第37話 お手軽獣人変装セット

「そうだ、話を遮っちゃってごめんなさい。さっきは何を言おうとしたんですか?」

「ああ、軍の鎧を着てるアチキ達はいいッスけど人間は獣人街じゃ浮くッス」


 獣人の中には人間から不当な扱いを受けた者も多く、人間に良い感情を持っていない者も多い。暴力は振るわれずとも、軽んじられることはあるだろう。


「そこで、これを作ったッス!」


 トリスは自慢げにあるものを取り出した。それは猫の耳がついた黒いウィッグだった。


「これは猫の耳を模したウィッグでしょうか……」

「はいッス。被るだけ、お手軽獣人変装セットッス!」

「手軽過ぎるだろ」


 獣人には人間との交配が進んだことで血が薄まっている者も大勢いる。

 見た目はほとんど人間と変わらず、部分的に特徴が出ている者に成りすますには猫耳ウィッグは悪くない手ではあった。


「耳はどうすんだよ」

「うまく隠してくださいッス」


 ご丁寧に髪をまとめるネットまでトリスは取り出してくる。


「ルミナは髪もカラフルッスからね。二重のカモフランベッス」

「カモフラージュな。急に鴨を調理するな」


 ルミナはトリスの言葉に怪訝な表情を浮かべる。


「わたくしってそんなにカラフルな髪色してないと思うのですけど」


 ルミナの髪色は鮮やかな琥珀色をしているが、単色のためカラフルという表現は適切ではない。

 お互いの認識のズレに二人が首を傾げていると、ソルドが口を開いた。


「人間と獣人じゃ色の見え方が違うことはよくあることだぞ」

「どういうことですか?」

「鳥がそうであるように、鳥の獣人も視力が人間よりもいい。それは遠くまで物が見えるだけじゃなくて、見える色にも言えることなんだ」


 人間は赤、緑、青の三種類の色覚細胞を持つが、鳥類は赤、緑、青に加えて四種類以上の色覚細胞を持つことが多い。

 鳥類の色覚には、赤、緑、青のほかに紫外線領域を認識する細胞が含まれる。

 それによって、見える色が人間とは異なるのだ。


「簡単に言うと、トリスには俺達が見えている色に加えて紫外線も見えてるってことだ」

「シガイセン?」


 この世界では紫外線という概念がないため、ソルドはどう説明するか考え込む。


「……人間の目には見えない太陽の光に含まれるものだよ。長時間日の光に当たってると肌が日焼けするだろ。あれの原因の一つだ」

「だから人間の人って普段肌が出てるとこだけ色が変わったりするんスね」


 納得した様子でうんうんと何度も相槌を打つトリスだったが、おそらく数分後には忘れていることだろう。

 せっかく説明したのに忘れられるのも癪だったため、ソルドはより詳細に説明を始める。


「遺跡の地下でもトリスは鼠の場所がわかってただろ。あれも鳥の獣人だからこそできる芸当だ」

「どういうことッスか?」

「鼠道。あれは鼠の尿の跡だ。鼠の尿には発光物質が含まれていて紫外線を吸収しやすい。それがトリスには見えてたってわけ」

「コケぇ……さすが先輩ッス。物知りッスねぇ」


 得意気に前世で学んだ知識を披露するソルドに対し、トリスは感嘆の息を漏らしていた。

 悲しきかな、ソルドがここまで説明したことも数分後には忘れているトリスであった。


「そうだ。変装だけじゃなくて、偽名も使った方がいいぞ」

「皇女ってだけで狙われるリスクも減らしておきたいッスからねぇ」

「なるほど……」


 騎士のソルドや獣人兵団所属のトリスがいるため、ルミナの身の安全は確保されている。


 しかし、万が一ということもある。用心しておくに越したことはない。

 ソルドの提案に、ルミナは真剣に考え込み始めた。むしろ真っ先に考えろという話ではあるが。


「では、街についたらわたくしのことはルミニャと呼んでください」

「カスみたいなネーミングセンスやめろ」

「うーん、ではニャルミでどうでしょう!」

「カスぅ……」


 名前の類似性効果。

 人は偽名を選ぶとき、無意識に自分の名前に似た偽名を選ぶことがあるとはいえ、ルミナのはあまりにも安直すぎる。


「まあ、名前自体は可愛いからいいじゃないスか」

「違う、そうじゃない」


 トリスのズレたフォローにソルドは頭を抱える。

 ルミナの騎士になってからというもの、振り回されることがやたらと増えた。


「楽しみです、獣人街!」

「不安しかない……」


 そろそろレグルス大公が恋しくなってきたソルドであった。

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