1-2 洞窟の贄②

 年齢は伊織と同じく十代後半か。

 カスタードとホイップを混ぜ合わせたようなハイトーンブロンドを、高めのポニーテールにまとめ上げ、ピチピチにフィットした黒革のライダースーツを着ている。

 女性らしい膨らみが丸わかりなプロポーションに、男なら誰しも見惚れてしまうところだが――伊織の目が釘付けになったのは、少女の肩に担がれた武骨な銃器。木目と鋼鉄でできたライフル銃は、暗い洞窟で威圧的な光を放っている。


 どこぞの女性ライダーが、狩猟ライフル片手に小動物ハンティング? 

 もしかしてその小動物って……僕じゃないよね!?


 大きな淡褐色ヘーゼルの瞳を一際ひときわ大きく見開いて、女の子は興味津々に伊織を見つめてくる。

 希少な野生動物にでもなった気分の伊織は、身震いと同時に目線を逸らしてしまった。

 昔から、知らない人にまじまじと見られるのは苦手だった。

 転べば折れそうな細い体躯と、日陰ばかりにいた生白い肌を咎められている気がして、どうしても気後れを感じてしまう。


「その黒髪黒目……あなた、東方の旅人エトランゼよね!? どうしてこんなところにいるの?」

「えと……らんぜ?」

「そう、エトランゼ。で、いいのよね?」


 可愛らしく小首を傾げた金髪少女は、流暢な日本語で念を押す。

 言葉が通じるのは助かるが、外国人特有の聴き馴染みない単語チョイスに一瞬考えこんでしまう。エトランゼって確か、異郷人って意味だよな……って事は、ここはもしかして外国!?

 とにかく僕は、彼女のハンティング対象ではなさそうだ。ならばこちらからガール・ハンティングを……って違う! この訳の分からない状況から、助けてもらうしかない!


「あの、僕にも何が何だかさっぱりで……目が覚めたらここにいて。何も覚えてなくて」

「そう……きっとあなたも騙されて、生贄としてここに連れてこられたのね。可哀想に」


 騙された? いけにえ? 

 十七歳高校生男子に、そんなアウトローな事情もなければ心当たりもない。ついでに言えば記憶もないから、ないとも言い切れないけれど。


 否定も肯定もせずただきょとんとする伊織に、金髪少女は憐憫の眼差しを送ってくる。ライフルなんて物騒なモノ持ってるから最初は警戒したけど、どうやら同情してくれてるようだ。

 ならばと、伊織は矢継ぎ早に質問を投げつける。


「あの、君は誰? 生贄ってどういう事? 騙されたって、誰に? そもそもここはどこで、君は一体誰なんだっ!?」

「どうどう、慌てないで~。質問がループしちゃってるよ~。まずはひとつずつ、名前からね。あたしはロッティ、あなたは?」


 自己紹介と共に差し出された右手に、伊織もおずおずと右手を伸ばし握手する。


「伊織です。垂石伊織」

「イオリ……東洋の名前は馴染みがないけど、口にすると響きが素敵ね」

「あ、ありがとう。それであの、ここは――」


 伊織が握手を解こうとした瞬間、不意に右手が引っ張られ、両手でガシッと捕まえられる。

 恐怖と思春期で心臓を打ち鳴らす男子高校生だったが……ロッティは品定めでもするかのように、あらゆる角度から伊織の右手を観察している。


「伊織はピアノを弾くの?」

「え?」

「ピアノ。弾けるんでしょ?」

「え、あ、うん……少しは」

「やっぱりそうだよね! だって伊織の手って男の人なのに繊細で、こんなに節くれだってるんだもん! 長年ピアノを弾いていないとこういう手にはならない。すごいね!」


 屈託のない笑顔を浮かべるロッティ。思春期の鼓動はすっかり鳴りを潜め、伊織は苦笑いしつつ右手を引っ込めた。

 左手は強く握って背中に隠し、落胆は胸の内に押し留めて。


 そんな簡単に、分かってしまうものなのか。この手が今まで、鍵盤を叩く事しかしてこなかった事を。


 好意で褒めてくれてるのは理解してる。でも、とても誇らしい気分にはなれない。

 それに……そもそも今はそれどころじゃない!


「それよりここは――」

「もしかして、オンサ持ってる?」

「オン、サ?」


 またも耳馴染みない単語に出鼻を挫かれる。オンサって……楽器の調律に使う、音叉? 今どき調律なんてデジタルが主流だし、部屋着のスウェット上下でそんなの持ってるわけがない。


 そう言おうとした瞬間、頭に強烈なフラッシュバックが差し込まれた。

 衝撃で倒れそうになったところを、ロッティが慌てて身体を支えてくれる。


「ちょっ! 大丈夫?」

「あ、うん……」


 突然電源の付いた、思考のモニタ。映し出されたのは――さっき見た千里の泣き顔。

 妹が手に持つ二又の金属棒……あれは音叉だ。


 千里は泣きながら何かを訴えかけてくるけど、何を言ってるかは分からない。なぜなら思考のモニタから、ショパン練習曲エチュード『別れの曲』が大音量で流れてくるから。


「ホントに大丈夫? まさか音叉の事まで忘れちゃったの? これよこれ。ポーラの名産よ?」


 ロッティは肩に担いだライフル銃を手に取ると、ストックを地面に立て、その先端を伊織に見せた。

 銃口には二又に屹立する金属棒――音叉が嵌め込まれていた。

 その近くには小さなゴム製の叩き棒も装備されていて、トリガーを引くとゴムハンマーが音叉を叩き、音を鳴らす仕組みになっている。


 伊織は狐につままれたような顔で、音叉が飛び出た銃口をじっと見つめた。

 ピストル型ライターってのは聞いた事があるけど、これは……ライフル型の音叉?


「そうそう。次の質問は、ここはどこだーっ!? だったよね。ここはポーラ公国ソハチェフ領邦の片田舎、ジェラゾヴェイ村。この洞窟はジェラゾヴェイの森の中にあって、昔から竜の住処として知られているの」

「りゅう?」

「そう、竜。ドラッゴォォン」


 ゴオオォォン。


 ロッティのおちゃらけ声と大地震わす重低音が、ハーモニーを奏でる。

 何事かと外の森を振り向くと、洞窟の入口を覆い尽くすほどの巨大なシルエット……巨大な竜が! こっちに向かって歩いてくる!?

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