駿河は持っていた写真を机の上に置いた。

「案件は人捜し。この女性がどこにいるのか知りたいって。七節町にいるのは確かみたい」

希が写真を手に取り訊く。

「名前は?」

「幸子さん。幸せの「幸」に子どもの「子」」

希の部屋にある三段の木製ラックには、プリンターにDVDプレイヤー、ルーターに無線受信機などの電子機器が数多く置かれているが、希らしいと言えるのは、上段に特撮ヒーローの可動フィギュアが何体かと、特撮関連の雑誌が山積みにされている。駿河はそれらを眺めていた。

「名字は?」

「多分、林」

希が眉を寄せた。

「多分ってなによ。訊いてないの?」

「依頼人は彼女のお母さんなんだよ。一緒に暮らしてる口ぶりだったし、なら名字も同じかなあって」

「出たよ。結介のいい加減な推理。変なとこで詰めが甘いんだから」

「べつにいいじゃん。また依頼人に連絡したときに訊くよ」

楽観的な駿河の言葉に、希は呆れた。大手の調査会社に十年間勤めていたのは本当なのかと疑ってしまう。

「じゃあ、スマホの番号は?あとメアドとか、SNSのアカとかは?」

駿河は上着から手帳を取り出し、ページを開いて見せた。

「これが電話番号とメールアドレス。SNSはやってるかどうかわかんないって言ってた」

希はページを見ながらキーボードを素早く打ち、それらを入力した。

「その母親、娘がSNSやってるかどうか知らないの?」

「知らないみたい。でも依頼したくらいだから、仲が悪いってわけじゃないと思うんだけど、幸子さんのほうはよく家出するみたい。お母さんはかなり困ってた感じだったよ」

駿河はそう言いながら手帳をしまう。

「幸子って子、年いくつ?」

「十九」

「ふーん・・。反抗期って年でもないんだ・・・」

マウスを動かしつつ、希は駿河に向けて語を継いだ。

「それじゃ、まずは写真を基にして顔認証にかけてみる。この街にはいるんだよね?」

「依頼人の情報ではだけど」

「ねえ。結介ってさ、いつもざっくりしてるよね。なんか探偵っぽくない」

「そうかな?まあ、わかったら教えて」

飄々と答えた駿河は、ラックに置かれた一体のフィギュアを見た。ポーズをとってこちらを指差している。

「これが、シャイゼリオン?」

希がキーボードを打つ音が聞こえるなか、駿河が呟いた。先ほど映像でチラと見た姿と同じだ。透け感のあるクリアな薄い青色の武骨なボディ。まさにヒーローといった印象だ。たしか前に、胸の丸い部分から『フラスタルパワー』とやらを集めることで、その丸い部分が光り輝いて必殺技が出せると希が説明していた。これにはそういうギミックがあるのだろうか。駿河が興味本位で指を近づけた瞬間、希が叫び声を上げた。

「触んないで!」

写真を持って席を立った希が、駿河に近づく。

「ベストなポージングにしてあんの!結介が触ったら崩れるでしょ!」

希の顔は怒っている。

「ごめん・・・」

注意された駿河は気圧される形で謝った。これで二度目。まだ五分も経っていない。

「どいて!」

希の怒声に駿河は身を引いた。希がフィギュアの隣にある台に写真を置いた。デスクライトのような形状のスキャナーだ。希は席に戻って再度キーボードを打った。やがて、全てのモニター上に分割された画面が数多く出てきた。七節町全域の防犯カメラの街頭映像だ。行き交う人々の顔、特に女の顔のいくつかに赤く四角いピントが合わさり、特徴点を抽出している。そのピントがせわしなく敏速に動いていた。スキャンした写真を基に、AIが自動的に対象者の顔を映像から識別しているのだ。


 この顔認証による追跡システムは、希が独自に開発したもののひとつだ。警察が事件捜査に使用しているシステムとほぼ同等の機能を持っている。カメラの映像自体は、その警察や、ほかの行政団体から密かに取得している。実は希がIT企業に勤めていた頃、行政から防犯街頭カメラのシステム構築の下請けを委託され、希も業務メンバーのひとりだった。その際、自身で開発したソフトウェアをこっそりとシステムに組み込んでいたのだ。いけないことではあるが、決して犯罪目的でやったのではない。最初はただ単に、行政側がそれを見抜けるかどうかというちょっとした実験であり、すぐに発覚するものと思っていた。しかし、全く気づかれなかったのである。それから希は退職し、自らの事業のためにオリジナルの調査システムを構築、映像取得もその一部として活用させていた。そして現在となるのだが、機械に疎い駿河にとっては助かっている。希の助力で調査も飛躍的に向上した。


 希に任せきりにしておくわけにはいかない。自分も調査に向かわねば。駿河は希に言った。

「俺もこれから、彼女が行きそうなところ当たってみるよ」

希は膝を抱えて座ったまま答えた

「了解。ヒットしたら電話する。その間にほかの調べ事もしとくから、ちゃんと出れるようにしといてよ。結介、たまに出ないときがあるから」

「わかってるわかってる。で、写真なんだけど、持ってってもいい?」

「いいよ」

駿河はスキャナーから写真を手に取った。

「情報があったらついでに報告するんで。じゃ、いってらっしゃい」

希は雑に挨拶した。

「はい。行ってきます」

駿河は仰々しくお辞儀した。


 自席に戻った駿河は、机の引き出しから通話用のヘッドセットをひとつ取り出し、右耳に嵌めると、忘れ物がないか確かめて事務所を出た。


 事務所の入っているビルの一階部分は駐車場になっている。「ピロティ形式」と呼ばれる柱のみの空間である。駿河はそこに駐車していた自分の車に乗り込んだ。光岡自動車の黒いビュート。駿河の愛車である。クラシカルなデザインが探偵らしく、とても気に入っている。エンジンをかけ、アクセルを踏んだ駿河は調査へと向かった。


 まず訪ねたのは、町内のビジネスホテルやカプセルホテル、ネットカフェなどの店舗だった。由樹の話では、幸子の部屋から衣類やスマートフォンなどの私物と、キャリーケースがなくなっていたという。常習的に家出していたらしいので、今回も意図的に家から脱出した可能性が高い。それに幸子は大学生、アルバイトはしていないそうなので、大金を持ち合わせてはいないだろう。なので、ハイクラスなホテルには泊まれない。ラブホテルも無理だ。ひとりでも泊まれるが、時間が指定されており、延長すればその分だけ高額な追加料金が発生する。そうなると、長期滞在ができて、かつ、安価で宿泊ができる場所は限られている。幸子は運転免許証を所持してはいるが、ペーパードライバーらしい。だとすれば、七節町までは電車かタクシー。住まいは千代田区のようなので、新宿区に隣接するこの街に向かうには、さほど料金はかからない。駿河は一丁目から聞き込みを始めた。


 駿河は数店舗を周り、ホテルのフロントやネットカフェの従業員に写真を見せて滞在していないか訊ねた。ひとりで調査をしていたために半日以上を費やしたが、なんとか収穫はあった。どうやら幸子は、数時間ごとに店舗から店舗へ転々と移動しているようだ。長くいると見つかる恐れがあるのでそうしているのかもしれない。まるで逃走中の指名手配犯のようだ。その途中、希から連絡があった。運転席のドアを開けようとしていた駿河は、ヘッドセットでそれを受ける。

―ヒットしたよ。五丁目の大通り。ほんの数秒前。今、追尾できるかやってる最中。対象者の映像とピン留めした地図送るね。

「やっぱり。ねえ、そこら辺に泊まれる場所ってある?」

駿河の予測は当たっていた。聞き込みで得た証言を踏まえると、幸子は一丁目から順番に、二丁目、三丁目へと渡り歩いている。そして、四丁目にあるネットカフェの従業員が、幸子が今日の朝に店を出たと話していたので、もしかしたらとは思っていた。

―待って・・。

ヘッドセットからキーボードを打つ音がする。すると、希が答えた。

―あるね。三軒。ネカフェが二軒とラブホが一軒。

「希さん、ついでにネットカフェの場所もピン留めして送ってくれる?」

―わかった。

やがて、駿河のスマートフォンに希からメッセージが届いた。すぐさま映像を見る。小さな黒いバックパックを右肩に背負い、中くらいのピンクのキャリーケースを引く女が映し出された。映像を一時停止させる。同じ人物だが、写真とだいぶ印象が違う。ポニーテールにした黒髪の上から黒のキャップ帽を被り、タータンチェックの赤いシャツと白いラインが入った紺のスタジャン。そして、青いジーンズと白のスニーカーを身に着けている。カジュアルな服装のせいか、以前見た写真のような清楚さがない。だが、現在の幸子の服装はわかった。これを手がかりにネットカフェを当たってみよう。駿河は急いで車に乗った。


 結果は空振りだった。スマートフォンの映像を見せたが、二軒のネットカフェとも幸子は来店していないという。もし来店したら連絡するようにと、駿河は従業員に名刺を渡した。もちろん本物の名刺ではない。架空のモデル事務所の社名が入った偽の名刺だ。文書偽造ではないかと疑われそうだが、実際のところ、それ自体に違法性はない。従業員もスカウトマンかなにかだと思うだろう。

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