第12話 状況確認と練習

 今日は、朝から雨。サアアアッと時折り聞こえる雨音に風の強さを感じる。


パタタッ、ボトトッ


 その雨音に混じって勝手口のひさしから地面に落ちる雨垂れの音がする。感性豊かな人ならその音に何か感じるものがあるかもしれないが、僕は今それどころじゃない。

 僕は母屋の台所の机上にある帳面と通帳を睨んでる。

こんな日は、頭を使う作業もしなければならない。この茶屋の経営は余裕があったらしいが、問題が発生した。帳簿がおかしい。確定申告後、明らかに残った現金が少ない。どうにも収入が多すぎるし、その分税金を余分に払っていると感じる。

 いや、希少な農作物で作った料理を出すことに誇りとこだわりを持ってやってきてるから、出せる品数量が限られて売り上げが上がらなかった、儲かっていないって言うなら話は分かる。でもその逆だ。なんか見栄張ってないか?


「あとわかんないのは、ツケ帳の金銀銅の記載なんだよ。金が一つ増えると5万〜15万円収入になってるんだよね。銀だと2千〜3万円、銅だと10〜100円なんだよ、まさかとは思うけど金貨とか銀貨とかで支払ってる奴がいる?もしかして異世界人!?」


 妖精が居るぐらいだし、異世界とどこか繋がっていて、客に異世界人がいても不思議じゃない。でもそれなら現金が足りない分、金貨や銀貨が残ってないと……


「でも残ってるのは、この鉄の『おはじき』ばかりなんだよな」


 形が潰れたスライムだったり、溶けた金属スライムみたいな鉄の『おはじき』が10個だけある。模様が彫られたもの、ないもの色々。これが異世界人のお金なら、もらっても現金化出来ないよ。


「もしかして父さんは、異世界に行けたとか?そうか!異世界で何か品物を買うために残してたのか!父さんってバカ真面目だったから、一応、収入に書いたのかも……って、違うな」


 瞬発力で考えた思いつきを理由にしようとしたけど、妖精がいるからって理由で異世界までくっつけるとは……僕の発想が飛びすぎた。


「じゃあ、なんだろ?この潰れたスライムが昔の銀貨?イヤ、もっと大きい棒みたいなヤツだよね?」


 昔の金貨は大判、小判、小方形のもの銀貨は棒で、銅貨は丸いと記憶している。潰れたスライムはなかったように思う。


「う〜ん、やっぱりどこかにタンス預金として現金を隠してるのか?」


1周回って現実的な考えに戻った僕の側に、『スーッ』っと赤ツツジが飛んで来た。僕の仮説が正解かどうか確認できる機会の到来だ。


「あ、良いところに来たな赤ツツジ。異世界とか聞いた事あるか?」


「えっ?何ですかそれ?ああ、常世の国ですか?それとも黄泉の国?どちらも死なないと行けませんよ?高天原は神様の子孫しか行けないし」


 いきなりの質問に驚きながらも、きちんと対応する赤ツツジ。本当にオモチとは正反対だが、ちょいと僕の聞きたい事とは違う。


「いや、死後の世界の話じゃなくて、魔法とかあったり、スキルや特殊能力を神から貰えたりする世界の話なんだが?」


 改めてて問い直すと、赤ツツジは、少し思案顔になった。


「う〜ん魔法は妖精力みたいなもの……スキルや特殊能力は、我々妖精にもありますから……なるほど!店主の言っている異世界はこの神聖な山だと思いますよ!」


「あっ、そうくるかぁ」


返って来たのは、僕の期待する答えじゃ無かった。仮説がただの妄想になって少しガッカリだ。

 それに気づいているのか?いないのか?普段通りの顔に戻った赤ツツジは、ふと、僕の手元を見て、僕がもう一つの聞きたい事を口にする。


「ところで店主?その『お金は』換金しなくていいのですか?」


 潰れたスライム達を指差す赤ツツジ。


「え?!この鉄の潰れたスライムって日本の『お金』なのか?」


「それ鉄じゃなくて、銀ですけど?まあいいです、その『豆板銀』は江戸時代初期の古銭で、私達が先代に支払った物ですが、現代のお金に換金しないと『支払いが出来ない』って先代言ってましたよ?いいんですか?」


 その赤ツツジの話を聞いて僕はピンと来た。


(なるほど!こんな山奥に客が来るなんておかしいと思ってたんだよ!ふむ、妖精相手に商売してたのか!で、もらった古銭を換金して帳簿に書いてるから、帳簿が変だったんだ)


 そういえば、ツケ帳の名前を妖精とわからないようにか、番号やあだ名にしてた。普通妖精なんて信じてすらもらえないと思うけど、父さんバカ真面目だったから気使ったんだろう。

 あとツケ帳のわからなかった項目ついてだけど、金が小判、銀が豆板、銅が銅銭、という事だ。金額に幅があるのは、その状態の良し悪しで査定が変わるからだと思う。


「なあ、赤ツツジ?妖精のツケ支払いって時期がまちまちなんだが、どうやってたんだ?」


 僕はもう少し情報を得ようと続けて聞いた。


「えっと、基本はある程度溜まると支払う感じでした。ただ、古銭の価値に幅があるので査定の平均値で計算してもらってましたよ?しかし、持って来た殆どが平均査定を下回る物だったようで、『なるべく綺麗なものを持ってこい』とは言われてました。でも、だからって綺麗な小判を持って行くと『価値が高すぎる。出所を勘繰られるから持って来んな』と返されてたんです」


(なるほどな。勘ぐられて妖精の事がバレるのを心配したのか。バカ真面目な父さんらしいや)


僕が父さんのエピソードにホッコリしてると、突然、赤ツツジがハッと何かに気づく。


「あっそうだ!新しく店主が村に来てからの、皆のツケの支払いをしないと!ちょっと時間がかかりますけど、持って来ますね!」


「あっ急がなくていいぞ!いっちゃったか……」


 赤ツツジは母屋から急いで出ていった。妖精のツケは赤ツツジが全員分支払っているらしい。


「まあ、仕方ない持って来るのだから待とう。そうだな、時間を有効に使う為、蕎麦打ちかうどん打ちの練習をするか」


 僕は、時間潰しを兼ねて品質を上げるため、蕎麦かうどんを打つ練習をすることにした。


「じいちゃんって、こだわるよな……」


 練習の為じいちゃんの残したノートをめくる僕。ノートには、日々記録した温度と湿度それに水加減やこね方、置き時間によってのソバとうどんの出来栄えの違いが細かく書いてある。

 特に僕がじいちゃんらしいと思ったのは最後の書き込みだ。『刻々と変わる状況に必死になって合わせるより、クーラーや、加湿器ヒーターを使って、部屋の環境を一定に保ってソバやうどんを基本的なレシピで打った方が安定する』と結論づけられていた。


「石橋を叩いて渡るじいちゃんらしい結論だね」


 誰でも考えれば思いつきそうで当たり前の事だけど、わざわざ実験して確認してるのがじいちゃんらしい。そして、経験の浅い僕にとっても、それは有り難い結論だ。


「ありがたい。分量一定で出来る方がやりやすいからね」


 そして同時にある事に気づいた。


「なるほど。だからソバやうどんを打つのは、わざわざ母屋の別部屋でやってたのか」


 茶屋には電気が通ってない。だから、クーラー設置のできる母屋の横にソバ打ちとうどん打ちの部屋をそれぞれ作ったようだ。わざわざ別々に二つ作ったのは、まあ、混じったら風味変わってしまうからだよな?なるほど。


「さて、僕の貯金が底をつかない内に茶屋を軌道に乗せないとな。まずは思い立ったら実行だ。練習どっちからやるか……ソバから打って見ようか」


 僕は準備を整えて、ソバ打ち部屋に入って行った。


********


ジィー


 雨に濡れながらソバ打ち部屋の窓ガラスに両手をペタッと付け、部屋の中を覗きこむ妖精オモチ。『中に入れろ』と無言の圧力を感じるが、ソバ打ち中なので中には入れない。

 少しすると、あきらめたのか窓から離れて飛んで行った。僕はホッとして、こね鉢から生地をのし台に移しソバの中心部を挽いた更科粉を振って麺棒で伸ばしにかかる。まず円形に伸ばしていると、また前方から視線を感じる。


ジィー

ジィー

ジィー


雨に濡れながら、ソバ打ちをガン見する赤ツツジを除いた3体の妖精。何かずぶ濡れの妖精達を見ると、コチラが意地悪してるようで、いたたまれなくなるが、ここはグッと我慢。ソバ打ちに集中して無視していると、さすがにあきらめたのか妖精達はどこかに飛んで行った。


「ふう〜」


 僕は一安心して、円から四角に伸ばし終えた生地をたたみ、こま板で押さえて切り始めた。


トン、トン、トン


 確実にゆっくりとソバ包丁でコマ板をずらして折り畳んだソバを切っていく僕。


ジィー

ジィー

ジィー

ジィー

ジィー


 また、感じる窓からの視線。なんか圧力がさらに増してる。おそるおそる顔をあげると、そこには妖精が5体!知らない妖精が2体、黒色と茶色いのが増えてる?!


「ええっ?!」


 さすがに驚く僕。その姿を見て作戦成功とばかりに『ヤッタ!』と喜び騒ぎだすオモチ達。ひとしきり喜んだ後、妖精達は犬の様に身震いして濡れた体から水を弾き飛ばすと、どこからともなく小さな傘を取り出して、こちらを振り返りもせず意気揚々と引き上げていった。

 僕はしばし呆然とした後、ハッと我に返る。そして妖精達の居なくなった窓に向かってつぶやいた。


「新しい仲間を紹介するなら、イタズラせずにちゃんと紹介しろよ……」


 文句は言うが怒りはしない僕。いつもの事だが、妖精達に関わると何故か毒気が抜かれる。


「はぁ〜」


 僕は一つ大きく溜め息をついて、何事も無かったようにソバ打ちを再開したのだった。

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