第29話

 白銀の鱗を持つドラゴンがトート村に助けを求めてやって来た。どうやらそのドラゴンもいろいろと事情があるようだった。


「お主、リグによく似ておるのう。もしや輝鋼竜の血縁か?」

「父上を知っているのでありますか?」


 どうやらそのドラゴンはアルウェンドラの知っているドラゴンの関係者のようだった。


「自分の名前はリダであります。輝鋼竜バスティオン・リグと絶炎竜ジャイラジャイラの子供であります」

「『不倒の六竜』の子供か。にしちゃあ、あんまり威厳がねえな」

「う……。それは言わないでほしいであります」


 どうやらティティアもリダと名乗るドラゴンの親を知っているらしい。


 輝鋼竜バスティオン・リグ、絶炎竜ジャイラジャイラ。その二体とも上位竜に数えられる強力なドラゴンである。そしてその上位竜の中でも不倒の六竜と呼ばれる六体の竜の二体である。


「で、なぜ吸血鬼に追いかけられていたんだ?」

「それには非常に深い事情があるのであります」


 さて、どんな事情があるのかとセイルたちは真剣にリダの話に耳を傾ける。


 だが、その話はなんとも情けない物だった。


「実は母上に、いい加減に出て行け、と巣を追い出されてしまいまして」


 上位竜二体の子供であるリダはどうやらかなり臆病なドラゴンのようだった。


「どうにか粘ったのでありますが、母上に殺されそうになり、慌てて飛び出したのであります。しかし、飛び出したは良いのですが行くあてもなく」

 

 よよよ、とリダはさめざめと泣く。だが、全く同情心が湧いてこない。


「どうにか落ち着ける場所を探して飛んでいると運の悪いことに人に襲われて。どうやら自分のことを父上と間違えたようで」

「まあ、確かによく似ておるな。見た目は」


 輝鋼竜バスティオン・リグをセイルは見たことが無いが、アルウェンドラは見たことがあるようだ。そのアルウェンドラが似ているというのだからリダは父親似なのだろう。


「どうにか人間を追い払って逃げたのですが、今度は勇者に襲われて。そこでも父上に間違われて、なんとか追い返したのでありますが」


 リダは何度も父親である輝鋼竜に間違われ攻撃されたようだ。まあ、それは災難と言えば災難だが、ドラゴンがそこらを飛んでいたら怖がられても仕方がないと言えなくもない。


「そして最後がその娘であります。勇者を追い払って逃げている途中にその吸血鬼に見つかって」

「追いかけまわされたと」

「そうであります。本当にひどいんでありますよ。血は吸うし鱗は食いちぎるし牙も折られるし。見てくだされ、ここであります。ほら、ぽっきりいっているでありましょう?」


 リダは口を大きく開けてセイルたちに見せる。確かに右の歯の一本がぽっきりと折れていた。


「怖かったであります。死ぬかと思ったであります。やっぱり外は危険な場所。巣に引きこもっていたほうがよかったであります」

「もしかして、巣に引きこもっていたのは外が怖いからか?」

「その通りであります! 父上や兄上たちから聞いていたであります! 外には邪神や魔王や勇者や冒険者がいてとても危険だと」


 なんだろう。本当にリダはドラゴンなのだろうか。


「特にドラゴン殺しと言う奴には気を付けろと言われていたであります」

「……ティティア」

「ああ? あたしは別にドラゴンを殺すのが趣味ってわけじゃねえよ。仕事だ仕事」


 どうやらティティアはドラゴンたちから相当恐れられているらしい。


「とにかく外は怖いであります! もうイヤであります! 引きこもりたいであります!」


 情けないドラゴンである。確かにティティアの言う通りドラゴンの威厳や風格が欠片もない。


 しかし、それでもドラゴンはドラゴンだ。そんな相手を追い詰めるとなると、追いかけていた吸血鬼の娘も相当な実力者のはずだ。


「で、お主名前は?」

「ミラリエス!」

「うむ、ミラリエスか。では改めて確認するが、お主は吸血鬼の女王ミラグレイスの娘ということでよいかの?」

「うん。たしか、えっとー、二万……。忘れちゃったけどそうだよ」

 

 女王の娘、ということはこのミラリエスは吸血鬼のお姫様と言うことになる。


「で、そのお姫様がどうしてこんなところにいるのじゃ?」

「うーんとね、お母様とケンカして、殺されて、バラバラにされて、気が付いたら知らないところにいたの」

「……ケンカで殺される」

「吸血鬼とはそういう種族じゃ。イカレておる」


 吸血鬼。その存在はセイルたちも知っている。ただ、ここ数百年、彼らは人間たちの前にほとんど姿を現さず、自分の国に引きこもっている。なのでセイルが人生で初めて見た吸血鬼はミラリエスと言うことになる。


「本当にひどいんだよ。ちょっとお父様と子供が作りたいって言ったら怒られて。ねえ、ひどいと思うでしょ?」

「……」

「セイル。吸血鬼とはこういうものじゃ」

 

 とりあえず危険な生き物であることはわかった。


 となると問題はここからだ。


「リダ。キミは行く場所がないと言っていたな?」

「そうであります」

「巣には帰れないのか?」

「か、帰ったら母上に殺されるであります」


 うーん、とセイルは唸る。


「ミラリエス、だったね」

「なあに?」

「できれば、家に帰ってほしいんだが」

「えー、でもまだお母様怒ってると思うしぃ。また殺されたら元に戻るのも大変だし嫌かな」


 うーむ、とセイルは眉根を寄せる。


「どうしたらいいと思う、アルウェンドラ」

「うむ、吸血鬼の国には転移陣を設置してあるが。正直、吸血鬼同士の問題に首を突っ込むのは御免じゃ。あ奴らに関わっても損しかない」


 どうやらアルウェンドラも吸血鬼とは関わりたくないらしい。


「しかし、このまま森の外にと言うわけにもいないよなぁ……」


 リダはまだいいだろう。どこか人のいないところへ引きこもってくれればそれで問題ない。


 問題はミラリエスだ。どう考えてもこの子を外に出していいわけがない。絶対に問題しか起こさない。


「リダ。キミがさえよければここに」

「お願いするであります! 行くあてがないのであります! 外はもう嫌なのであります! お外怖いであります!」


 巨大なドラゴンであるリダが顎を地面にこすり付けてセイルに懇願している。本当にドラゴンとしての誇りやらなにやらはどこにあるのか心配になるドラゴンである。


「うむ。ではミラリエスよ」

「なあに? 遊んでくれるの?」

「お主を国に帰そうと思うが」

「えー、ヤダ」

「ではここに残るか?」

「うん!」


 ミラリエスも残留希望のようだ。


「しかし、約束を守れぬ奴はここには必要ない」

「約束?」

「うむ。ここにいると言うのならこちらが決めた約束を守ってもらう」

「うーん……。いいよ。おうちに帰ってお母様に殺されるよりいいし」


 と言うことでミラリエスもこちらが決めた約束を守るということを条件にここに留まることとなったのである。


「良かったですね。初めての入村者ですよセイルさん」


 そう、その通り。リフィの言う通り初の入村者一号と二号だ。


 しかし、セイルは複雑な気分だった。


「……まあ、いいのか?」


 できればもっと普通の平凡な一般的な入村者が良かったのだが。


「よろしくお願いするのであります!」

「ねえ、お腹空いたんだけど」


 住人が増えた。トート村復興への第一歩が踏み出された。


 目指すは平和で皆が心安らげる穏やかな村。そんな村を作るためにセイルは最初の一歩を歩み出したのである。


 おそらく、たぶん。

 

 

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