第6話 トークタイム〈六の姫イザベル〉

 あたしの好みってどんな人?

 考えても、よく分からなかったわ。


 それでも、希望票は書かなくちゃならないわけだから、そこは何とか考えて。

 第1希望、弐国リーンハルト王子。

 第2希望、四国ユリウス王子。

 第3希望、九国ケヴィン王子。

 第4希望、七国ディルク王子。

 第5希望、五国ランベルト王子。

 できるだけマシな順、できるだけ、あたしが眼中に入ってそうな順にしてみたわけだけど。 

 本当に、こういう時のためのマニュアル本が欲しいわね。

 まあ、トークタイムとやらをしているうちに、何か気づくことがあるかもしれないわ。

 ……何も、得られるものがない可能性もあるけれど。

 

 寝室を出て、リビングルームのフレンチドアまで行く。夜風に当たれば、気分が変わるかもしれないと思ったけれど。ドアを開ける気にもならなかった。

 夜の庭は暗い。この箱庭もまた、暗い。




 朝のガーデンに皆が集まる。

 ここでわざわざ組み合わせを発表するということは、つまり。誰が誰とトークタイムになったのか皆知ることができて、それぞれの希望や動揺や予想外も例えば表情から分かっちゃうわけで、それを駆け引きに使いなさいってことなんだろうけれど。


 神殿女官が、トークタイムについてもう一度説明している。それを聞いていると装っているのは弐国のリーンハルト王子くらいね。あとは皆それぞれ思うところがあるか、興味なさそうだわ。

 神殿女官がいったん話を止め、咳払いをした。


「注意事項を説明させていただきます。

 まず、リーンハルト殿下、ユリウス殿下、ディルク殿下、ケヴィン殿下は、拾国の姫君のみをご記入されました。

 殿下方、一人の候補者のみ書かれますと、組み合わせが難しく、トークタイムができません。これは零国が望む箱庭の趣旨に反すると、判断いたしました。

 今日は初日ということもあり、強制的に組み合わせを決定させていただいております。今後は、できれば5人、少なくとも3人の姫君のお名前を書かれますよう、お願いいたします。

 なお、指名された姫君には拒否権があります。とはいえ、拒否されてばかりでは箱庭の儀が進みません。拾国の姫君にはその旨をお伝えいたします。

 そして、ランベルト殿下、5名の記入欄全部に同じ姫君の名前を書かれるのも、お控えください。」


 ちょっと待って!これはこれで予想外よ!!好みとか要望とか分かれると推測していたのに、どいつもこいつも銀の巫女姫が希望なわけ!?


 気になって、ほかの姫の様子をさりげなく見てみれば。

 クリスタ姫は少し考えているようだけど、そこまでの動揺はなし。予想していたとでもいうのかしら。

 テレーゼ姫は、あらまあ?って。いやいや、それでいいの?誰か狙いなさいよ、せっかくなんだから。

 シャルロッテ姫は、どうしよう……と深刻な表情。具体的に名前は挙げられなかったけど、ランベルト王子のしたことは一目瞭然だものね。だけど、そこは喜んでおきなさいよ。


 結局、今日の組み合わせは。

 テレーゼ姫とケヴィン王子。うわ、テレーゼ姫大丈夫?どうしてもダメなら、気を失ったフリをするといいわよ。昨日アドバイスしておけばよかったわ。

 それからシャルロッテ姫とランベルト王子。こちらの姫も頭を抱えたい様子ね。しょうがないわよ、今日外れたとしても、いずれどこかで当たるんだから。 

 そしてクリスタ姫とリーンハルト王子。こちらは、たいして問題なさそうね。

 拾国の姫は不参加。余ったユリウス王子は自由時間。何か喜んでるわ。


 つまり私のお相手はディルク王子。なぜ第4希望なのよ。せめて第3希望くらいにしておきなさいよ。明日から第3希望までしか書かないわよ。

 そして問題なのは、あたしに興味ないっていうか、あたしのことが眼中にない王子と、何を話せというのかしらね?


 ディルク王子からは、さっそく魔獣の侵入状況について聞かれた。いくらか知ってはいるけれど、頻度と出現場所を詳しく話すことまでは難しいわ。

 七国の状況も聞いたけれど、これで何か分かるかといえば、やはり難しい。

 そもそも、魔獣の侵入状況が本当に問題ならば、すでに騎士団が動いているはずだし、必要とあらば宰相あたりが十国の動きについて調べるよう指示を出しているはず。

 

 とりあえず、これで今日のトークタイムは終了。ええ、20分間ずっとそんな話をしていたわよ。

 何を話せばいいかと悩んだあたしがバカだったわ。それ以外を話せばいいのよ。

 ただね、愛を育んで卵を孵すっていうミッションはどこにいったわけ!?

 

 1日目の結果を踏まえて、2日目の希望はこれで出すことにした。

 第1希望、リーンハルト王子。

 第2希望、ユリウス王子。

 第3希望、ディルク王子。

 箱庭の儀の趣旨がいろんな組み合わせを試させたいのなら、すでに当たったディルク王子は避ける可能性が高い。そうすれば、第1希望か、第2希望になるはずよ。

 ケヴィン王子は後回しにしたいというのも、理由だけどね。




 そして2日目のお相手は、ケヴィン王子だった。

 だから、誰がどう、この組み合わせを決めているのよ!?


 そしてトークタイムの個室に着くなり、ケヴィン王子はこう言った。

「俺たち、しゃべっても意味ないだろ?

 どう考えても、あんたが欲しがっているものを、俺は差し出せない。」


 その通りよ。確かにあたしが欲しいのは、王宮が似合うような王子様だものね。

 そういう王子様だからこそ、あたしの持っているスキルが役に立つ。

 だから、あたしのスキルはケヴィン王子のようなタイプには役に立たない。

 お互い様ではあるわ。

 けれどね、カチンときたのよ。あたしと話す価値がないなんて、言われたくないわ。


「わたくしは、あなたのお話を聞いてみたいですわ。

 おっしゃいましたよね。ケヴィン様のことが知りたければ、直接聞くといいと。」

 ケヴィン王子が面白そうにあたしを見る。いいから、さっさと話しなさいよ。

「じゃ、俺が何してんのか、聞いてみるか?」

 はいはい、もったいぶらずに話しなさいって。


 言葉遣いはともかく、ケヴィン王子の話はおもしろかった。話すのが上手いわ。

 魔獣退治に人助け、ついでに決闘、王子様が何をしているのかしら、って感じではあるけれど。

 でもこれ、何度も魔獣に遭遇しているということは、外界に近い辺りを旅しているはず。何か役割を担っているんじゃないかと、勘ぐりたくなるわね。どうせだから、聞いてみましょ。

「何かお調べでしょうか、外界に近い場所について?」


 ケヴィン王子が、再び面白そうにあたしを見る。

 面倒だから、何か言いたいのなら、もったいぶらずにさっさと話しなさいよ。

 けれど、ケヴィン王子は何も言うことなく部屋を出ていき、強制的にトークタイムは終了となった。

 だから、いったい何なのよ。挨拶くらいして出ていきなさいよ!


 その午後、シャルロッテ姫からお茶会に誘われた。トークタイムの後、自室に戻れば招待状があったのよね。

 昨日はクリスタ姫とお茶会のようだったから、順番的にあたしということなのかも。そうね、この機会にひとこと言っておくしかないわ。

 招待を受けること、ついでにクリスタ姫も誘いたいと付け加えて、シャルロッテ姫宛のメッセージカードを女官に渡した。


 ガーデンの一角にお茶会のテーブルが設けられている。少し奥まったところにあるから、何を話しているかは、王子たちには聞かれない。

 席に着けば、シャルロッテ姫が微笑んだ。

「お越しいただいて嬉しいですわ、イザベル様。クリスタ様も。

 テレーゼ様には、お疲れのご様子なので、またお誘いさせていただきますと、カードをお送りしましたので。」

 壱の姫も大変ね。気づかいというか、バランスを取るための調整というか。

 とにかく、さっさと言ってしまいましょ。

「箱庭の儀が開始される前日のことですけれど、無作法な振る舞いをしていまい、少々申し訳なかったと思っておりますの。」


 クリスタ姫がにっこりと笑う。

「お手洗いなら仕方ないと思いますわ?」

 ちょっと、フォローになってないわよ!そこで、シャルロッテ姫が大真面目に口をはさむ。

「目にゴミが入って、の方がよろしくありません?」

 クリスタ姫が身を乗り出す。

「それいいですね。今度、退屈なお茶会で使ってみます。しばらく戻らなくても、目が痛かったのねで済みそうですし。」

 ……何これ、自分のこだわりが馬鹿馬鹿しくなって、思わず言ってしまった。

「わたくしの国では、赤毛はまったく好まれませんの。それで髪色の話題に無駄に敏感になっているだけですわ。」

 クリスタ姫がすぐに反応する。

「私の国ではイザベル様のような髪は珍しいので、ジャムみたいに美味しそうな色に見えます。」

 それフォローのつもりなの!?

 シャルロッテ姫はじっとあたしを見ている。何、言いたいことがあれば、いつでもどうぞ!

「夕日のよう、ですね。」

 それだけだった。でもその言葉には確かに、賞賛する響きがあった。

 今までこんなことを言われたことはない、クリスタ姫はもちろん、シャルロッテ姫のようなことも。これは喜ぶべきところなのかもしれない、けれど。慣れてなくて、ただ……居心地が悪いだけだわ。


 なぜかクリスタ姫が、こう続けてきた。

「私の国では、イザベル様のような体形が好まれます。私はそれとは逆なのでモテません。」

 別にあたしのように、弱点をわざわざ言う必要はないでしょうに。って、この姫は事実を事実として言ったという感じね。

「シャルロッテ様は可愛くていらっしゃるので、そのようなお悩みはなさそうですね?」

 クリスタ姫がそんなことまで言い始める。なくても、あっても言いづらいから、やめてあげなさいよと止める前に、今度はシャルロッテ姫が話し始めた。

「私の国では、可愛いというのは幼子に向ける言葉なので。クリスタ様や、イザベル様のように大人っぽい雰囲気のほうが圧倒的に好まれます。なので私も、モテません。」

 だから、モテない競争をここでしてどうするのよ!あたしはその仲間に入りたくないわよ!!いえ待って。モテないといいつつ、二人は王子の恋人ができるかもしれないわけだから、あたしもその仲間に入った方がいいのかしら、そこどうなの!?

 シャルロッテ姫が続ける。

「どのような女性が好まれるかは、国によって、あるいは人によっても、それぞれですね。」

 ……知っているわ。赤毛にそれほど忌避感がない国があることは、知っているわ。


 クリスタ姫が話題を変えた。

「イザベル様は、刺繍がお好きなのですか?」

「ええ、好きというか、得意になりましたわ。」

 イヤなことがあったとき、一心不乱に針を動かすのを繰り返していると、少し気分が落ち着くのよ。

 クリスタ姫が感心する表情であたしを見る。

「私は苦手なので、すごいと思います。」

 シャルロッテ姫も感心した表情をあたしに向ける。。

「私は小さい作品ならまだできますけれど。大きな作品や、複雑なものはなかなか。」

 少々苦手ってこと?二人ともいいことを聞いたわ。ダメよ、こんなにも簡単に弱点を口にしては。




 3日目、トークタイムのお相手はユリウス王子。

 向かい合ってソファに座れば、王子のお気楽な雰囲気がよく分かる。あたしまでそんな気分になりそうなほどよ。


 そして、予想外にもユリウス王子から話題がふられた、箱庭とか、卵のことを。

 卵なら、この第三館のホールに鎮座しているわね、鳥籠に入れられて。

 で、儀式の有意性についてでも話したいのかと思えば、そうでもないらしく。

 箱庭って何だろうね~、卵って何だろうね~、とゆるく問いかけられる。

 そこは、たぶん、あまり疑問を持たない方がいい部分だと、あたしは思うわ。

 この世界はそういう仕組みになっている、それだけの事だから。


 けれど、ユリウス王子は問いかけてくる。

「オレはさ、不思議だと思うんだけど、姫はどう思う?」

「不思議も何も、箱庭はここにありますし、卵もこの館のホールにありますわ。」

「でもさ、よくわかんないなって思わない?」

「わからなくとも、箱庭の儀はする必要がある、ということなのでしょう。」

「うん、なぜする必要があるんだろうね?」

 ……これ、どこまでいっても終わらないわ。


 にもかかわらず、あたしは結局40分間これに付き合ってしまった。あたし、何やってるのかしら。

 ユリウス王子のお気楽な雰囲気に巻き込まれてしまったというか。本当に、あたし何やってるのかしら。




 4日目のお相手は、リーンハルト王子。 

 ソファに向かい合って座れば余計に分かるけど、物語にでも出てきそうな王子様ね。現実にこんなのが存在するとは驚きよ。

 ごく自然にリーンハルト王子が話しかけてくるので、それに答えていく流れになる。

 マナー、社交、知識、教養。そういったものを試されている感じがするわ。

 そして王子はあたしのことを褒める。褒めながらも、あたしが必要とされている感じがしない。

 なぜかしら。あたしの能力を認めながらも、この王子はそれを必要としない、とでもいうのかしら。

 なら、この人が必要とするのは、恋でも愛でも結婚でもそれに対して必要とするのは、何なのかしらね?


 4日目にして、ようやく分かったことがある。

 結婚相手として優良なスキルを持ってますよ、磨いてますよといっても、相手がそれを必要としないなら、相手にとってあたしは意味ないでしょうよ、ってこと。


 しかし、あたしは、声を大にして言いたいわ。

 箱庭の儀の最大の目的は、愛を育み卵を孵す、これでしょ!

 それなのに、どうしてここには、やる気のある王子がいないのよ!?

 すでに一人、大変やる気のある王子がいるから、それでいいってこと!?

 卵を孵せば国での評価が上がるんだから、そこは狙いたくならない!?

 

 それとも、あたしが相手じゃ、そんな気にならないとでも!?

 これが一番、ムカつくわ。

 

 それとも。

 例えば、こんなお膳立てされた婚活の場は気に入らないとでもいうの?

 一目惚れしました、一目惚れされました、ふとしたことで出会って徐々に仲良くなるとか、偶然出会って意気投合したとか、そんなものを期待しているわけでもないでしょうに。

 もし期待していたら、王子はとてもロマンティックな嗜好をお持ちだということになるわ、姫よりよほどね。


 やる気のない王子相手の対処法がわからない。やはり、この手のマニュアル本を入手しておくのだったと悔やまれる。

 結婚に際し、あるいは愛を育むに際し、こちらはこれだけの好条件を持っています。あなたはこの条件をご希望ですね。じゃ、すり合わせしましょう。というのなら、まだやりやすいのに。


 けれど、そういうやり方をすれば、あたしの持つ好条件が発揮できなくなった場合、取り替えましょうということにもなるわね。あたしの価値はその好条件なわけだから。

 でも、取り替えられるのは困るのよ。


 あたしの価値はその好条件にしかない。でも結局は、それだけで判断されるのも嫌なのよ。

 好条件を持っているあたし自身に、価値があると思って欲しいのよ。

 そして最初に戻るわけ。


 結婚相手として優良なスキルを持っている、磨いているといっても、相手がそれを必要としないなら、相手にとってあたしは意味がない。たとえ優良なスキルに価値があると分かっていてすら、王子がそれを必要としないなら、意味がない。

 それならば、あたしは自分の何に価値があるとプレゼンすれはいいの?演出すればいいの?


 あたしの優良スキルに価値があると認め、そんなあたしに価値があると認め、それが欲しい王子がいれば良かった。でも、この場にそんな王子はいなかった。

 通常なら、この場に見切りをつけ、ほかの場所に探しに行けばいいと判断するところよ。でも今は、その選択肢が選べない。箱庭の儀が終わるまで、ここから出ることはできないから。

 それに、あたしはまだ、卵を孵すためのイケメンハイスペック王子が、あきらめられない。


 あたしの好みも、まだ分からない。

 ただ。馬鹿馬鹿しくも。

 イケメンで、ハイスペックで、ついでに溺愛してくれるなら言うことないわ。そんな気持ちになってきた。

 そういう気持ちになったからって、どうだというのよ。あたしに、そういう人が現れるのは想像がつかない。想像できない。



 4日目の午後は、またお茶会に誘われることになった。今度は姫4人そろってのお茶会ね。 

 この前とは違うガーデンの一角で、姫どうしのおしゃべりをする。

 話題はころころ変わっていく。庭の花、部屋のインテリア、お茶菓子、密かに持ち込んだお気に入りのもの。何か楽しい気分だわ。

 王子の話にはならない。あたしとしては、ほかの姫から見た王子たちの評価が知りたかったんだけど。またの機会にするしかないわね。 

 でも、自国よりよほど気軽に会話できるってどういうことなの。こんな風に、誰かとおしゃべりしたことは今までないわ。なかったわ。




 5日目のお相手は、ランベルト王子になった。

 実のところ、あたしの結婚相手としての優良スキルを欲しいと思いそうな王子って、リーンハルト王子か、このランベルト王子くらいなのよね。シャルロッテ姫から王子を奪う、なんて器用なことができるなら、そうしたかったわ。

 でも実際、向かい合って座ってみれば、あたしが欲しい部分はイケメンハイスペックそうなところだけで、奪いたいほどの熱量は持てないのよね。

 気づきたくなかったわ。あたしはあたしに価値があると認めてほしいけれど、あたしにとっての王子の価値は、イケメンハイスペックくらいなのよ。それで何が悪いと、開き直れるならよかったのに。


 始めに、ランベルト王子から確認があった。自分は心に決めた姫がいるが、それでもトークタイムを行うかと。

 了承する。それはわかっていたことよ。でも、そういう王子とほかの姫にトークタイムを行わせる零国の意図がわからないわ。

 そう考えれば、ランベルト王子も大変ね。箱庭の儀が終了するまで、あたしたちはここから出られない。トークタイムだけでなく、意中の姫がほかの王子と接する機会はいくらでもある。そんな中で自分の存在を印象付けようと思ったら、そう手段は選んでいられないかもね。


 次にランベルト王子は、どんなことを話したいかと聞いてきた。なるほど、こういうやり方もあるとわかったわ。

 ちょっと思いついて、何でもいいので話したいことをどうぞ、と言ってみた。

 少し驚いた顔をしたランベルト王子は、五国の観光名所を話してくれた。たぶん、姫が好みそうなところを選んでくれたのでしょうね。あたしはその中でも、美術館について詳しく聞いてみることにした。うちの国は芸術方面が弱いのよ。

 そうね、恋だの愛だの結婚だの、そういうのが絡まなければ、他国の王子と話すのは当然、有意義だわ。 

 

 一通り聞いたら、次はあたしの番。ランベルト様にはあまり興味のないことかと思いますがと前置きした上で、刺繍の話をする。

 うちの国では、令嬢が刺繍したものを殿方に渡す、というのが慣習としてあるのよ、そのあたりをね。どんな刺繍かというと、例えば紋章、あるいは魔よけの図柄、吉祥とされる動物、どれもそれなりに複雑な図柄よ。

 更に続ける。六国では、令嬢が刺繍したものを殿方に渡すことは、恋心があることを表すこと。殿方が令嬢に刺繍をしてほしいと願えば、令嬢に恋心があることを表すこと。

 ランベルト王子の様子をうかがえば、ちゃんと聞いている様子。ええ、うちの国の話としてしたけれど、五国でも壱国でも似たようなことしてるって知ってるわよ?


 とってもうらやましいから、意地悪してしまったわ。

 もっとも、これが上手くいったとしても、二人の仲を深めるためのスパイスとしてしか働かないでしょうけれど。

 それに、一途に思われるというのも、それを受け入れるだけの器の大きさがあるかどうか、あるいは同じものを返せるかどうか、そう考えると大変かもしれないわね。



 

 1週目が終わった。

 2日間の休みで、アドバンテージを取りたいところだけれど。

 あたしは、自分がどう行動すべきなのか、すでにわからない、わからなくなってしまった。イケメンハイスペック王子が欲しいという気持ちは、まだ残っているのにね。

 

 そして2週目。

 意味があるのかないのか分からない希望票を提出しつつ、5日間で5人の王子とトークタイムを行った。

 1週目の続きのような話をした王子もいれば、まったく違う会話になった王子もいた。

 ちなみにディルク王子に刺繍の話をしようとしたけれど、きっぱりと断られてしまった。残念だわ、せっかく意地悪してさしあげようと思ったのに。

 

 そんな中で、気づいたことがある。

 あたしの結婚相手としてのメリットを売り込める対象が見つからない以上、さすがにそれを続けるのは難しいというか、モチベーションが持たなくて。

 結果、売り込みたいという気持ちを控えて、あたしのメリットを評価して欲しいという期待を少なくして、王子たちに接するしかなかった。会話すること自体は有意義なのだから、それを主な目的として王子達と接してみた。

 相手にとって、あたしがどのくらい価値があるかどうか図るための会話でなく、相手のハイスペックさを確認するための会話でもなく。


 そうしたら、気づいてしまったのよ。

 

 まったく嬉しくないわ。

 さあイケメン王子をゲット、というやる気も出てこないわ。

 それを好みとは言いたくない、それなのに。


 なぜ、あたしは、ユリウス王子のお気楽さがこうも気になるのよ。






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