駿河はボソッと呟いた。

「あんただってぶっ飛んでんじゃねえか・・・」

真帆は駿河を見て疑問を投げかける。

「ねえ、その音声、どこで手に入れたの?依頼はここでしてないわ。知ってるのは私以外に佐野さんだけよ。なのに、どうして?まさか佐野さんが?」

駿河は黙って首を振り、出処を明かした。

「愛菜って女性が調べてたんだ。アンノウンの、つまりあんたの正体を突き止めるために。音声は彼女が密かに盗聴したもの。どうやったかはわからない。けど、それが俺んとこに巡ってきた」

「愛菜・・・」

「フィアーのメンバーだったらしいけど、そのメンバーに殺された。知ってるか?」

真帆はその名に覚えがあった。

「思い出したわ。彼女、警察に組織のことを暴露しようとしてた。それを佐野さんから聞いて、私はルールどおりに彼女を処分するよう、プランとしてメンバーに通達したの。鎌田さんは強姦してから殺すなんて書き込んでたから、それ以外の方法でやるように返信したわ。私も一応は女よ。裏切り者とはいえ、そこまでひどいことさせたくなかった。少しは情けをかけてあげなくちゃね」

「なにが情けだ。方法がなんだろうが、命を奪ったことには変わりないだろ」

「それがフィアーのルールなのよ。首相の暗殺を機に改正するつもりではあるけどね。にしても愛菜って子、私たちのこと、ホラー系のサークルかなにかだと思って入ったみたい。話を聞いて笑っちゃったわ。勘違いにもほどがあるわよね」

真帆の顔に蔑むような笑みが漏れた。

「だからこそ、愛菜さんはフィアーの実態を知り、告発しようとした。正義感があったんだ」

「死んじゃったら正義も行使できないわ」

駿河がひたむきな眼差しで言い放つ。

「俺が代わりに行使する。愛菜さんのためにも。そして、フィアーは潰す。あんたは終わりだ」

真帆の表情が変わる。刺すような目つきで駿河を睨んだ。

「そう・・。やってみなさいよ」

駿河に殺意が湧いた真帆は、再び金庫を一瞥した。やはりここで片づけておく必要がある。その思惑が真帆の脳裏によぎるなか、駿河は問いかけた。

「この際だから訊いておく。あんたの上司だった御子柴源の死。あれは事故だったのか?それとも、あんたが殺したのか?」

「どっちもよ。私がここで犯罪プランを話してる現場を、あいつは偶然見聞きしてたの。迂闊だったわ。てっきり取引先に行ったとばかり思ってたから。散々問い詰められた。それで警察に話すだの言い出して、ほんとに警察署に向かおうとしてた。私はそれを止めようとしてもみ合いになった。その拍子に、あいつは足を滑らせて階段から落ちたの。打ち所が悪かったのね。見たときにはもう死んでたわ。でも却ってよかった。私の裏の顔がバレずに済んだんだもの」

真帆が悪びれる風もなく打ち明けると、駿河は腕時計に目を遣った。

「これでしまいにしよう。あとは警察で話せ。どうする?俺が通報するか?自分から出頭するか?」

「自分で行くわ。その前に、金庫から書類だけ出させて。大事な書類なの。誰かに引き継いでもらわないと」

観念したと見せかけた真帆は拳銃を取り出すべく、金庫へゆっくり歩みを進めた。その金庫の前で足を止めたときだった。

「金庫の中に武器かなんか入ってんなら無駄だよ」

駿河の言葉に、息を呑んだ真帆が振り向く。駿河は上着の胸ポケットからスマートフォンを覗かせ、真帆に見せると語を継いだ。

「実は今の会話、全部警察が聞いてた。外には刑事が張ってる。妙なことしたら、すぐさま突入してくるよ」

「騙したの!?」

「騙したもなにも、ひとりで来たなんてひと言も言ってないでしょ」

気色ばんだ真帆は感情を抑えられず、金庫のキーボタンを押し始めた。すると、駿河は風のごとく駆け出した。応接用のテーブルに乗り上げ、ソファを跳び越えると、金庫を開けようとする真帆の腕を摑んだ。

「諦めろ」

駿河は静かにそう言うと、開いていた金庫の中身を見た。書類や封筒の束の上に、小型の自動式拳銃が寝かせてある。真帆はうつむき、歯を軋ませていた。そのとき、パトカーのサイレン音が外から響いてきた。ふと疑念を抱いた真帆が駿河に訊いた。

「刑事が張ってるんじゃないの?」

「ごめん。一個嘘ついた。警察が会話を聞いてたのは本当だけど、刑事はこれから来る」

真帆に会う直前、駿河が連絡を取っていたのは辰巳だった。駿河の作戦は功を奏したようである。まんまと欺かれたと知った真帆はたとえようもない憤怒を感じ、金庫の上部に平手を激しく打ち当て、固く拳を作った。


 手錠をかけられた真帆が七節署へ連行されていく。その姿を見ていた駿河に、辰巳が歩み寄る。

「ええんか?ウチの手柄で?」

辰巳が訊くと、駿河はうなずいた。

「いいですよ。俺はフィアーさえなくなれば・・。あっ・・・」

駿河は気づいたように腕時計を見た。

「やっば!もう行かないと!」

その駿河の声に、辰巳は怪訝な顔になる。

「どうした?」

「辰巳さん、また連絡するかもなんで、そのときは来てください。できれば、拳銃持ってったほうがいいかもしれません」

「はあ?」

なにがなんだかわからない辰巳を他所に、駿河は急いで自分の車のもとへ走っていった。


 駿河は車に乗り込むと、スマートフォンを出して画面を見た。メッセージが届いている。希からだ。早速確認すると、警察無線を傍受した内容の経過報告だった。式典でのフランス首相のスケジュールについてざっと書かれている。

「ちゃんと変更できたんだ・・。よーし・・・」

目つきを鋭くした駿河はスマートフォンを上着にしまい、車のエンジンをかけた。


 数十分後、駿河はある場所へと向かっていた。もうすぐその目的地へ着こうとした矢先、車のエンジンが不調をきたした。アクセルを踏み込んでもスピードが上がらない。ガソリンメーターに視線を向ける。まだ尽きてはいない。これはどうやら、末延が撃ち込んだ数多あまたの弾丸を浴びたせいかもしれない。いくら防弾仕様とはいえ、あれだけ食らえば多少の損傷を受けるのも十分にあり得ることだ。それが今の今になって表れたのだ。これまで持ち堪えられたのは奇跡だったのだろう。

「こんなときに。動け!ほら動けっ!」

駿河は愛車に向けて強く訴えた。


 予想よりも時間がかかったが、なんとか目的地には到着できた。しかし、駿河の車は完全に機能を停止してしまった。駿河は運転席を降り、すでに用をなさなくなった車を眺めた。この状態だと廃棄は決定的だろう。本当にそうなってしまった。だが、物悲しさに浸っている場合ではない。駿河は、その目的地である巨大な廃ビルを見上げた。近日中に解体が予定されているビルマンションらしい。二十階はあるだろうか。駿河が目指すは屋上だ。もちろんエレベーターは稼働していない。駿河は握った右の拳を口元に近づけ、フッと強く息を吹きかけた。自身に喝を入れたのだ。そして、スタートダッシュを切った。


 廃ビルの屋上。大きな黒い布に覆いかぶさり、うつ伏せになった人物が大型ライフルを構えている。引き金に指を当て、四角い銃口が高層ビルに向けられていた。<七節アジアヒルズ>である。丸いスコープに映るのは、式典会場の演壇だった。その人物が覆っている黒い布は、屋上の地面と同色だった。つまり迷彩効果があるのだ。その迷彩の点ではもうひとつある。この布は「サーマル・カモフラージュ」と呼ばれる熱迷彩を施している。要するに、衛星のカメラによるサーモグラフィで探したとしても感知できないのだ。完璧に自らを隠し果たせている。だが、それはあくまで上方から見た場合によるもので、近くから見た場合は違う。


 階段を駆け上り、激しい息遣いで屋上までやって来た駿河は、スナイパーをすぐに見つけ出すことができた。地面の一部分だけ盛り上がっていたからだ。駿河が歩き出して呼びかける。

「ターゲットならしばらく出てこないぞ。登壇のスケジュールを変更してもらったんだ。時間はいつになるかなあ」

昨日、駿河が辰巳と柏木に申し出たのはこのことだった。その言葉が聞こえているのか、いないのか、スナイパーは微動だにしない。足を止めた駿河は続けて話す。

「ここにいるかどうか、正直賭けだった。俺計算苦手だからさあ、お前の銃ならどこで撃ってくるんだろうって、ソフト使いながら一晩中考えてたんだよ」

希にソフトウェアを作らせたのも、パソコンと向かい合って徹夜していたのも、ライフルの弾道距離を計測し、狙撃位置を算定するためだったのだ。実際のところ、希に頼めば一発でわかっていただろう。だが、これに関しては自身で調べておきたかったのだ。それは個人的な理由からだった。なんの返事もしないスナイパーに対し、駿河は話を進めた。

「的中したのはマグレだったのかなあ。だとしたら、まだ俺にはツキが残ってるってことになる。そう思わないか?」

スナイパーは黙したままだ。駿河の眼孔が鋭くなる。そして、決死の思いで断言した。

「お前には絶対に撃たせない。俺がここで止める」

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