第9話 港町観光

 鍛冶屋を後にした俺達は、剣が出来上がるまでの数日間、ガストの町を観光していくことになった。


 店を出てから、なぜかちょっとティルティがご機嫌斜めだったけど。


「もう、兄さんはあの子にちょっと甘すぎると思います! あの子、結局最後まで兄さんに対する口調を改めませんでしたし!」


「あー……まあ、腕が良ければなんでもいいよ、あの子がどうかは知らないけど」


 レンジャー家は貴族だけど、その中でも下も下、ほぼ平民と変わらない男爵位だ。


 ティルティは真面目に礼儀作法を覚えたし、俺もいずれは社交界とかに出るのかもしれないけど……そもそも、呼ばれる機会自体ほとんどない。あって数合わせだ。


 そんなだから、正直フレイの言葉遣いとかあんまり気にならなかったんだよなぁ。


 まあ、鍛治仕事なんて子供に出来るのか? って疑問はあるけど……ここは魔法がある世界だし、何とかなるんだろう。俺だって魔法もなしに剣を使えてるわけだし。


「兄さんは私の兄さんなんです、どこにも行ったらダメですからね!」


「お、おう? そりゃあどこにも行かないけど……」


 ティルティが何を気にしてるのかよく分からなくて首を傾げると、父さんは「やっぱり血は争えないか……」と何やら感慨深そうに呟いてる。


 本当に何の話だ??


「まあいい、とりあえずどこかで飯でも食べるとするか、ここの海鮮は天下一品らしいからな」


「そうなんだ、父さん良いお店知ってるの?」


「いや知らん。こういうのは一期一会だ、勘でいいんだよ」


「ははは……」


 適当だなぁ、と思いつつ、レンジャー領ではあまり味わえない海鮮料理は素直に楽しみなので、ティルティと二人でワクワクしながら歩いていく。


 やがて、父さんが「ここだ!」と決めた店に入っていくと……早速、悲鳴によるお出迎えがあった。


「いででででで!? 何しやがるこのクソガキ……ってぎゃあああ!! 折れるぅぅぅ!?」


「ここは私のお店……無銭飲食。犯罪。許すまじ」


「いや、てめえはただの客であって、ここはてめえの店じゃ……」


「えいっ」


「うぎゃああああ!?」


 ボキッ、っていうちょっとティルティに聞かせるには刺激が強すぎる音がしたけど……それをしているのは、緑色の髪を後ろで括った、まだ幼い女の子だった。


 歳は俺やティルティと同じくらい。動きやすいシャツに丈の短いスカートという出で立ちで、熊のような大男を組み伏せている光景はめちゃくちゃ現実離れしてる。


 話の内容からして、多分この男が食い逃げしようとしてたんだろうなぁ……とは思うけど。


 しかし……。


「どっかで見た事あるな……この子……」


 なんだっけ? 既視感があるってことは、ゲームで出てきたんだと思うけど……重要キャラにこんな可愛い子がいたら忘れないだろうしなぁ。うーん。


「……ん」


 悩んでいると、女の子が俺達の方を見た。


 しばし、時が止まったかのように、見つめ合い……やがて、女の子は足元の男を店の隅っこへ蹴り飛ばす。


「ふげっ!?」


「ようこそ。歓迎する。座って」


「そ、そうですか……」


 あまりにも暴力的な光景を見た直後だから、父さんが敬語になりながらいそいそとテーブルに着いてる。


 仕方ないので、俺もティルティの手を引いて父さんの隣に腰を降ろした。


「……店選びを間違えた。ちゃんと調べるべきだったよ」


「店選びは一期一会なんじゃないの?」


 早速前言を翻す父さんに、思わずツッコミを入れる。


 そうしていると、今度こそちゃんと店員さんらしきウェイトレスがやって来た。


「来て早々騒がしくして申し訳ありません、こちらサービスです〜」


「ありがとうございます。……あれ、よくあるんですか?」


「そうですね、最近は特に治安が悪いですから」


 迷惑料代わりに出されたナッツを齧りながら尋ねると、慣れた様子でそんな答えが返ってきた。


 ここは貿易で栄えた町。異国人や遠い街からやって来た人もたくさんいるし、金の匂いに釣られて犯罪者だって集まるので、どうしてもこういうことはあるらしい。


 しかも、ここ最近は率先して取り締まるべき侯爵家が少しお家騒動中とのことで、益々犯罪が蔓延っているんだと。何やってるんだか。


「でもこういう時、大体あの子が盗人を捕まえてくれるんですよー。お金がなくても身ぐるみを剥げばある程度補填は出来るので助かってます」


「そ、そうなんですか……」


 うん、流石は封建社会、犯罪者から身ぐるみを剥いでも怒られないらしい。


 ティルティの教育に悪い……いや、こういう世界なんだから、むしろちゃんと知っておいた方がいいのか? どうなんだろう?


「私の話?」


「あ、シルリアちゃん。ええ、シルリアちゃんがただの暴力的な子じゃないんだってところを教えてあげてるの」


 へー、とさして興味のなさそうな、ボーッとした表情で呟くその子は、シルリアというらしい。


 シルリア、シルリア……あ、思い出した! この子、ゲームが始まった直後に、戦闘システムやら学園施設の説明をしてくれる子だ。通称、チュートリアル娘。


 チュートリアル以降は関わることもないから忘れてたけど、まさかこんなところで出会うことになるとは……。


「……あれ?」


「ん、どしたの?」


「ああいや、なんでもない」


 ……よく考えたらこの子、貴族学園の生徒としてヒロインを案内する立場なんだから、貴族なんじゃないか?


 それなのに、平民みたいな顔してこんなところにいるけど……お忍びなのか、他人の空似か、どっちだろう?


 そして……仮にこの子がお忍びでここに来てるんだとしたら、ハルトマン侯爵家の人間だったりする……? だとしたら、あの攻略対象キャラの妹ってことになるのか……?


 あの、名前もないのにやたらと存在だけは仄めかされていた、とあるイベントのキーキャラクターってことに。


「……まあいいか」


 もし仮にそうだとして、身分を隠してここにいるのをわざわざ暴き立てる必要も無いし、そもそも俺の方から積極的に攻略対象キャラの男達に関わる理由もない。


 今は何も知らなかったことにして、素直にここの食事を楽しむとしよう。


「シルリア……さん? 俺達ここに来るのは初めてなんだ、何かオススメはある?」


「シルリアでいい。オススメ、バトルアンコウのムニエル、海鮮サラダ。美味しい、毎日食べてる」


 ほとんど単語だけで話す独特の口調、かつ無表情というちょっと変わった子だけど、本気でオススメしてくれてるのはその所作からでも十分に読み取れる。


 分かりづらいのに分かりやすいという、何とも奇妙な状況に苦笑しつつ、俺は店員さんに向き直った。


「それじゃあ、それでお願いします。ティルティはどうする?」


「私は兄さんと同じものがいいです!」


「そうか、分かった。父さんは?」


「じゃあ、俺もそれで……」


「それじゃあ、全員同じものを」


 未だにシルリアの暴挙にびびっている様子の父さんに代わり、俺が注文を済ませる。


 後は料理が来るのを待つばかり。せっかくだからシルリアともう少し話してみようか……なんて考えていると、先程食い逃げをしようとして隅っこに蹴り飛ばされていた男から、不穏な視線を感じた。


「……?」


 散々ボコッていたシルリアが恨まれるなら分かるけど、どうしてあいつはこっちを見ているのか分からなくて困惑する。


 いや……この感じ、あいつが見てるのは俺というより……ティルティ……?


「……兄さん、どうかしましたか?」


「いや、何でもないよ。料理、楽しみだな」


「はい!」


 何だか妙な胸騒ぎを覚えながらも、俺はひとまず食事の時間を楽しむべく、その視線に気付かないフリをするのだった。


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