第47話

 「やっぱり精霊王が解放されると転移部屋の様子も変わる、というか元に戻ってるんだろうな」

 

 二十階層のボス部屋でオークの集団を瞬コロした俺たちは、ミユウが封印されていた転移部屋へと到着した。

 

 そんな俺たちを待ち受けていたのは、ハヤテの時と同様に、何の変哲もない石造りの空間であった。

 

 「ホントね! ここも普通の部屋になっちゃっているものね!」

 

 「でも、それでいいと思います。あのような偽物の土壌など一粒たりとも残すべきではないかと」

 

 「あれって偽物の土壌だったのか。地上に持って帰らなくて良かったぁ」

 

 「そうですよ。あれは迷宮内でのみ、豊かな土壌という概念を内包しているだけですから。仮に地上に持ち帰って何か作物を育てようにも、栄養など欠片も宿していないどころか、瘴気を含んですらいるので、元々の土地を殺す以外の働きなど期待できません」

 

 「うへぇ、罠やんけ」

 

 そんな落とし穴があるなんて予想だにしなかった。

 

 ハヤテの封印されていた転移部屋を構成していたのは、雲のような見た目をしただけの普通の空間だったから、持ち帰ろうなどとは思いもしなかったが、正直この転移部屋に関しては、土が残っていたら持ち帰ろうと僅かな期待を寄せていたのだ。

 

 何せ、永きに渡って土の精霊王と共にあった土壌なのだから、さぞかし特別な効能を宿しているのでは、と推察しても致し方ない事だろう。

 

 もしかしたら、この世界の人々は持ち帰ってしまったのかもしれない。

 そしてその結果として、地上の土壌は死に絶えてしまい、終焉木の発生を許してしまう事に繋がったのではないだろうか。

 

 そんな妄想にも似た推測が脳裏を過るが、ミユウは特にそういった事実には言及しなかった。

 

 そんな不幸な出来事は起こらなかったのか、はたまた彼らとの記憶は口にもしたくないだけなのか、転移部屋を見渡しながら涼しげな表情を浮かべるミユウの様子からは窺い知れなかった。 

 

 「カイト! 今回はちゃんと宝箱あったわよ!」

 

 「お、おう、本当だ、な!」

 

 何となく一人で微妙な心持ちになっていたところ、そんな雰囲気をぶち壊すように溌剌としたハヤテが、部屋の中心にポツンと配置された宝箱の上ではしゃいでいた。

 

 俺は気持ちを切り替えるように、努めて明るく振る舞いながらハヤテのもとまで移動した。

 そして、当然の権利の如くハヤテによって開かれた宝箱の中を覗き込んだ。

 

 「これはリュックサックか。それも【空間拡張】の効果付きとは……」

 

 真っ先に目に飛び込んできたのは、登山用さながらの大容量リュックである。

 

 「【空間拡張】付きの背嚢でしたら当たりですよ! それを求める人間が数多くこの地を訪れていましたから」

 

 「ほう、成る程……」

 

 でも【異空間収納】がある俺には必要ない、けどそれを口にする必要も無い!

 

 俺はさりげなさを装いながらリュックを収納した。

 

 「次は……何コレ?」

 

 リュックの下敷きになっていたのは、鳥を象った木彫りの像であった。

 

 「あっ、それなら見たことあるよ!」

 

 「知っているのか、らっ――――ハヤテ!」

 

 「ら? ええっと、それなら確か農村とかで良く見かけたわよ!」

 

 「農村?」

 

 「はい、その通りです。ハヤテの言うように、その木彫りのアイテムは、象られた生物を寄せ付けなくする効果があるんです。それは鳥の形をしているので鳥避けですね」

 

 「鳥避けかぁ。それって鳥系の魔物も対象になるの?」

 

 「ええ勿論。ただし、力の弱い魔物に限定されますが」

 

 「まあ、それはそうだよな」

 

 流石にこれ一つで全ての鳥系魔物を退けるなんて都合の良い話は無いだろう。

 

 それでも、農業において鳥害から作物を守れるのであれば、このアイテムも当たりの部類として良いと思う。

 

 ヒヨコの一羽も見当たらない俺の環境には不要だけれど。無言で収納したけども。

 

 「そんで次が、最後か。これは――――!?」

 

 流石に最後くらいは、俺が先に鑑定して効果の説明をドヤりながらしたい。

 俺は両目に魔力を込めながら最後の品を手に取ると、しかし即座に収納した。

 

 二十階層のボス部屋の主であるオーク軍団を倒して手に入れた最後のアイテムは、実にオークらしい効能を宿していたのだった。

 

 「えっ!? なになに? 最後のは何だったの?」

 

 「良く見えませんでしたが、おそらくは魔法薬ポーションの類いかと」

 

 チッ、ハヤテはともかくミユウは良く見てやがる。

 しかも、この宝箱を漁ってた昔の人々の事もしっかり覚えているようだし、下手に情報を渡すと察してしまいそうだな。

 

 「確か昔の人々はこの宝箱から【筋力強化の魔法薬】や【体力強化の魔法薬】や【回復力強化の魔法薬】などを手にしていた筈ですから、そのどれかでしょうか?」

 

 「お、おう! 良く分かったな! 流石はミユウだな! これは【回復力強化の魔法薬】みたいな物だな!」

 

 「へえ、そうなんだ! でも何で直ぐに仕舞っちゃったの?」

 

 「みたいな……?」

 

 「いや別に! ただ何となく、あんまり外気に晒すのも良くないかなってな! 万が一にも効果が落ちたら勿体無いし!」

 

 「もう、カイトったら心配しすぎよ! 迷宮産の魔法薬なら、蓋を開けなければ劣化なんてしないんだから!」

 

 「みたいな……」

 

 「そ、そうなんだ! それじゃあ次からは焦る必要はないな! 貴重な情報サンキューなハヤテ!」

 

 「うふふっ、任せなさい! ドンドン私を頼っちゃって良いんだからね!」

 

 「みたいな、成る程」

 

 最早俺は、思案げなミユウを視界にも入れずにハヤテを煽てる事に専念しつつ、転移部屋を後にしたのだった。

 

 「さあ! ここからはミユウの実力を見せて貰おうじゃないか!」

 

 そうして二十一階層に降り立つと、俺はミユウが要らんことを口走る前に、戦意を煽り立てるように言い放った。

 

 「はい! 漸く私の出番が参ったのですね。カイトさんには私の力を存分に見定めて欲しいので頑張ります!」

 

 「お、おう。でも程々にな」

 

 「はいッ!」

 

 「いや、それ程々の奴の返事じゃな――――」

 

 「【ジオサーチ】」

 

 あっ、スルーされた!? 元気があって宜しいッ!

 

 「成る程、九体ずつに群れているようですね。階層全体ではそれなりの数になるようですが、甘いッ!」

 

 だからそれ程々の奴の声の出し方じゃな――!?

 

 「【ジオストームッ!】」

 

 砂塵のみで構成された巨大な竜巻が何本も立ち上ると、階層全域をなめ回すように蹂躙し始めた。

 

 「逃げ回っても、無駄っ、無駄ッ、無駄ッ! 地の果てまででも追い回して、必ず塵にしてやります!」

 

 「うわぁ、これ私と競り合った時よりも強力になってない?」

 

 「そうですね。カイトさんと誓約を交わしたうえに依代に憑依して顕現までしているせいか、ただの精霊王だった時よりも、ましてや封印されて狂っていた時よりも格段に魔法が扱いやすくなっていますね。それに曲がりなりにも岩石が溢れている迷宮内というのも、有利に働いているようですし」

 

 「へえ、そうなんだぁ。私は特に変化を感じなかったんだけどなぁ」

 

 「ハヤテは元々大雑把なところがありましたから、自覚がないだけではありませんか? それか風が淀みがちな迷宮内という悪条件が、ハヤテにとって不利に傾いているからとかですかね?」

 

 「そうなのかなぁ。私も試しに何か魔法を――――」

 

 「いやいや、もう充分だから。既にこの階層は瓦礫の山だから! 死屍累々の地獄絵図だから!」

 

 そう言って何とかハヤテに翻意を促した俺は、嵐が鎮まった二十一階層の出口に向かって転移した。

 

 そうして二十二階層に続く階段の手前でドロップ品を回収しながら、ハヤテにしたのと同様のレクチャーをミユウにも行った。

 

 過剰に魔力を消費してまでオーバーキルするのは、連戦が必須の迷宮探索においては継戦能力の低下を招く愚行であると。

 

 「成る程。確かにカイトさんの言う通り、迷宮では先を見据えた戦闘を繰り返さねばならないのですね」

 

 「分かってくれたかミユウ」

 

 「はい! 次こそは必ずやカイトさんの期待に応えてみせます!」

 

 「大丈夫だよ! ミユウにも絶対に出来るから! 頑張って!」

 

 「うん、頑張るわ! ありがとうハヤテ!」

 

 「その意気、その意気!」

 

 まるで自分はマスターしているかのようなハヤテの言い方に若干引っ掛かりつつも、ドロップの回収を終えた俺たちは次の階層へ足を進めた。

 

 「【メテオストリームッ!】」

 

 知ってたよぉーっ!

 

 迷宮の天井から降り注ぐ巨石が齎す大災害を目の当たりにしながら、俺は声もなく絶叫した。

 

 巨石は衝突と同時に破裂して周囲を巻き込むものもあれば、ゴロゴロと転がっては進路上のあらゆる障害物を踏み潰して回るものまで現れていた。

 

 空中に浮いているのに足下が波打つような感覚を覚えながら、恐竜ってこんな感じで絶滅したのかなぁ、と現実逃避してしまう。

 

 「討ち漏らしは無し! カイトさん、階層の全滅を確認しました!」

 

 「流っ石ミユウ! 仕事が早いんだからぁ!」

 

 「ふふっ、いえいえまだまだですよハヤテ。私はもっともっとカイトさんに見て頂きたいのですから!」

 

 もう充分ですぅっ! 何て口に出来る訳もなく、俺は階層の出口に転移すると淡々とドロップ回収に務めた。

 

 やはりハヤテと同様に、ミユウにも適度な魔法の選択は難しいと判断せざるを得ないようだ。

 

 「十体に増えたところで誤差にしかなりませんよ! 【コメットシャワーッ!】」

 

 大量に降り注ぐ小さな粒子が、何かに接触する度に激しく炸裂し、小規模な爆発を巻き起こす。

 その一つ一つは小さくとも、それが雨あられの如く降り注ぎ続けている光景は、正しく爆撃の様相を呈していた。

 

 戦後の更地みたく焼け野原と化していく二十三階層に、俺は争う事の虚しさを覚えずにはいられなかった。

 

 しかしほんの些細な差ではあるが、先の二発よりも消費魔力が少なかったのは僥倖であった。

 

 そう思っていたのだが。

 

 「【ジオスパイクッ!】」

 

 迷宮の通路を構成する石造りの壁から壁へ、床から天井へと、研ぎ澄まされた巨大な剣山が貫いた。

 通路を彷徨いていた魔物たちは、その発生速度に対応出来ずに瞬く間に全身を貫かれて絶命していく。


 けれども、俺の関心はそんなところには欠片も向かわなかった。

 

 「ミユウ、まさか……」

 

 「はい! 今回の魔法ならば連戦にも耐え得るかと思ったのですが、如何でしょうか!?」

 

 相当な自信があるのだろう、ミユウは胸を張りながらも謙虚さは失わないままに、そう問い掛けてきた。

 

 「当然合格だよ! やるじゃないかミユウ!」

 

 「有り難う御座います! これからは【ジオスパイク】を軸に頑張ります!」

 

 勿論俺の【風刃】による広範囲への攻撃と比較すると、まだまだ消費魔力に大きな差があるのだが、それでもこれまで見てきた中では圧倒的な省魔力性を実現していたのだ。

 

 しかもそのうえで、未だ殆ど全ての生物にとっての上限を超えている辺り、やはり精霊王は規格外の存在なのだとも分からされた。

 

 そんな風に俺とミユウがキャッキャキャッキャしていると、珍しく輪に入ってこないハヤテが徐に口を開いた。

 

 「ここから先は私が戦うんだからね!」

 

 子供っぽく頬を膨らませたハヤテの表情から、俺は一転して魔力の大量消費を覚悟したのだった。

 

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