占い

翠雨

第1話

 大学の講義室。暦の上では秋だというのに、半袖の学生もいる。大きなあくびを噛み殺してから、スマホの画面で時刻を確認した。


 後、5分。


 宇津木 咲花はなは、眠たそうに細めた目で、前方をみる。


 眠い。寝そう……。


 昨晩、よく眠れなかったのだ。

 数日前から、なにかと煩い、霊のレイくんのせいだ。


 咲花のバイトは、除霊師だ。どうも、有名な除霊師の血を引いているらしく、大学進学が決まると同時に、除霊師として働かないかと声をかけられた。半年ほど修行をして、咲花の能力でも除霊ができるようにと、色々なアイテムを作り出し、始めて臨んだ除霊で、青年の霊に取り憑かれてしまったのだ。

 取り憑くといっても、恐ろしい感じではない。咲花の部屋でテレビをみたり、大学についてきたり、バイトについてきたりと、まぁ、ちょっと鬱陶しいだけだ。


 覚えていないのか、覚えていても教える気がないのか。名前を教えてくれない青年の霊を、とりあえずレイくんと呼ぶことにしている。




「ねぇ、咲花ちゃん。咲花ちゃんって、ちょっと無防備でしょ~」

 何を言い出すのかと思えば、除霊師なのに霊が見えないことを言っているらしい。

「バイトのときには、蝋燭もお札も、お守りもあるから大丈夫だと思うんだけど」

「そのときじゃないよ。大学いっているときとか、だたのお買い物のときとか。咲花ちゃん、ぼーっとしているときあるでしょ」

 大学の講義中に眠くなるのは、咲花のせいだけではない。つまらない話を抑揚のない声で話し続ける教授にも、毎晩のように夢枕にたって睡眠を妨害してくるレイくんにも責任はあると思う。


「ぼーっとしているときに、悪いものが近づいてきたらどうするの??」

「大丈夫だって。何かあったら、自分で除霊すればいんでしょ~」

 普通に生活していて、霊的に危ない目に遭うなんて考えられなかった。

「そんな簡単なことじゃないよ。無防備な咲花ちゃんは、僕が守ってあげるから、危ないときに教えてあげられる何かが欲しいんだよね。

 ん~、例えば、鈴みたいな」

 出会ったばかりのころは、肩にのし掛かるという方法をとっていたが、それでは咲花の体調を悪くすると気がついたらしい。実際、肩凝りが酷くなりすぎて、頭痛が頻発していた。


 レイくんとの会話は不便だ。夢の中でしか会話ができない。

 鈴を用意することができるのは、一番速くても翌朝。普通の夢と同じように忘れてしまわないことだけが救いだ。

 咲花特製の、霊が見えるようになる蝋燭を使えば会話ができるのだが、作るのに12時間ほどかかり、効果は3分ほど。ちょっとした会話に用いるにはもったいない。




「ねぇ、咲花ちゃん。あの鈴は、ちょっとなぁ~」

 昨晩言われたとおりに、家にあるキーホルダーの中で、鈴のついているものをリュックにつけたおいたのだが、レイくんはお気に召さなかったようだ。

「黒じゃん。銀か、白ならいいよ」

 黒猫のぬいぐるみについていた鈴は、黒く着色されていた。

「白~?? は無理。銀ならあるかも」

 緑色のデフォルメした犬という、いつ買ったのかもわからないキーホルダーを思い浮かべる。

「できれば、もうちょっと大きい方がいいんだけど」

「え~。無いかも……」

「じゃあ、それでいいけど、ちゃんと気づいてよ~」

 「うん」と返事をしながらも、レイくんが言うような危ないことなど起きないと思っていた。




「ふわぁぁぁぁ~」

 でてしまったあくびに、慌てて口を押さえる。

 スマホをみると、講義開始の二分前。親友の明美なら、余裕をもって到着している時間だ。


『おはよ~。体調不良?』

 一応メッセージを送っておく。「焦った~」っていいながら、現れるんじゃないかと思っていたのに、教授が来ても、黒板に向かって講義を開始しても、来る気配がない。

 何度もメッセージアプリを開いて確認したが、既読になることもなかった。

「おっかしいなぁ~」

 寝坊して授業をサボるようなタイプじゃないのに……。

 『どうした~?』とか、『大丈夫?』とか、メッセージを送ってから、休むって聞いてたっけ?と、履歴を遡っていく。


 数日前まで遡ると、たわいもない会話の中に気になるものを見つけた。

『占いに行かない?』


 たしか、若い女性の間で話題になっている占い師さんのところに行こうと誘われたのだ。その占い師は、自身のことを霊能力者だといい、人のオーラが見えるらしい。人によって、オーラの色は違っていて、オーラの色で占ってくれるという。


 たしか、赤いオーラは、情熱的。成功をつかむ前兆。

 青いオーラは、冷静沈着。危険を避けることができる。

 桃色のオーラは、人に好かれる。恋の予感。

 

 他の色も解説されていたが、色のイメージそのままだなと思ってしまった。


 それが原因で、誘いを断ったわけではない。

 多少胡散臭くても、親友との楽しい時間が過ごせるのなら、構わなかった。しかし、咲花にはレイくんが取り憑いている。自称霊能力者といえども、本当に見えてしまうかもしれない危険は犯せないと、誘いを断ってしまった。


 明美は、昨日、その占いに行ったはず。


 なにかショックなことでも言われてしまったのかと、心配になりながらその日の授業を終えると、明美のアパートに向かった。




 ピンポーン


 返事がない。

「いないのかな?」

 リンリンリンリン


 ピンポーン


「いないなぁ~」


 リリリン、リリン、リリリリリン!!


 鈴の鳴る音に、心臓が飛び出るかと思った。


 リリリリン!! リリン!! リリリリ・・

「わかった。わかった!」


 レイくんが何かを訴えている。危険を知らせてくれると言っていたし、この場から離れろってことかもしれないけれど、明美を放ってはおけない。


 ピンポーン


 やっぱり誰もでない。

 意を決して、ドアノブを押し下げて玄関扉を開くと、ガチャリと音を立てて開いた。

 黒く見える禍々しい空気が、隙間からブワッと押し寄せる。

 怯みそうになったが、一気に開いた。


「明里~」

 そっと呼んでみるが、反応はない。

 玄関には、明美がよく履いているスニーカーが脱ぎ散らかされていた。

「明美~」

 中に入って、つま先立ちで覗くと座り込んでいる背中が見えた。

 ガクッと首を折り曲げて、ユラユラと揺れている。

「明美~。入るよ~」


 リリリリ、リリリリン!


 急いでリュックを下ろして、中をゴソゴソと探る。

 水晶の数珠を取り出すと、手に持った。蝋燭も取り出すと、火をつける。

 暖かいオレンジ色の炎に照らされて、険しい顔をしたレイくんが浮かび上がった。

 柔らかそうな茶髪に、焦げ茶の瞳。

 イケメンで、しかも優しい。

 霊じゃなければいいのにと、最近は思ってしまう。


「咲花ちゃん、一応気を付けて」

 レイくんは、咲花の肩に優しく触れて、部屋の奥に鋭い視線を向けていた。


「明美~。大丈夫~??」

 短い呼吸を繰り返す明美に声をかける。

 部屋の中を見回すが、前に来たときの変わっていない気がする。

「なんにもいないね」

 先ほどまでの厳しい表情が嘘だったかのように、穏やかな表情で咲花を見つめていた。

「逃げたよ。俺と咲花ちゃんをみて」


 明美の呼吸が寝息になっていた。

 窓を開けて空気を入れ替える。

 明美を起こさないように注意して、水晶の数珠を両手で包むようにしてもち、祈りを捧げた。


「明美~。起きて~」

「ん~」

 揺すって起こすと、隈ができた顔で、咲花を見上げた。

「咲花?? あれ?」

「学校来ないから、心配してきちゃった」

「えぇ?? 今、何時??」

「えっと、4時ちょっと過ぎ……」

「あぁ~!! バイト!!」

 跳ね起きようとして、ふらついた明美を支える。

「今日は休みな~」

「頭、クラクラする~」


 弱々しい声で体調不良の連絡をするのを待ってから、優しく尋ねる。

「何があったの?」

「えっと………。

 昨日は、放課後、玲奈と琴美と占いに行ったんだよね。

 その帰りから、よくわからない……。気がついたら、今っていうか……。

 玲奈と琴美は学校に来てた??」

 意識がハッキリしない状態でも、家にたどり着いてよかったと胸を撫で下ろす。

「二人とも、授業来てたよ」

「そっか。私だけ……」

「なんか、明美だけ違ったこと、起きなかった?」

「えっとねぇ~。玲奈は、桃色のオーラで彼氏ができるって言われてて、琴美は青いオーラで、このままよく考えているといいみたいなこと言われてたな~」

 玲奈は恋ばなが好きな子で、彼氏が欲しい~って言っているのを聞いたこともある。琴美は、落ち着いた子だ。見た目、そのままのオーラ……と思ったが、敢えて口にはしなかった。

「私も桃色って言われたの。でも玲奈みたいに好きな人もいないし、ほんとに桃色? って思っていたら、桃色だけど、彼氏ができるのは、まだ先だって。

 あっ!! それで、特別に私だけお守りをくれるって」

 ポケットをあさって、親指くらいの黒い小石を取り出した。

 玄関を開けたときの禍々しい気配が、その石からもしている。

「これって……」

 小石を凝視して手を合わせている咲花を、怖々と見ている。

「ヤバイやつ?」

 神妙に頷くと、

「どうしたらいいんだろ~??」

 頭を抱えるように項垂れる。

「処分しようか?」

「でも咲花に迷惑かかる……。

 そういえば、咲花って、バイトそういう関係だっけ?

 巫女さんみたいな?」

 ちょっとどころか、全然違うけど、説明するのが面倒で、

「そんなところ」

と答えていた。

 「じゃあ、お願いする」と疲れた表情をする明美から小石を受け取ると、ゆっくり休むように言って部屋を後にした。


 やっぱりこの小石、嫌な気配がする。

 建物を出てすぐに、リュックに忍ばせていたお札で包んだ。




 師匠の家には、夕飯ができるいい匂いが漂っていた。

 あまり見ないといっていたテレビがついているので、ついつい画面を注視する。


・・・女性の自殺が増えているようでして、

 昨日まで元気だったのに、急に命をたってしまうらしいですよ。

 小石を使ったおまじないが流行っているとも聞きますし、

 悩みがあるときは、まずは人に相談することですね・・・


 小石………。

 まさか!!


 お札に包まれたものを取り出す。

「咲花さん。まさか……」

「お友だちから、預かってきたんです」

 師匠は塩やお水を持ってきて、そっとお札を剥がしていくと、小石を丁寧に取り出して、お払いをしてくれた。

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