10年後に届く手紙

竹春雪華

20才のわたしへ。10才のわたしより。

 誕生日ケーキに、チョコレートプレートが飾られてあった。

『誕生日おめでとう! はるなちゃん』

 チョコペンで書かれたその文字に、わたしはときめいていた。

 いつも誕生日にはチョコレートケーキが出てくる。わたしはいつも、それがとっても楽しみだった。家の電気を消して、ケーキにろうそくをさしていくのは、特別な魔法のようだ。

 お母さんがろうそくに火をともしてくれる。火はぽやっと明るくて、温かいパワーを感じる。ろうそくは全部で10本。書く時には数字を2つも書かなきゃいけない。それぐらい、わたしは大きくなったのだ。

 全部のろうそくに火がついて、みんながハッピーバースデーの歌を歌う。

 わたしもそれに合わせて体を横に揺らす。お父さんもお母さんも、おばあちゃんもニコニコしている。一緒に笑えるのが嬉しくて、更にニッコリしてしまう。

「ハッピーバースデートゥーユー!」

 歌い終わったから、わたしは思いっきり息を吸いこんで「ふぅー!」と吹いた。ろうそくの火は全部消えて、3人の拍手がわたしを囲んでくれた。


 チョコレートケーキをほおばっていると、おばあちゃんがわたしの頭をなでてくれた。

「はるなちゃんも、もう10才になるんだねぇ」

「うん! わたし10才!」

 わたしは両手をぱぁっと広げて、おばあちゃんに見せる。おばあちゃんはシワシワな顔をもっとシワシワにさせる。

「大きくなって、おばあちゃんは嬉しいよ~! いつもだったら2分の1成人式をするんだけどねぇ」

「2分の1、せいじんしき?」

 わたしは首をかしげた。

「成人……20才になったら『成人』って言ってね、立派な大人として認められるんだよ。その半分が10才だから、はるなちゃんぐらいになったら2分の1成人式を挙げるんだよ。最近はめっきり減ってしまったけどねぇ。学校でもやったらいいのに」

 難しいことは分からなかったが、『立派な大人』という響きにわたしは憧れた。

「これから2倍誕生日になったら、わたしも大人になれるの?」

「そうよ。20才になったら、はるなちゃんもカッコいい大人になってるからね」

 カッコいい大人になれると思ったら、ワクワクが止まらなかった。わたしは、どんな大人になっているんだろう? どんなことが出来るようになっているんだろう?

「おばあちゃん! わたしってどんな風な『せいじん』になってるの?」

「うーん、どうなっているかしらねぇ。それはおばあちゃんにも分からないわ。20才のはるなちゃんに聞いてみたら分かるかもね」

 わたしはなんだかウズウズしていた。10才で大人になった気分だったのに、20才になったらもっと立派になっていると考えたら、ワクワクが止まらないのだ。

 目の前にチョコレートケーキがあるのに、わたしは20才の自分を考えるのに夢中だった。


 自分の部屋で友達からもらった誕生日プレゼントを開けていると、その中の1つにレターセットが入っていた。わたしが大好きな少女マンガのキャラクターか描かれている。友達のまちこちゃんが、わたしの好きなキャラクターを覚えていてくれてテンションがあがった。学校に行ったらお礼を言わないと。

 レターセットを見ていると、良いことを思いついた。

「そうだ! 20才の自分に手紙を書こう!」

 20才のわたしに聞きたいことが沢山ある。今は無理かもしれないけれど、手紙を書いて部屋に置いとけば届くはずだ!

 わたしはさっそく、レターセットから1枚とって『20才のわたしへ』と書き始めた。これは特別な手紙になること間違いなしだ。

『10才のわたしです』とあいさつしてから、色んな質問をどんどん書いていく。

『今は何をしていましたか?』

『今はまちこちゃんと何して遊んでいますか?』

 わたしはそばにいた、ぬいぐるみの『くーちゃん』と目があった。可愛いクマの子で、幼稚園の時からずっと一緒だ。

 わたしはくーちゃんをひざの上にのせて、くーちゃんのことも聞いた。

『くーちゃんは元気ですか?』

 わたしはくーちゃんをギュッとして、次の質問を考えた。

 そうだ、大人だからもう夢が叶っているかもしれない!

将来しょうらいの夢はかないましたか?』

 わたしの夢はアイドルだ。キラキラしたステージで踊っているところを想像して夢心地になる。

 それから今のわたしの話を書いて、手紙を封筒に入れようとした。その時、絶対に聞きたい事を思いついた。

 最後に、とっておきの質問だ。

 わたしは手紙を端っこにその質問を書いて、封筒に入れた。

 未来のわたしが、この手紙のことを忘れてしまった時のために、封筒に『20才になるまで見ちゃダメー!』と書いておいた。



 私は数か月ぶりに自室の掃除をしていた。自他共に認める面倒くさがりなので、気付けば部屋中が散らかっている。2週間後には社会人だというのに、この体たらくなのだから笑えない。専門学校生活にはもう戻れないことに、ちょっとヒヤッとする。

 物をなんとなく綺麗に並べたり、ゴミをゴミ箱めがけて投げたりして、渋々片付ける。

 そうしていると、母親が自室に近づいてくる足音が聞こえる。

春奈はるなー? もう片付け終わった?」

「まだ~!」

「明日までには終わらせるのよ」

「はーいっ!」

 自分で築いたゴミの山にイラつきながら、投げやりに返事をする。

 ちくしょう。このままではスッキリした気持ちで20歳の誕生日を迎えられない。誕生日の前日に、私は何をやっているんだろうか。

私は次に棚の整理を始めた。

 色んなノートやプリントが入っている引き出しの中身を、一気に全部外へ出す。もう使わない学校のプリントがどっさりだ。ほとんど捨てて良いものだろう。

 私は大きなポリ袋に、その紙類をそのまま入れる。乱雑に入れ過ぎたせいか、ポリ袋の中でドサッと崩れてしまった。

「うわ、めんどくさ……」

 私は紙類を整えようとすると、1番下に見慣れない封筒があることに気が付いた。妙にカラフルだが、しなしなで少し黄ばんでいる。気になったので拾い上げると、拙い字でこう書かれていた。

『20才のわたしへ』

 記憶がよみがえった。これは、私が10歳の時に書いた手紙だ。

 捨てた記憶は無かったが、まだ残っていたことに驚きだ。それに、こんなタイムリーな時に見つけるなんて。

 おそらく当時好きだったマンガのレターセットだ。もう最近は全く見なくなって、懐かしさが襲ってくるようだった。

 封筒の裏を見ると「20才になるまで見ちゃダメー!」と書いてあり、思わずフフッと笑ってしまった。

 そうだよな。誕生日は明日だから、それまで見ちゃダメだよな。

 私はその大切な封筒を、引き出しに戻した。

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