第3話

 リフィはセイルのパーティーの回復術師だった。仲間の傷や毒を癒す、パーティーの中でも重要な役割を担っていた。


 そして、彼女はセイルがかつて助けた村の子供だった。


 8年前。セイルは魔物に困っていた小さな村を助けた。その村にいた女の子がリフィだった。


 そんな女の子が3年前、セイルのパーティーに加わった。


 偶然ではない。追いかけて来たのだ。リフィはセイルを追いかけて旅立ち彼を探し出して仲間に加わったのである。


 驚きもあり嬉しくもあった。セイルはリフィがパーティーに加わった時を思い出しながら彼女を改めて眺める。


 ふわりと柔らかそうな長い亜麻色髪と胡桃色の丸く大きな目の明るく心優しい18歳の少女だ。その服装は回復術師がよく身に着ける白地に緑色の太いラインが入った全身を覆うような服を身に着けている。


 そんなリフィが神殿の入り口前にいた。


「……どうしてここに」

「追いかけてきました」

「……そうか」

「また困ってる人を助けてたんですね。追い抜いちゃいました」

 

 リフィはほほ笑む。その顔を見たセイルは困ったように頭をかく。


「約束したはずだがな」

「破りました。だって、私はセイルさんの仲間ですから」


 どうやらリフィはセイルを追いかけてきたようだ。そして、セイルが人助けをしている間に追い抜いて先に港町に来ていたらしい。


「ランセルはまだ若い。支えが必要なんだ」

「……本当に優しいですね、セイルさんは」


 セイルはランセルと戦う前日、ランセル以外の仲間を集めて彼らに頼みごとをしていた。


 きっと俺は負けるだろう。その時はランセルについていってやってくれ。あいつにはまだ支えてくれる仲間が必要だから、とセイルは仲間たちに頼んだのだ。


 自分が負けることはわかりきっていた。だからセイルは仲間たちに年若く未熟なランセルを助けてほしいと頼んだのだ。しかしリフィはそれを破りセイルの前に立っている。


「……怒りますか?」

「いいや。キミたちは勇者パーティーである前に冒険者だ。ついていくのも別れるのも自由だ」


 本当はランセルについていって欲しかった、とセイルは思っていた。ランセルはまだ勇者の力に目覚めたばかりでいろいろと助けが必要なのだ。


 かつての自分のように。セイルは自分が10年前に勇者の力に目覚めたときのことを思い出していた。


「俺といてもいいことなんて」

「いいんです。私はセイルさんの仲間でいたいんです」


 困ったもんだ、とセイルはため息をつきリフィを見ながら苦笑いを浮かべる。


「いつでも別れていいからな」

「大丈夫です。有り得ませんから」


 こうして一度は別れた仲間であるリフィが再び仲間となったのである。


「それで、どうしてキミは神殿に?」

「ここで待っていればセイルさんに会えると思ったからです」

「そうか。予想通りになったわけか」

「はい。セイルさんのことならなんでもわかりますから」


 リフィは妙に嬉しそうだった。セイルはその嬉しそうな顔が何だか少し怖かった。


「で、セイルさんはどうして?」

「今の俺の力がどれぐらいなのかを確かめにな」

「そう、ですか……」


 リフィの表情が少しだけ曇る。それを見たセイルはふっと笑みをこぼす。


「そう深刻に考えるな」


 そう言うとセイルは神殿の建物へ入る。リフィはそれを追いかけず見送る。


 神殿は神に祈る場だ。そこでは神と繋がることができる。


 秩序の六大神。神殿ではこの世界を創造した六柱の神を祀っている。神へ祈り、神と対話し、神の力を借りて傷や毒、病や呪いを癒し、そして神の力を授かる。


 セイルが勇者の力に目覚めたのも神殿だった。力に目覚めるには神殿で祈らなければならない。


 そこで祈りを捧げ、神から勇者として認められることができれば勇者の力と加護を与えられる。そうして晴れて人の救い主である勇者となるのだ。


 神殿の中に入ったセイルは一度立ち止まって神殿の中を見渡す。その中にはセイル以外の人間が数人いる。静かに祈りを捧げる者もいれば知り合いと語り合っている者もいる。そして、その神殿の奥、祭壇の前には神官がいた。


 セイルはその神官の所へ向かい前に立つと一礼してから話しかける。


「勇者の力を見てもらいたい」


 神官はセイルを一瞥する。


「……かなり弱くなってきているようですな」

「あとどれぐらい持つ?」

「二年持てばいいほうでしょうな」

「二年か……」


 あと二年。あと二年でセイルの勇者の力が尽き、神の加護も失う。つまりはあと二年でセイルは勇者ではなくなるということだ。


 それを聞いたセイルは、あまり落ち込んではいなかった。予想通り、自分の感じていた通りだったからだ。


 それにすでに覚悟もしていた。まだ完全に決まってはいないが、だいぶ覚悟はできている。


 いつかはこうなると思っていた。勇者は永遠に勇者ではいられない。


「ありがとう」

「あなたに六大神の導きを」


 神官は静かに目を閉じてセイルに頭を下げる。セイルもそれに合わせて一礼すると背を向けて神殿の出口へと向かった。


「……セイルさん」

「あと二年だそうだ」

「そんな」

「心配するな。わかっていたことだ」


 セイルは待っていたリフィに笑いかける。その笑顔はどこか寂しげだが少しスッキリしているようでもあった。


「改めて言われて覚悟ができたよ。俺は勇者じゃなくなる」


 そう言うとセイルは空を見上げる。いつもと変わらない、10年前と同じ色をした空だ。


「まあ、それまでは勇者だ。ちゃんと務めは果たすさ」


 あと二年。あと二年で勇者としての旅が本当に終わる。


「……あの、セイルさん。今日の宿はもう」

「まだだな」

「だったら、私が泊っている宿に一緒に、いかがですか?」

「そうか。助かるよ」


 金はそれほど持ってはいない。持っているのは剣一本だ。その他の装備は別れる時にランセルに渡してしまった。


 勇者は引退するつもりだ。もうこんな立派な装備はいらないとランセルに譲った。捨てても売ってもいいからと伝えたが、どうなったかはセイルは知らない。


 リフィに聞けばわかるかもしれないが、やめておいた。一度譲り渡した物だ。それをどうしようとランセルの自由だ。


「ギルドに行くのは明日にして、今日はゆっくり休むとするよ」


 セイルは自分の腹をさする。空腹と疲労を感じる。勇者の力が弱くなっている証拠だ。


 勇者はほとんど腹が減らない。疲れも感じない。まったく眠らなくても数週間は動き続けられる。それが勇者の力だ。


 腹が減り疲れを感じているということは力が弱まっているということだ。ただ、これにはいい事もある。


「宿に行く前に食事にしようか。ここは魚が美味いんだ」


 人に戻りつつある。セイルはそれが少し嬉しかった。

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