第25話 日蝕の魔王について

 書置きだけを残してソルド達が遺跡調査に向かったことで、レグルス大公は放心状態となっていた。


「レグルス大公、そろそろ正気に戻ってくださいませ」

「っは!」


 クレアに声を掛けられ、ようやく我に返ったレグルスは慌ててルミナの執務机に乗っている書類に目を通した。


「エリーン遺跡の調査か……獣の唸り声が聞こえるからと調査団員から騎士派遣の要請が出ていたな」

「派遣要員に人間の騎士を指定しているのは、派遣された護衛があのトリスと少年獣人兵だけだからでしょうね」

「普通ならば追加の護衛要因を要請したところで手すきの獣人兵が送られる。また少年兵が送られては頼りないと思ったのだろう」


 獣人は強靭な肉体を持つため若くして戦士足りうる資質を持ってはいるが、それを理解していなければただの子供にしか見えない。

 女子供はか弱いというイメージを強く持っている人間達からすれば頼りないことこの上ないだろう。


「トリス、か。あやつも腕は立つのだがな」

「正直、護衛ならばトリスとライカンだけで十分なのですけどね」


 独り言のように呟いたクレアの言葉に、レグルス大公は興味深そうに尋ねる。


「そのライカンという少年はそんなに腕が立つのか?」

「ええ、狼の獣人で獣人としての血も濃いので成長すればソルド様並みに強くなれるかと」

「将来有望な獣人と同格かそれ以上、か……やっぱあいつバケモンだわ」


 ソルドの強さをよく知るレグルスは深いため息をついた。


「そのバケモノを育てたのはあなた様ですよ」

「ワシは拾っただけだ。育ててはいない」


 その発言に、クレアは肩を竦めて苦笑する。幼少期こそレグルス大公の収める土地で過ごさせていたものの、定期的に彼の様子を見に行っていたのはクレアもよく知っていた。


「そういえば、彼の名付け親はレグルス大公と聞きましたが本当ですか?」

「名付けたわけではないのだが……まあ、そのようなものだな」


 どこか複雑そうな表情を浮かべると、レグルス大公は続ける。


「当時、赤子だったあやつのおくるみに古代文字で書かれていた名前をそのまま読んだだけだ」

「古代文字ですか。ソルド様も不思議な星の元に生まれたものですね」

「ソルドとルミナ皇女殿下が向かったエリーン遺跡も古代文字が刻まれていたらしい。まるで何かに導かれているようだ」


 感傷的な気分になったレグルス大公は窓の外へと視線を向ける。そこには雲一つなく澄んだ青空が広がっていた。


「失礼するよ。レグルス大公」


 ちょうどそのとき、部屋の扉が開かれた。入ってきたのは宰相であるヴァルゴ大公だった。

 彼は部屋に入るなり、挨拶もそこそこに用件を切り出す。


「ちと、ルミナ皇女殿下が危険な調査に向かわれたと小耳に挟んだものでな」


 空が青いなぁ、と半ば現実逃避していたレグルス大公だったが、さすがにヴァルゴ大公を無視することはできないため渋々言葉を返した。


「ソルドが付いております。何も心配することはございません」

「万が一ということもある。少々認識が甘いのではないかね。まったく、獣人という種族は楽観主義者が多いのかねぇ」


 ヴァルゴ大公は度々レグルス大公の元を訪れては、ネチネチと小言を並べ立てる。彼の獣人嫌いは筋金入りであり、帝国城内にいるレグルス大公はいつも嫌がらせを受けていた。


「万が一を起こさないのがソルドという騎士です」

「あやつは兵器か何かか」

「下手な兵器よりも強力ですぞ」


 呆れ果てた様子のヴァルゴ大公に対し、レグルス大公もどこか複雑そうな表情を浮かべた。人間離れした人間の騎士。それは城内の共通認識だった。


「まあ、その話は良い。ルミナ皇女殿下が真面目に公務に取り組むことは将来を考えれば悪いことではないさね」


 ここでようやく話が進んだことにレグルス大公は内心ほっとする。


「本題はここからだ」


 しかし、安堵したのも束の間、次の一言で再び現実に引き戻される。

 今度は一体どんな厄介ごとを持ち込んでくるのかと不安になりながら、レグルス大公はヴァルゴ大公の言葉を待つ。


「レグルス大公、日蝕の魔王という言葉に心当たりはないかね」

「日蝕の魔王、ですか」


 咄嗟に反応しなかった自分を褒めてやりたい。

 レグルス大公は内心激しく動揺しながらも表情を取り繕う。

 これが人間相手ならばヴァルゴ大公も隠し事を見破れたのだろうが、生憎獣人は表情を読まれ辛いことが幸いした。


「ふむ、獣人のお前さんも知らんとなると、いよいよ手詰まりかね」

「一体、どこからその名が出てきたのですか?」

「最近書庫から発見された文献の中にその名が刻まれておったのだ」

「それはまた……」


 歴史書を紐解いても、日蝕の魔王の名が出てくることはない。

 何故ならそれはソルドから聞き齧ったこの世界を舞台としたゲームでのラスボスの名前だからである。

 その上、レグルス大公やクレアは数年前からソルドの話を元に調査をしてきたが、調査を進める中で、日蝕の魔王という単語は一度も出てこなかったのだ。


 古い文献の中にその名があるということは、魔王の誕生は未来の出来事という前提が覆ることになる。

 帝国の未来を左右するほどの重要な情報だと知り、レグルス大公は思わず身構えてしまう。


「日蝕の魔王が復活するとき、魔族が世界をあるべき姿に戻す。文献にはそう記載されておった」

「そんな話聞いたこともありませんぞ」

「こっちも初耳だわい」


 世間的には神話と言われる出来事も事実を元に脚色した話が多い。

 しかし、ソルドの話を聞いているとそれは現実的に起こりうるという確信がある。

 レグルス大公は降って湧いた手掛かりに思考を巡らせる。


 もしも、本当にかつて存在したであろう日蝕の魔王が復活するというのならば、帝国にとって最悪の事態となる。

 魔族などという得体の知れないバケモノが跋扈することになれば、人間と獣人で争っている現状は非常にまずい状況となる。


「では、このくらいでお暇させていただくとするかね」

「お忙しい中ご足労いただきありがとうございました」

「くれぐれも皇女殿下をよろしく頼むぞい」


 最後にそう念押しすると、ヴァルゴ大公は執務室から去っていく。

 ようやく帰ったかと、レグルス大公は大きなため息をつく。

 そして、扉の向こうへと中指を突き立てているクレアへと声をかける。


「クレア」

「再度、日蝕の魔王についての資料を集めます」

「頼んだ」


 何も言わずとも意図を汲み取ってくれる侍女に、レグルス大公は深く感謝するのであった。

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