。」

とクリスタ様が指さして。

「愛を育むとか、卵を孵すとか、そういったことについては神殿女官が儀式の経過を見守るとなっています。つまり、儀式を進める神殿女官に判断がゆだねられる、回答からはそう解釈できます。」 

「それはつまり、判断の基準があるということですか?」


 どの程度愛を育んでいるか、なんて目に見えないものを判断するには、確かに何か指標があると考えた方がいい。

 何らかの発言あるいは行動によって、愛を育んでいる状態と判断するはず。でなければ、むしろ判断ができないはず。

 卵を孵す姫になることなく、ランベルト様に返答するためには、どうしてもその判断基準を知る必要がある。

 卵を孵すにはどういう行動が必要なのか、何をもって愛を育むとするのか、その基準を。


「この回答には、判断の基準となるものについては書いてありませんね。当然かもしれませんが。

 クリスタ様は、どのようにお考えでしょうか。」

「やはり、姫または王子の具体的な発言や行動が基準になるのではないかと。

 そうでなければ、判断のしようがありませんから。

 基準に該当するような特別な行動をするとか、あるいは回数。」

「回数ですか?」

「一緒に過ごした回数、お茶会の回数などが、決められた数を超えると基準を満たしたことになる、そんな判断方法です。」

「確かに、その可能性もありそうです。」

「けれど、」

と、クリスタ様が楽しそうに笑う。

「書庫にある前回の記録を読みました。姫や王子が何を話し、どんな事をしたか詳細に記されていますが、どれが判断基準になるのか、わかりませんでした。

 例えば、少なくとも3回分の記録を読んで比較すれば、何らかの共通点を見出すことはできるかもしれません。

 ですが、詳細な記録のため、かえって共通点が多すぎる可能性もあります。」


 書庫の記録を読むという方法がある。けれど、それで何かわかるとも限らない。

 もう少しシンプルに考えたい。判断するのが女官であるなら、複雑なものでは儀式が進めにくいと思う。

「クリスタ様、例えばですが。

 好き、または愛している、そういった発言を基準にすると、神殿側にとって分かりやすいと思うのですが。」

「良い視点だと思います。

 儀式に目的がある以上、判断基準が煩雑過ぎて終了しない、ということは避けたいはずですから。

 ただ、前回の記録を読んだ限りでは。」

 クリスタ様が思い出すように、人差し指を唇に寄せる。

「前回、卵を孵した姫と王子が、好き、愛していると発言している場面がありました。

 しかし、それで劇的に儀式の進行が変わったかというと、そんな感じはしませんでした。」


 発言が重要でないとすれば。

「では、言葉よりも行動が重視されるのでしょうか?

 例えば、手をつなぐ、抱きしめる、口づけ、こういった行動が基準ということはあるでしょうか?

 いえ、女官の前では、そんな雰囲気にはならないでしょうか?」

 クリスタ様がやはり楽しそうに続けられる。 

「良い疑問だと思います。

 前回の姫と王子は、今シャルロッテ様が挙げられたこと、それに類するようなことはしていません。

 書庫の記録には書かれていません。

 単に女官の前ではしなかったのか、それとも記されなかったのか、というのは分かりませんが。」


 それは、つまり。

「当然のことながら、女官がその場にいなければ、姫と王子の発言も行動も知りようがなく、判断のしようもない、ということですね。」

 クリスタ様が興味深そうにわたしを見る。その黒髪がさらさらと風に揺れる。

「だからこそ、シャルロッテ様は、誰もいないこの場所を選ばれたのではないですか?」

 

 クリスタ様が前を向く、どこか遠くを見るように。

「もっとも、これも推測にすぎません。

 書庫の記録に書かれていることは、主にトークタイムやデートタイム、午後のお茶会など、女官が控えていることが当たり前の場面のみ。

 例えば、姫のプライベートな時間のできごとまで記録されているわけではありません。

 かといって今、私たちが監視されていない、と断言することもできません。」


 わたしはもう一度、クリスタ様に問いかける。

「では結局、愛を育むとは、具体的なことは参加者には分かりようがないということでしょうか?」

 クリスタ様がにこりと笑む。

「私には分かりません。ただ。

 愛を育んだと判断される基準は、むしろまったく、そうとは思われないようなことではないかと思ったりもします。」

「であれば、なおさら参加者には分かりませんね。そもそも、それを愛を育むと言っていいのか。」

「あるいは、深く考える必要もないくらい、当たり前のことを求められているのかもしれません。

 もっと言えば、単に神殿女官の好み、ということもありそうですね?儀式にしてはアバウトすぎますが。」


「では、もう一つ。卵を孵すことはいかがでしょう?」

「分かりません。それは、書庫の記録にもはっきりと書かれていませんでした。

 具体的にどうすれば卵は孵るのか、卵を孵すために必要な条件についても。」



 晩餐のあと、散歩に行くことにした。

 光玉が漂う小道を、ガーデンの奥へ。

 噴水の音が聞こえるくらいの、小道にあるベンチに座る。

 本当はベンチも、監視場所としてはあり得そうだけど。

 いえ、疑えばきりがない。疑うほど、疑心暗鬼にかられるだけ。 


 静かな夜のガーデンに、小さく水音が響く。

 闇の中に、光玉がぽつぽつと浮かぶ。

 ベンチのそばには、白い花がひとつ。


 わたしはここで、箱庭でどうするべき?

 儀式の意図もよく分からない、そんな状態で、それでも。

 参加者は何を求められているのか分からないまま、それでも。

 行動をうながされるような場は用意されるけれど、何をすれば正解かはわからない、それでも。

 何か行動をしなければならない。

 できれば、最善の行動をしなければならない。

 

 いいえ、行動をしなければならないというよりは。最善が分かりようもない状況では。

 何かしても、しなくても、わたしは選ぶしかない。

 何をするか自分で選び続けるしかない。


 こちらに漂ってきた光玉を、そっと指先で押し返す。

 闇にひっそりと咲く白い花、そのほのかな香り。  

 静かなガーデンに、途切れることのない水の音。


 そろそろ部屋に戻ろうと立ち上がる。

 今晩はランベルト様に出会わなかった。そう思ったら、なぜか可笑しくなった。

 夜の散歩では必ず出会う、そんな気がしていたから。まさか、それは思い込みというもの。

 けれど。

 ダンスを思い出す。

 あんなふうに特別な何かであるようにじっと見つめられては、心が揺れる。

 時間が欲しい。

 もう少し冷静でいられるように。もう少し、自分がどうしたいのか自分で分かるようになるまで。

 次のランベルト様との時間は、きっと来週だから。




 そして次の日、わたしのデートタイムのお相手はランベルト様だった。

 ……なぜこの組み合わせ。

 わたしの表情のせいか、手を差し出してくだったランベルト様が苦笑する。

「私では、お嫌でしたか?」

 その手をとり立ち上がる。嫌なのではなく、予想外と想定外と見込み違いのせい。

「トークタイムとは進め方が違うようなので、戸惑いました。」

 それから。

 それから。

「わたしは、」

 ランベルト様を見上げる。

「わたしは、もう少し、あなたと一緒の時間を過ごしてみたい。」

 

 ……この言い方、大丈夫だったかな?愛を育む条件に抵触しなかったかな?

 けれど、それよりも、ランベルト様が明らかに驚いた顔になり、わたしを見つめ返し。そして、ふと力を抜いた様子で小さく笑った。

「噴水に行きませんか。そこでしばらく過ごした後、朝のガーデンを歩きませんか。」

 ランベルト様が声をひそめて続ける。

「私は、姫と二人の時間を過ごしたいです。」

 

 噴水のところでお茶をいただき、それから二人でガーデンの小道を歩いた。

 何気ない会話が増え、会話が途切れて、でも気まずいわけでもない時間も増え。

 ランベルト様はやはり丁寧語のままで、つられてわたしも丁寧語のままで。

 なぜかランベルト様の少し力を抜いた雰囲気に、つられてわたしも少し足取りが軽くなった。

 


 午後はクリスタ様にお願いして、書庫で愛を育む条件になりそうな箇所を教えてもらうことにした。

“アリーセ姫「私はあなたが好きよ、箱庭の儀とか卵を孵すとかそういうことに関係なく。だから、もし、もしもあなたが私のことを好きでもなんでもないのなら……。」

コンラート王子「アードリアン、確かに君の言葉には聞く価値があったようだ。私はこれでも十分態度に表していたつもりだったのだが。姫、私はあなたを愛している。」”

 その箇所だけでは分からないので、おおまかな流れを解説してもらいつつ、その前後を読んでみる。

 確かにクリスタ様が話されたように、好きや愛しているという言葉が、儀式の重要な転機にはなっていないような。

 では、どんな言葉や行動なら儀式の進行に関わるかとなると、これを全部読むしかないのかも。しかも、読んでも分かるとは限らない。 


 夕方、クリスタ様はもう少し書庫に残るとのことで、わたしはひとり館に戻るため小道を歩いていた。書庫の記録のことを考えながら、うつむきがちに。

「よう。」

と、唐突にケヴィン様に出会った。

「ごきげんよう。」

と軽く膝を折って挨拶。久しぶりにお会いする気がする。この方、箱庭で暇じゃないかな。


「姫さんに聞きたいことがある。」

「何でしょうか?」

「この前、聞けなかったことだよ。壱国の目的はなんだ?」

 これはまたストレートな。隠すようなことでもないので答える。

「壱国は調整を。不満が偏らぬように、今後のためにも。」

「そりゃまた面倒なこと、やらされてんな。」


 ケヴィン様が興味を失ったように向こうに行きかけて、振り向いた。

「そうだ、お礼にいいことを教えてやる。箱庭に来る前に偶然、五国を通ったんだだけどよ。あの王子様は、卵を孵しその姫と結婚することを命令されている。」

 愉快そうにこちらを見てくるケヴィン王子の真意が、わたしには分からない。

「ま、後からわかるより、今知った方がマシだろ?」

 そしてケヴィン様は小道をそれて、どこかに行かれてしまった。


 ケヴィン様は大雑把で、好戦的、けれど悪意のある方ではないと思うのだけど。

 この言い方では、まるでランベルト様が実はわたしを好きではなく、命令からそうしているに過ぎない、という意味になってしまう。

 本当に、あのケヴィン王子は何のためにここに来たのかな。例えば、儀式を引っ掻き回して楽しむため?ただ退屈で騒ぎを起こしたいとか?まさか、それは勘ぐりすぎというもの。では親切心からわたしに情報提供したと?そうならば、良いけれど。


 それよりも。

 もしもランベルト様が卵を孵すことを命じられているのなら、わたしが命じられていることと相反する。

 けれど、ランベルト様は初めから、卵を孵すことについて一言もわたしにお話しになっていない。

 だから、きっとそれ以外の何かを命じられて箱庭に来られたのだと、わたしはそう考えていた。

 どちらにしても、わたしにわたしの事情があるように、ランベルト様にはランベルト様の事情がある。

 それは当たり前のこと。それは仕方のないこと。それはどうしようもなく。

 わたしが命じれらていることをランベルト様が知れば、ランベルト様はどうされるのか。

 わたしは、せめて嬉しいという気持ちだけでも、伝えたいけれど。伝えたかったけれど。

 女官たちのいない場所でなら、そう伝えても良いのではないかと、考えていたのだけど。




 次の日は、またランベルト様がデートタイムのお相手だった。

 ……本当に、だからなぜ。

 ランベルト様に蔓薔薇の小道に誘われ、その後またガーデンを散歩した。

 ランベルト様の力を抜いた雰囲気に、わたしもまた足取りが軽くなった。

 考えなければならないことは多い。でも、もう少しの間このままでと。


 午後は書庫へ。

 クリスタ様と愛を育む条件を話し合ってはみたものの、謎は深まるばかり。

 簡単にわかるようでは、書庫の記録を読んだ参加者にすぐ真似をされてしまうとはいえ。




 次の日、第3週のデートタイム最終日、わたしのお相手はランベルト様だった。

 ……。

 わたしからも何か提案しなくてはと、図書室にお誘いしたところ、

「ディルクとクリスタ姫が図書室にいますが。」

とのことで、あっという間に手詰まり。


 ランベルト様が小さく笑った。

「ガーデンのほうが、姫はくつろいでいらっしゃるご様子。

 とりあえず歩きませんか。最後に四阿に行けば、デートタイムの条件も満たすでしょう。」

 私は姫と過ごす時間が増えて嬉しいです。」

 思わずわたしもと言いそうになり、慌てて口元をおさえた。自分の行動の危うさに、自分で驚いて。それとも、わたしが過剰に気にしすぎなのか。

「姫?」

「いいえ、何でもありません。今日は、こちらの道から行ってみませんか。」

 何とか、そう言い繕った。


 午後はクリスタ様と書庫へ。儀式の条件はますます混迷。

 書庫の記録からは明確な回答は得られず。いつまでこの儀式が続くのかも定かではない。終わるのは3か月後か、半年後か、もっと長くか。


 夕方、やはりクリスタ様は書庫に残り、わたしは館に戻るため歩いていた。うつむいて、ため息をついて。

「姫、」

と、唐突に声をかけられた。 

「少しお時間をいただけませんか。」

「今からでしょうか?」

「……いえ、できれば明日の夜に。」

 夕暮の小道、ランベルト様の表情は影になって見えにくい。




 第3週目の休日。ひとり部屋で過ごし、晩餐の後に部屋を抜け出す。

 待ち合わせ場所のガーデンに向かえば、いくつもの光玉が浮かぶなか、長身の後ろ姿がたたずんでいた。


 夜のガーデンを少し歩いて、ベンチのある小道に来る。うながされて座れば、ランベルト様がわたしの前にひざまづいた。

「ここ数日、私のこととは別に、悩んでおいでのようにお見受けします。」

 それは、別ではないのだけど。 

「ディルクから、ケヴィンとあなたが話しているところを見かけたと聞きました。」

 それは、あまり関係ない。

 けれど、暗闇にランベルト様の視線が鋭く。

「私では、あなたの力になることはできませんか?

 ケヴィンがあなたを悩ませるようなことを言ったのならば、私は……!」

 

 そんなふうに見えていたとは思わなくて、驚いた。

 ランベルト様の語調が強くて、それも驚いた。


「いえ、姫を問い詰めたいわけではないのです。

 申し訳ありません、一日頭を冷やして、冷静になったつもりだったのですが。」


 その言葉にも驚いた、わたしよりずっと余裕があるように見える人が。

 小さく息をつく。

 とりあえず、確認するしかない。

 あれこれ推測することはできるけど、結局本人でなければわからないのだから。


「では、お聞きしたいことがあります。

 ランベルト様は、卵を孵す役割を得たいとは願われませんか?」


 なぜかランベルト様の顔が強張った。その様子にわたしは驚いた。そんなに意外なことを言ったつもりはないのだけど。


「……何か、五国の事情について、お聞きになられたのでしょうか。」

 ランベルト様の声が硬く、眼差しが暗い。

 わたしはやはり驚いて、言葉に詰まってしまう。


 そのせいか、ランベルト様が唇をかみしめるようにして、視線をそらす。

「いえ、最初から姫にお話ししておくべきでした。

 どのように伝え聞かれたかはわかりませんが、私は命を受けてここにいます。

 卵を孵す役割を得て、その姫君と結婚するようにと。

 ですが。」


 ランベルト様がわたしを見上げる。けれど、どこか悔やむような眼差し。

「私はただ役割のため、あなたに想いを告げたのだと思われたくなかった。

 そもそもこの命令の真意は、命令の内容とはまったく違う。

 だから、それを隠しました。しかし隠したことで、むしろ姫は疑いをお持ちになられたでしょう。」


 わたしは少し首をかしげる。

「わたしはシャルロッテではありますが、壱国の姫でもあります。それを切り離すことは難しい。

 であれば、ランベルト様と王命を関係ないものとすることもまた、難しいでしょう。

 王子であればなおのこと、何らかの役割を命じられて箱庭に来るのは、当然のことと思いますが。」


 ランベルト様がはっとした表情で、わたしを見返す。

「では、姫はお疑いにはならないと?」

 わたしはまた首をかしげる。

「ではランベルト様は、今までわたしの言ったことすべてを、お疑いになりますか?」

「いいえ。」

と、ランベルト様がじっとわたしを見つめるので、その視線を受けとめて答える。

「それと同じくらい、わたしも疑ってはおりません。」


 けれど。

 ランベルト様にお聞きした以上、わたしも伝えないわけにはいかなくなった、わたしの事情を。

 本当は。

 儀式が終わってからお返事したいと、それまで待って欲しいと、伝えてみたかった。

 3か月後か、半年か、それ以上かもしれなくても。儀式が終わるまで待って欲しいと。


 けれど。

 わたしの事情を話そうとして、自分で思っている以上にためらいがあることに気づいた。

 これほどまでに、ためらってしまうことに気づいた。震える指を握り締めなければならないほど。 


 ランベルト様が王子としてここにいる以上、卵を孵すことと無関係ではいられない。

 ランベルト様が命じられていることと、わたしが命じられていることは相反する。

 わたしが事情を話してしまえば、ランベルト様との関係はこれで終わりになるかもしれない。

 ランベルト様がわたしとの関係を終わらせたいとして、わたしには何もできない。今ここで、わたしができることは何もなく。

 それは、失いたくないものを失うようで。

 かなしい。

 

「今度はわたしが、ランベルト様にお話ししなければなりません。

 これをお聞きになれば、ランベルト様こそ、わたしを信じられないとお思いになるかもしれない。」

 両手を握り締め、顔を上げる。

「わたしは、卵を孵す役割を得てはならないと、命じられています。」


 ランベルト様が目を見開き、そして。

「そう、でしたか。それは嬉しいです。」


 ……反応に困った。嬉しいって、何。


「それをお話しいただけるくらい、私のことを信頼して下さっているということでしょう。

 それに、卵を孵す役割を得てはならないのであれば、なおのこと、私の告白を断るのは簡単だったはずです。

 そうならさらなかったということは。」


 その言葉の意味が分かって、頬が熱くなった。

 思わず視線をそらし、隠すように頬を片手で覆えば。

 もう片方の手をランベルト様に取られる。

 わたしの方へ身を寄せて、ランベルト様がささやくように告げた。


「いつか、姫のお気持ちをお聞かせください。」

 そして、わたしの手の甲にそっと落とされる口づけ。

 

 胸の鼓動が抑えきれない気がして、さっと手を引く。

「今日は一人で戻ります。」

と立ち上がって歩き出せば、ランベルト様が隣に並ぶ。

「まさか、そのようなことはできません。

 日中は仕方ありませんが、このような時間に、姫をほかの王子に会わせたくはありません。」


 ……ちょっと待って。

 その言い方だと、ほかの王子に出会う可能性があるようだけど。

 わたしたちのほかに、夜に散歩する王子がいるとでも?まさか。


 ふと、一つの可能性を思い付き足を止めた。

 誰か、夜に、何か調べているとか?

 まさかランベルト様も、とか?



 その時、館の方から何か割れるような鋭い音が響き渡り。

 夜空に光を放った。




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