第27話 望郷

蕎麦って美味しかったのね。


以前にいた世界で食べた蕎麦ってスチロールのカップに入っていてお湯を入れるやつぐらいかな?


あれはあれで美味しいかったけど、さすがにこの世界では、もうあれを食べることはないかな?


このつゆをつけて食べる蕎麦もいいけどあったかい出汁に入った蕎麦も食べたいな。


そんな事をぼんやり考えているとムールがじっと私を見ている事に気がついた。


多分ムールは私の召喚に巻き込まれてこの世界に来ただけ。


この世界での目的とか使命とかはなにもないのにもう元の世界には帰る事が出来ない。


家族や友達、もしかしたら好きな子もいたかもしれないのに一方的に連れてこられた。


沢山の力やお金や道具を持っていたからといってそれでつりあうってことなんか無い。


すごく小さいし、中味は私と同じぐらいの男の子だって言っているけどどう見ても小さい子が強がっているようにしか見えない。


ムールがぽとりと一粒の涙をテーブルの上に落とした。


やっぱり。


つい可哀想になって抱きしめてしまう。


サーフラがびっくりしている。


そーだよ、そーだよ。


あの世界と同じお蕎麦を食べて思い出したんだね。


こんなに小さいんだからきっと帰れなくなったあの世界を思い出して恋しいんだよ。


やっぱり小さい子って柔らかくてあったかい。


癒されるわー。


「ムール、泣いているの?あの前世を思い出したの?」


そう言うとムールは急に慌て始めてジタバタと暴れ始めた。


「てれたの?」


って言うと観念したのか大人しくなった。


蕎麦屋さんの庭にはまるで桜の様な薄い桃色の白い花びらをいっぱいつけた木がある。


周囲を覆うように高い木々に取り囲まれて薄暗い中に木々の葉の隙間から糸のように細い光が無数に射し込んでいる。


ちらほらと散っていく花びらがキラキラと煌めいて綺麗だ。


なんだか遠い昔、遠い世界で見たような既視感がある。


「ざる蕎麦はもういいから出汁に浸かったあったかい蕎麦が欲しいかな?」


そう言うとサーフラが安心したようににっこりと笑う。


腕の中でムールが脱力するのがわかる。


庭で人化を解いた白い大きな犬のようなフェンリルが眠たそうにあくびをした。

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