第8話 新たな依頼
呪詛の解呪には半日の時間を要した。
メイドたちの解呪が完全に終わる頃には太陽は頂点に昇っており力んでいた肩を回して解す。
「カトレア様、お疲れ様です」
香炉を閉じ、部屋の窓を開けて空気の循環をしていたところにアイビーが入ってくる。
「ええ、メイドたちは神官様の治癒を受けていますか?」
「はい。幸い、護衛の一人に信仰魔法の使い手がいましたので追加報酬を出して施してもらいました。これが報酬です」
アイビーから差し出された小袋を受け取り、中身を取り出す。
金貨と銀貨、そして銅貨。袋の中から取り出したそれらを数えていく。
(ひーふーみー、6000ガメルちょうどか)
私は硬貨を袋に戻し、鞄の中に仕舞う。
鞄を閉じるとアイビーに向き直り、会釈した。
「それでは呪いの解呪を執り行いましたので、私はこれで失礼します」
「少し待って下さい。相談したいことがございます」
アイビーは椅子へと座り、私にも促してくる。
午後からの予定が特に決まっている訳では無いため、私もアイビーの対面に座る。
「相談事とは一体何でしょうか」
「単刀直入に言います。エリクに呪詛魔法を伝授してもらえないでしょうか」
「……ほう?」
アイビーの言葉に私は目を細める。
呪詛魔法は進んで教わるような魔法体系ではない。その知識があるだけで警戒されることも決して珍しくない。
「今回の一件で呪詛魔法が脅威になりうることがわかりました。しかし、脅威を放置する訳にはいきません」
「……つまり、毒を持って毒を制すると?」
「はい。呪詛魔法は相手を呪うと同時に呪いから身を守る術も有していると小耳に挟んだことがあります。そうした術を教えてもらいたいのです。このとおり」
深々と頭を下げるアイビーに面食らい、顎に手を当て考え込む。
(呪詛魔法による呪詛魔法の防御か……教えることは出来るには出来るが……)
呪詛魔法は初見殺し性能が高い。
効果を通せば相手に有効打を与えることができるし、多かれ少なかれ影響を生む。
そのため、人族社会における呪詛魔法は『相手を呪う』のではなく『呪いから身を守る』方向で発展した――少なくとも、呪詛魔法に関連した書籍にはそう書かれていた。
そして、『禁忌』を取り扱う都合上自分の身を守るための手段はあった方が良いと呪詛魔法から身を守る呪詛魔法を体得している。
(貴族が善意だけで動くことはない。となると私を監視、或いは囲っておきたいのだろう)
貴族である以上、相手に真意を見せることはない。
彼女視点での合理的な理由を考えると『私を囲い、監視してその知識が無秩序に広がることを防ぐ』という意味合いがあるように考えることが出来た。
(それは私が困る。人との繋がりは必要最低限でありたい)
人の繋がりとは檻だ。
『禁忌』を研究する以上、道具の作成や買い物に人を頼る事はある。しかし、露呈すれば極刑が免れない研究である以上、人との繋がりは最低限にする必要がある。
私は頭を下げ、胸に手を置く。
「高く買ってくださりありがとうございます。しかし、私は解呪師であるのと同時に霊園の管理者でもございます。死者が眠る地を守ることもまた私の仕事、これ以上仕事を増やすわけにはいきません」
「そう、ですか……。それでしたら、呪いから身を守る道具の作成を依頼してもよろしいでしょうか」
「ええ、構いませんよ」
私は鞄の中から羊皮紙とペンを取り出す。
「初回ですのでまずは説明から入らせてもらいます。私が作る呪詛魔法防御の装飾品は既存の製品に魔法を送り込み、作成します。装備者が自然に発生させる微量の魔力から効果を生みますので、装備していないと効果はありません。また、魔法式定着の観点から1週間ほどのお時間を要します。ですので、アイビー様には装飾品と作成費5000ガメルの用意をしてもらいたいのです」
「装飾品……それでしたら、これを」
アイビーは銀の左手薬指に嵌めていた指輪を抜き取り、私に差し出す。
「アイビー様、それは……シグルド様との結婚指輪ではないでしょうか」
「いえ、結婚指輪のレプリカです。結婚指輪は大切に保管していますので、日常的にはこちらを使っております」
「そういうことでしたか。わかりました、ではお預かりしますね。それでは、どのような呪いをご所望ですか?」
私は手を組み、じっとアイビーを見据える。
「今回の一件もありますので、受けた呪いを自動で解呪する……というのはできるでしょうか」
「ええ、できますよ」
呪いを自動的に解呪する呪い。それ自体は比較的簡単に作れる。
「でしたら、そちらでお願いします」
「わかりました。こちらの代金の方は前払いでいただきます」
「わかりました。完成次第こちらにお届けしますね」
アイビーから銀の指輪と代金を受け取り鞄の中に仕舞うと邸宅を後にする。
(……最初からこっちが目的だったのだろうか。いや、サブプランだったか)
最初の依頼も本心ではあるが断られることを想定し、より断られにくい堅実なサブプランを用意する。
堅実であり双方に利益を出す。伏魔殿の貴族社会で生きている者らしい考え方だ。
(まぁ、仕事である以上は真面目にやるか)
首を回し、コキコキと鳴らすと私は帰路につくのだった。
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