第13話

 セイルは身の危険を感じていた。


「私、ずっと弟が欲しかったんです」


 セイルが子供になって数日が経過した。その間にリフィとエリッセルが狂い始めていた。


 と言うかリフィは最初からおかしかった。


「まずは服をどうにかしないとですね。今までの物は全部着れませんから」


 子供になってしまったセイルは仕方なく大人用の服を着ていたが、当然体に合うわけがなかった。子供になってしまったため大きさが合わず、下着まですべてダメになってしまったのだ。


 そのため服を買いそろえるために服屋に行ったのだが、ひどかった。


「おい……」

「似合ってますよ。どこからどう見ても美少女です!」

「……可愛い」


 服屋に行ったセイルはまるで着せ替え人形のように扱われた。男児用の衣服だけではなく女児用の衣服まで着させられた。


 セイルは中性的な顔をしていた。大人の時は一目で男とわかる顔立ちだったが、子供のセイルは女児にも男児にも見える整った顔立ちだ。


 そのため、リフィはいろいろな服をセイルに着せて楽しんだ。それこそ二時間以上服屋に滞在していたほどである。


 何度もやめろとセイルは言ったのだが力ではどうにもならなかった。どうやら子供になったのは見た目だけではなく、体力も筋力もすべて子供になってしまったようだった。そのため大人の女性二人の力に敵うわけもなく、なすがままセイルはリフィたちの遊びに付き合うしかなかったのだ。


 そして、そのあともひどかった。


「……なんで手をつながなくちゃならんのだ」


 移動の際は手をつなぐ。リフィはそれを強制してきた。しかし、子供の姿になったからと言ってセイルの中身は大人なのだ。恋人でもない相手と手をつないで歩くというのは仲間と言ってもさすがに抵抗がある。


 しかし、これも抵抗できなかった。


「ダメです! 迷子になったらどうするの!」

「いや、迷子にはならないと」

「ワガママ言わないの! ちゃんと言うこと聞かなきゃダメ!」

「お前は、なんなんだよ」

「生意気言わないでお姉ちゃんの言うこと聞きなさい!」


 とリフィはまるでセイルの姉のように振る舞った。


「いや、だからな」

「どうしていつも困らせるの! あなたのためなんだからちゃんとして!」

「だから」

「ワガママ言わない!」


 セイルは抵抗しようとした。けれどリフィはまったく折れる様子がなかった。


 それに言い合いをする二人の姿ははたから見ると言うことを聞かない弟を叱る姉のようにしか見えなかった。おかしな部分など他人の目から見るとどこにもない。


 だから誰も助けてはくれない。


「おい、エリッセル。これをどうにか」

「年上を呼び捨てにしない! エリッセルさんでしょ!」

「……もう、いい。わかった」


 疲れた。非常に疲れた。短期間にいろいろとありすぎてセイルは抵抗する気が失せてしまった。


「わかったよ、リフィ」

「お姉ちゃん」

「リフィ、お姉ちゃん……」


 もうどうにでもなれ、とセイルは思うしかなかった。


「神祖め、いつか文句を言ってやる」


 神祖に恨み言を言っても状況は変わらない。むしろセイルが抵抗をやめたことでリフィと、ついでにエリッセルの行動もエスカレートしていった。


 最初の頃、エリッセルは戸惑っているようだった。どう接していいのかわからない様子で子供になったセイルをじっと見つめていることが多かった。


 けれど、ある時から変わってしまった。それはセイルが転んでしまった時からだ。


「クソッ、まだこの体に慣れてないらしい」


 階段を昇ろうとして段差につまづいてしまった。大人の体と子供の体では感覚が違うようで、セイルは少々苦労していた。


「だ、大丈夫?」

「ああ、ありがとうエリッセル」

「擦りむいてるわ」

「問題ない。これぐらいなら」

「ダメよ、ちゃんときれいにしなきゃ」


 エリッセルは転んでひざを擦りむいたセイルを水場まで運び、その傷を洗いながした。洗い流しながらエリッセルはぼんやりと呆けたような顔をしていた。


「あ、ありがとう」

「……うん」

 

 それからだ。エリッセルの態度が変わってしまった。


「おはようセイル。気分はどうかしら? 痛いところはない? 苦しいところは? お腹は空いてないかしら?」


 エリッセルは朝から晩までセイルの世話をするようになった。その姿は何と言うか、過保護な母親のようだった。


「え、エリッセル。そこまでしなくても」

「……ママ、って、呼んで」

「……勘弁してくれよ」


 どうやら子供セイルがエリッセルの母性を刺激してしまったようだ。おそらくエリッセルは今まで感じたことのない感覚にどうしていいのかわからず過剰に反応しているのだろう。


「よーしよし。セイルは今日もいい子ね」

「……もう好きにしてくれ」


 エリッセルもおかしくなってしまった。そんなエリッセルに頭を撫でられるのは、何とも複雑と言うか、年下の女性であるエリッセルに頭を撫でられるたびに、自尊心やなにやらがゴリゴリと削り取られていくような気がしていた。


 そんなこんなで数日間、セイルは地獄のような経験をした。姉のように振舞うリフィに付き合わされ、母親のように接するエリッセルになすがままにされ、セイルは自分の大人としてのプライドが崩れていく感覚を嫌と言うほど味わった。


 そんな経験をしたセイルはある決意を固めた。


「絶対に元の姿に戻ってやる」


 このままではいけない。二人がどんどん狂っていく姿を見るのは心が痛い。自分の精神も持たない。もしかしたらいずれは精神まで幼児退行して二度と戻れなくなるかもしれない。


 それは絶対に嫌だった。大人として元勇者として冒険者として男としてのプライドがある。


 どうにかして元の姿に、大人の姿に戻らなくては。


 けれども方法がわからない。ならば探しに行くしかない。


 方法はわからないが、その方法があるかもしれない場所なら知っている。


「大神殿に行こうと思う」


 このままではいけない。そう考えたセイルはリフィとエリッセルを集めて今後のことについて提案した。


「この国の王都に行けば大神殿がある。そこに行けば俺が元に戻る方法がみつかるかもしれない」 


 この港町リッセルクにも神殿はある。しかし、その規模それほど大きくはない。所蔵している書物の数も限られている。


 だが大神殿は違う。その規模も蔵書も神官の力量も違う。もしかしたらそこに行けば大人に戻る方法がわかるかもしれない。とセイルは考えたのだ。


 しかし、どういうわけか二人はあまり乗り気ではなかった。


「別に今のままでもいいですけど」

「セイルは、ママが嫌いなの?」


 どうしよう、と頭を抱えるしかなかった。今の自分では一人で旅などできないとセイルは理解していたからだ。


 つまりどうやってもリフィとエリッセルの力を借りる必要がある。必要があるのだが、二人とも全くその気がなかった。


「ここでずっと暮らせばいいと思います、私は」

「金はどうするんだ? 住む家は?」

「ママが稼いでくるわ」

「確かにキミは上位の勇者だが……」


 いろいろと問題がありすぎる。出発する前にどうにかして二人を正気に戻さないと話が全く進まない。


「……仕事、か」


 セイルはひとつ考えが浮かんだ。


「よし、ギルドに行こう」


 もとの姿に戻る。その前にいろいろと確かめなければならないことがある。


 今の自分。今の自分に何ができるのか。体力も筋力も7歳児になってしまった自分に何ができるのか。


 そのため一度ギルドに行って依頼を受ける。簡単な魔物の討伐依頼を受けて、魔物と戦い自分の本当の力量を確かめる。そして、リフィとエリッセルも戦わせることで二人を正気に戻す。戦いの中に身を置けば二人とも元に戻るかもしれない。


「とにかく、どうにかしなくては」


 二人のためにも、自分のためにも、できるだけ早く、できるならば今すぐにでも。


 今すぐどうにかしないと。


「……心が、死ぬ」


 セイルは限界を感じていた。その限界が来る前に、どうにか、どうにかしなくてはと彼は焦るのだった。

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