第23話 後輩トリス・タンドリー

 翌日、帝都から少し離れた森林地帯に一台の馬車が停まっていた。

 御者台に座っているのはソルドだ。彼は腕を組みながら前方で準備をしている主を見つめている。

 彼の主であるルミナは現在、城内で来ている煌びやかドレスではなく動きやすいパンツスタイルに身を包んでいた。髪もポニーテールにまとめ、冒険する気満々である。

 ルミナは大きなリュックサックを背負いながら鼻歌交じりに準備を進めており、今にも飛び出しそうな勢いだ。

 やがて、全ての用意を終えたルミナは満面の笑顔でソルドの傍へと駆け寄った。


「ソルド、準備できました!」


 そんな彼女の頭にソルドは無言で拳骨を落とす。

 ゴンッという鈍い音が響き渡り、ルミナは頭を押さえて涙目になった。


「打ち首ィ……」


 非難の声を上げる彼女に、ソルドはこめかみをピクつかせながらも怒りを抑えつつ問いかける。


「ルミナ、俺達は調査に来たんだ。ピクニックに行くんじゃないんだぞ」


 ルミナのリュックの中には無駄なものが大量に入っていた。

 大量の本をはじめ、チェス盤や何に使うかわからないガラクタの数々。どう考えても遺跡探索には不要な物ばかりである。


「貸してください。俺が選別しますから」


 このままだと本当にルミナは遊び半分で遺跡内を彷徨いかねないと判断したためソルドは必要なものと不要なものを仕分けることにした。むしろ最初からやれという話である。

 荷物の整理が終わったところで、ルミナは不満げに唇を尖らせる。


「本は調査のために必要ですから出さないでください」

「こんな重いもん背負って探索できるか。必要なら俺が暗記してくから我慢しろ」


 そういうや否やソルドはペラペラとルミナの持ってきた大量の本を捲って記憶を始める。


「えっ、それで覚えられるんですか?」

「記憶力には自信があるんだ」


 そう言ってソルドは本の中身を全て暗記したのかパタンと閉じると、それをルミナに返す。ルミナは目を丸くしながらそれを受け取った。


「ソルドは生まれが違えば宰相になれたでしょうね」

「ぜぇったい嫌だわ」


 げんなりとした表情を浮かべてソルドは即答する。


「俺は世界を旅して回るのが夢なんだ。近衛騎士団にいたのも成り行きで、本来は国に尽くすつもりなんてさらさらない」

「自分本位ぃ……」


 自由奔放な答えにルミナはジト目を向ける。


「それより、さっさと出発するぞ。調査団の人達が待ってる」

「わかっています」


 ルミナは大きく深呼吸すると、瞳に強い意志を宿らせて前を向いた。

 それからしばらく木々をかき分けて歩くと、調査団のベースキャンプへと到着した。


「失礼、あなた達は帝国から派遣された調査団で間違いありませんか」

「はい、そうです。あなたはもしかして派遣されてきた方ですか?」

「ええ、申し遅れました。ゾディアス帝国第一皇女ルミナ・エクリプス・ゾディアスと申します。本日はよろしくお願いしますね」


 ルミナは一歩前に出ながら自己紹介をする。その言葉に、調査団員達からどよめきの声が上がった。


『皇女殿下ぁ!?』


 初めてルミナの姿を見た調査団員は一斉にひれ伏した。


「な、何故皇女殿下が調査に?」

「わたくしがアルデバラン侯爵の公務を引き継いだためですよ」


 違う、そうじゃない。

 何でわざわざ皇女という立場の人間が遺跡までやってきたのか。

 そんな内心を告げるわけにもいかず、調査団員はただただその場にひれ伏すしかなかった。


「わたくしの身辺警護に関しては問題ありません。この場にいるのは帝国最強の騎士ソルド・ガラツです。わたくしのことは彼が命に代えても守ってくれます」

「はっ、皇女殿下の御命はこの身に変えてでもお守りいたします」


 ソルドはルミナの後ろに控えたまま、騎士らしい態度で自己紹介をする。


「ゾディアス帝国第一皇女が騎士ソルド・ガラツだ。本日は何卒宜しく頼む」

「おお、あなたが噂の騎士様ですか!」


 ルミナと違い、ソルドの方は調査団員達から歓迎されていた。

 反応の違いからルミナは少しだけ頬を膨らませていたが、それを告げるのも調査団員達に悪いため黙っていることにした。


「皇女殿下も私も調査報告書には目を通している。報告書にあったこと以外で注意点があるなら伺いたい」


 ソルドの質問に対し、調査団員達は顔を見合わせると一人の男が口を開いた。


「一階しかない遺跡ですし、特に遺跡に関しては大丈夫なのですが心配なのはやはり時折聞こえる獣のような唸り声ですかねぇ」

「猛獣か。それは確かに気をつけた方がいいかもしれないな」


 調査隊の護衛として何名かは獣人兵は来ているものの、追加で人間の騎士を要請するところを見るに彼らのことを信用していないのだろう。


「あれ、ソルド先輩じゃないッスか!」


 その時、ソルドは背後から聞き慣れた声に名前を呼ばれた。

 振り返ればそこには見知った顔があった。

 背丈はソルドと同じくらいで、全身を白い羽毛に包まれ、赤みを帯びた鶏冠のような髪型が特徴的な女性の獣人兵だった。


「トリス、お前もいたのか」

「はいッス! 聞きましたよー、皇女付きの騎士になったなんて大出世じゃないッスか!」


 彼女は明るい笑みを浮かべながらソルドの背中をバシバシ叩く。


「あの、ソルド。そちらの方は?」

「おー、お嬢さん綺麗な方ッスね! アチキはトリス・タンドリーって言うッス! よろチキッス!」

「よ、よろチキッス?」


 唐突に素っ頓狂な挨拶をされてルミナは困惑しながらもなんとか返事を返す。


「気になさらないでください。こいつはその場のノリでしゃべってるような奴なんで」


 ソルドは呆れたように嘆息すると、改めてトリスに向き直る。


「どうして遺跡調査団員の警護なんてやってんだ?」

「こっちが聞きたいッスよー。自分じゃ役不足ッス!」


 トリスはどこから見ても鶏の獣人という如何にも戦えなさそうな頼りない見た目をしている。調査隊が不安がるのも無理はない話である。


「それ誤用だと思いますけど……」


 ルミナは思わずツッコミを入れるが、二人は聞いちゃいなかった。


「あれ、皇女様はどこッスか?」

「お前、皇女殿下の特徴覚えてないのか」

「鳥頭のアチキでも忘れるわけないッスよ! 確か……えーっと」

「カンニングすんな」


 ペラペラと懐に入れている備忘録を取り出して捲り始めたトリスにソルドは突っ込みを入れた。やがて、該当のページに辿り着いたのか、さも思い出したかのようにポンと手を叩いた。


「琥珀色の髪と赤いドレスが特徴的な人ッス!」

「カンペがゴミすぎる」

「そ、それだけなんですね……」


 あまりにもペラペラな情報にルミナはガックリと肩を落とした。


「この方はルミナ皇女殿下だ」

「コケぇ、ルミナ皇女殿下ねぇ……え」


 ソルドが告げると、トリスの顔が一瞬にして青ざめた。


「……大変申し訳ございませんでした。どうか打ち首だけはご勘弁を」


 一瞬にして土下座をかまして地面に頭を擦り付けるトリス。あまりの豹変ぶりにルミナは唖然とするしかなかった。


「大丈夫ですよ!? その程度のことで打ち首にしたりしませんからね!?」

「すげぇ、トリスがちゃんと敬語使ってるとこ初めて見た」

「アチキだって先輩と同じで公私使い分けてるんスよ」

「何というか、ソルドの後輩って感じですね……」


 それからしばらくして、ようやく落ち着いたトリスは遺跡の警備について愚痴を漏らしていた。


「まったく、やってられないッス。成人してる獣人兵はアチキだけ。あとはみんな最近入ってきた少年獣人兵。業務引き継ぎするこっちの身にもなれって話ッスよ」

「ああ、さっき見かけた獣人兵全員子供なのか」

「少年からでも騎士団に所属できるんですか?」


 ルミナは最もな疑問を口にする。それに答えたのは口調を畏まったものに切り替えたトリスだった。


「ええ、正確には一般兵団ですが、人間は十六歳から、獣人は十歳から所属することが可能です。あっ、これは差別とかじゃなくて肉体の強さとか雇用のしやすさの問題です」

「要するに差別じゃなくて区別というわけです」

「なるほど……」


 獣人が冷遇されているように感じたら何でも差別だと感じてしまっていたが、よく考えれば当たり前の話だった。

 ルミナは自分が視野狭窄になっていたことを自覚して恥じた。


「じゃあ、俺達はそろそろ遺跡を見に行く。くれぐれも調査団員の護衛で気を抜かないようにな」

「もちろんッス!」


 こうしてルミナとソルドはトリスと別れ、エリーン遺跡の調査を開始することになった。


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