CHAPTER 5/RAIN CALLED CRISIS

 ちょうど同じとき、加藤と篠塚は遠目からこの状況を目撃していた。

「なにがどうなってる?」

篠塚が呟いた。それが耳に入った加藤が言った。

「わからない。だが、こうなってはこれ以上、あの探偵のもとに置いておけないな。強引にでも連れていくしかなさそうだ」


 駿河はスマートフォンを耳に当てながら、幸子と共に車を降りた。

―もう少しで入って来られるとこだったよ。

希の言葉に、駿河が訝しげな反応をした。

「え?建物の中に入ったの?」

―そう。事務所のドアぶっ壊そうとしてさあ。

「外からだけじゃないの?」

―ううん。違う。

「じゃあ、まだ・・・」

そんな駿河と幸子の数メートル先から末延が現れた。歩いていた末延の足が止まり、駿河と目が合う。その瞬間、末延は持っていたマシンガンの銃口をふたりに向けた。

「危ない!」

駿河は幸子を突き飛ばし、自らも伏せた。末延のマシンガンが火を噴くと、車のドアガラスにひびが一気に入る。駿河と幸子は、すかさず車の陰に回り込んだ。車体が瞬く間に傷だらけになっていく。そこへ、加藤と篠塚が拳銃を手に走ってきた。加藤が銃口を上に向けて威嚇射撃し、叫んだ。

「動くな!」

ふたりが拳銃を構えるが、末延は怯むどころか発砲してきた。加藤と篠塚も引き金を引く。三人とも肩や腹などに被弾して相打ちとなる。しかし、末延のほうが撃ち込んだ弾の数が多い。加藤と篠塚はその場で倒れてしまう。末延はぐらつきながらも、駿河の車に対して銃撃を再開した。一歩ずつ前進し、駿河と幸子を追い詰めようとする。そのさなか、必死に身を潜める駿河の視界に入ったのは、拳銃だった。先ほどの男たちが持っていた拳銃のひとつだ。すぐ近くの地面に落ちている。駿河は繋がったままのスマートフォンを上着にしまい、前屈みで手を伸ばした。そして、その拳銃を拾い上げると、両手に構えて応戦した。だが、駿河は警察官でも自衛官でもない。拳銃を撃つのはこれが初めてだ。おぼつかず、狙いが定まっているのか怪しいほどである。しかし、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」と言うべきか、数発のうちの一発が末延の右ひざに命中した。表情を歪めた末延は弾倉を交換し、マシンガンをさらに乱射しつつ、自分が乗ってきたワゴン車のもとへと足を引きずりながら横に移動していく。一心不乱に撃っていた駿河の銃が弾切れになった。ダメージを受けているはずなのに、全く倒れるそぶりを見せない末延は、まるでサイボーグのようだ。対して、これからどうすべきか考えている駿河はふと、場が静かになっているのに気づいた。もしや逃げたのか。幸子が身体をすくめて小さくなっている隣で、駿河はそっと車の陰から顔を覗かせた。末延は逃げてはいなかった。駐車場の外に停めてあるワゴン車の後部のリアゲートを開けたまま、なにかをしている背中があった。駿河が不審な目で様子を見ているとき、後ろから男の大きな声がかかった。

「おい結介!どうした!なんかあったのか!」

その男は<パレパレ>のマスター、山田だった。コンクリート塀から顔と手だけが出ている。騒々しいほどの銃声は、当然ながら隣の喫茶店にも聞こえていたのだった。

「マスター戻って!危ないから!」

駿河は片手を大きく横に振って注意を促す。それが伝わったのか、うなずいた山田は立ち去ろうとした。その去り際に、またも大声を出す。

「警察には電話しといたぞ!」

そう言い残し、山田が店へと帰っていった。そちらに目がいっていた駿河は、すぐさま末延のほうに視線を移した。末延が大きな筒状の物を持ち出した。それを右肩に担ぐと、その先端を車に隠れている駿河と幸子に向けた。

「マジかよ!?」

駿河は肝をつぶすほどに驚いた。それはロケットランチャーだったのだ。しっかりと砲弾が装填されている。末延はふたりを車ごと吹き飛ばすつもりのようだ。あの男は普通ではない。どうかしている。つくづく感じた駿河は、回避しようと幸子の手を握った。

「走って!」

駿河が駆け出すのと一緒に、幸子もつられて腰が上がる。その背中に標準を合わせた末延が、今まさに砲弾を発射しようとした瞬間だった。駿河の耳に、大きく鈍い衝突音が鳴るのが聞こえた。駿河はその音に思わず立ち止まり、振り返った。表情をこわばらせた駿河を見た幸子が後ろに目を遣る。そして、甲高い悲鳴を上げた。末延の顔が半分以上なくなっていたのだ。風船が破裂したような状態になっている。グロテスクな姿で膝からくずおれる末延を、駿河と幸子は呆然と眺めていた。そのとき、ふたりの近くの地面が小さな爆発を起こした。アスファルトの破片が飛び、粉塵が舞う。駿河は直感した。これはライフルによる狙撃だ。末延が死んだのも同じ、その狙撃によるものだ。このまま留まっていては、自分たちも餌食にされる。しかしその反面、ある疑問が湧いていた。だが考えている余裕はない。

「こっち!」

そう言った駿河は、幸子を強引に連れて走り出し、狙撃しにくい駐車場の奥へと入っていった。


 駿河と幸子が危機的状況に陥っている頃、七節署の取調室には辰巳と柏木、そしてもうひとりの男がいた。その男、吉沢よしざわは辰巳と机を挟んで対面している。昨日、駿河と辻野が戦ったプロレスマスクの男たちのひとりだった。パイプ椅子に背を預け、腕を組んだ辰巳は尋問を始めた。

「吉沢。お前、スマホにアプリ入れとんな。フィアーとか言うアプリや。お前のお仲間全員のスマホにも入っとった。あれなんや?なんかのコミュニティか?」

吉沢はうつむいたまま黙っている。辰巳は前屈みになり、問いを続けた。

「杉村晋平っちゅう奴、知っとるか?そいつのスマホにも同じもんが入っとった。お前、死んだ杉村となんか繋がりがあるんとちゃうんか?」

「死んだ・・・!?」

吉沢は呟くと、顔を上げて辰巳に訊く。

「杉村さん、死んだんですか?」

「知っとったか・・。そうや。ほんの数時間前か、この署の裏で撃たれて死んだわ」

途端に吉沢の目が泳ぎ出す。

「やっぱりあのルールはマジだったんだ・・・」

「なんや?ルールって?」

吉沢は怯えた表情になり、辰巳の腕にすがりついた。

「刑事さん。なにもかも話すから、俺のこと守ってくれ」

「放せやアホ!」

辰巳が吉沢の手を一度は振り解くが、吉沢はなおも辰巳の腕にしがみついた。

「このままじゃアンノウンに殺される!」

「アンノウン?なんやそれ?」

「俺が知ってることは全部しゃべる。だから頼みます。まだ死にたくないんですよ!」

痛切に訴える吉沢を、傍らの席にいた柏木は不思議そうな顔で見ていた。一方、辰巳は事の次第を訊くべく、吉沢に言った。

「そんなに死にたないんやったら、ほれ、話してみ」


 駿河と幸子は柱の陰に身を寄せた。駿河は頭を働かせた。この周辺は建物が少なく見晴らしがいい。狙撃できるポイントはない。そこである方法がよぎり、それを言葉に出す。

「ロングキルだ」

「なにそれ?」

「超長距離狙撃。要するに、肉眼では見えないほど遠い位置から撃ってきてるってこと」

「そんな説明どうでもいい。ねえ、どうすんの?ここにずっといんの?」

幸子の声が聞こえていないのか、駿河はブツブツと独り言を呟く。

「そうなると、使うライフルも限られてくるな・・。それにあの威力・・。もしかして・・・」

「ちょっと!」

駿河の上着の袖を摑んで幸子が怒鳴った。そのとき、パトカーのサイレンがふたりの耳に入ってきた。

「警察が来る。幸子さん、事務所に戻って・・。いや、どのみち事務所にも警察が来るな。どうしよう・・・」

駿河は迷った末、ひとつのアイデアを思いつき、幸子に訊いた。

「幸子さん、車の免許持ってる?」

「一応」

「じゃあこれ」

じきにパトカーが到着する。時間がない。駿河は慌ただしく、ズボンのポケットから車のキー、そして上着から財布を取り出した。その財布を開き、一枚のカードを抜くと、幸子にそれらをセットで手渡した。

「ん?なにこれ?」

幸子はカードを見て眉間を寄せた。それはどこかの店の名刺だった。≪姫花ひめか≫と名がプリントされている。

「三丁目にある<フラミンゴ>っていうガールズバー。そこの姫花って店長に会って、俺が連絡がするまでしばらく匿ってもらって。向こうには俺から事情を話しとく。だから、俺の車ですぐに行って。住所は名刺に載ってるから。あとは、車が動くかどうかだな・・・」

「私ひとりで行くの!?」

目を丸くする幸子に、駿河が言った。

「だって、警察嫌なんでしょ」

「駿河さんは?」

「囮になる。その隙に幸子さんは車に乗って。じゃ、あとで」

駿河は柱から飛び出し、えて狙撃されやすい場所まで走っていった。急なことに右往左往していた幸子であったが、やがて意を決し、車に向かっていった。駿河が外で大きく手を振りながら、できるだけ幸子から離れようと動いている。その間、幸子は車に乗り込んだ。恐る恐るエンジンをかける。あれだけ銃弾を食らっているのでダメかもと思っていたが、意外にもかかった。駿河の車はタフである。それはそうだった。特注の防弾仕様だったからだ。そのため、見た目ほどダメージは受けていない。幸子はシートベルトを締め、ハンドルを握り、急発進した。

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