第16話 出立

 俺がライク・ハルトマンの従者として侯爵家で過ごすようになって一ヶ月後。ついに、ライク主導のダンジョン討滅作戦に参加することになった。


 この間に、父さんが怪我から復帰し、俺が侯爵家の長男の従者なんていう栄誉ある職を手に入れたことを知って滂沱の涙を流したり……何の話し合いもなく、俺とティルティが揃って侯爵家で過ごすことを決定してしまったことについて、母さんが手紙で激怒したりと、まあそれなりに色んなことがあったけど……今ではそれらの騒動も収まり、落ち着いた日々を送っている。


 だからこそ、討滅作戦については誰にも話していない。ただ、近々大きな仕事があって、それが終われば一旦レンジャー家に帰れるだろうって話をしただけだ。


 まあ、たった十歳でダンジョンに乗り込むなんて、普通はしないしな。母さんやティルティに反対されるのは目に見えてるし、わざわざ言わないよ。


 ライクもそれは同じなのか、家臣の誰にも……シルリアにも話していないらしい。


「それで……ここにいるのが、ライクの動かせる全戦力ってこと?」


「まあ、そうなるね」


 この一ヶ月である程度打ち解け、公の場でなければタメ口で話すようになった俺の疑問に、ライクは困り顔で答える。


 ライク自身に、戦闘力はない。これはゲーム通りで驚きはない。


 けど……そんなライクが率いる戦力が、俺以外には騎士三人だけっていうのは……少なすぎないか?


「僕が集めた情報では、あまり強力な魔獣はいないはずだから、この戦力でも大丈夫だろう。君抜きでも何とかなるくらいだと見込んでいる」


「そういうことだ、あまり心配するなよ、坊主。腰抜かしても守ってやっから」


 ポンポン、と頭を撫でるのは、この三人の騎士の中では一番年配の男だ。


 顔に大きな傷のある老騎士で、名前はアイン。俺が参加した訓練の時は不在だったからか、俺のことを戦力としてはあまり見てない感じがする。


「アインさん、あまり甘く見ない方がいいですよ。その子、魔法も使えないのにとんでもなく強いですから」


 逆に、俺の訓練の様子を見ていた若い騎士……ツヴァイは、若干畏怖の籠った目で俺を見ていた。


 ちゃんと戦力として見られてるのは、素直に嬉しいな。アインさんは半信半疑って感じだけど。


 そして、最後の一人……ドライって名前の騎士は……。


「…………」


 ひたすら無言で、影のようにそこに立っていた。


 いや、何か喋れよ。


「それでは、出発しよう」


 まだ陽も昇りきらない早朝に、俺達は馬車に乗って移動する。


 ……何となく、誰かに見られてるような気配がするけど……嫌な感じはしないから、放置でいいか?


 ともあれ、俺達がこれから向かうのは、ハルトマン侯爵領の辺境にある、あまり人の手が入っていない山の中だ。ここにダンジョンが発生しているらしい。


 本来、ダンジョンを見付けたら可能な限り早くそれを討滅するべしとされているんだが、ここは人里からも離れているせいでしばらく放置されているらしい。


 ダンジョンから出てくる魔獣も弱いゴブリンばかりなので、手が空いたら対処しようって感じで忘れられかけてるみたいだな。


 侯爵家くらいの規模になると、討滅しなきゃいけないダンジョンの数もそれなりになるので、小さなものは後回しにされがちなんだってさ。


「だが、たとえ小さくともダンジョンはダンジョンだ。それを討滅することで、僕が“僕自身の地盤”を築く足掛かりとする」


 と、これが計画のあらましだそうだ。


 大したダンジョンじゃないと繰り返し言っているけど、やっぱり戦闘力ゼロで戦場に出るのは不安なのか、少し手が震えている。


「……可笑しいだろう? 侯爵家を我が物にしようなんて企んでおきながら、たかがゴブリンの巣一つ攻め落とすにもこのザマだ」


「可笑しくなんてないだろ。むしろ、何の力もないのにどうしようもない現状を変えようと命まで張ってるんだ、素直に尊敬するよ」


 俺がそう伝えると、ライクは虚を突かれたような顔になる。


 ……まさか本当に俺が爆笑するとでも思ってたんだろうか。だとしたらショックなんだけど。


「俺は剣があったから強くなれたけど、そうじゃなければ魔法も使えない体だ。そうなった時、ライクと同じように立ち上がれたかは分からない。だから、お前は凄いよ、ライク」


 そもそも、俺は転生者として前世を生きた経験と知識を取り戻したから、本来の十歳児としての精神年齢じゃなくなってる。


 でも、ライクは正真正銘の十歳だ。そんなこいつが、力もないのに戦場に立とうとしてるのに、それを笑うことなんて出来るはずがない。


「今の俺はお前の従者、お前の剣だ。お前の目的のために、自信を持って振ればいい。切れ味は保証してやるよ。……あ、ティルティや父さん達に迷惑かけない範囲でな? それだけは許さんから」


「ふっ、ははは……!」


 俺が一応と思って念押ししていると、ライクが笑い出した。


 大事なことだぞと憤慨する俺に、ライクはそうじゃないんだと手を振ってみせる。


「僕にそんなことを言ってくれたのは君が初めてだよ。ありがとう、ソルド。君を従者に選んで良かった」


「おう、そうか?」


 まだ一度も働いてないのに、その評価は早いんじゃないか? と思わなくもないけど、褒めてくれてるんだから素直に受け取っておこう。


 そんな感じで、話をしながら進むこと半日。ついに、俺達は目的のダンジョンに辿り着いた。


 正確には、ダンジョンがある山の麓にある村に、だけど。


「さて、それじゃあ改めて……みんな。僕のため、侯爵家の未来のために、力を貸して欲しい」


 出発した直後は緊張しきりだったライクも、ここに来るまでで改めて覚悟が決まったのか、良い感じに肩の力が抜けている。


 十歳の子供が先導する奇妙な騎士集団として、村人達の奇異の視線を集めながら……ライクは宣言した。


「これより、ダンジョン討滅作戦を開始する」

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