第2話 プラスチックガール

 始業式は、一限目の時間を使って体育館にて行われる。こういう式は基本的にサボるタイプなのだが、表彰があるとそうもいかない。何より川瀬先生に先手を打たれてしまってるのが厄介。あの人、もし俺がサボったらロメロスペシャルとかしてくるぞ。


 くそだりぃ――――。

 

 というかそもそも始業式って何。校長が喋って、生徒指導が文句つけるだけじゃん。

 日本人学生のいらない風習ランキング第五位くらいに入るんじゃないの? ちなみに第一位はぶっちぎりで「三年生ゼロ学期理論」。二年生の三学期になると教師が使いたがるフレーズだ。


 学生に限らず、日本って謎な風習多いよなぁ……。

 ハンコを押す角度とか、飲み会で座る場所とか、そんなのどうでもいいから。そんなことで業績も生産性も上がらんし、仕事しろ仕事。

 あと、ノックの回数なんて知らねぇよ。部屋に入る意志が伝わればなんでもいいだろ。ドア蹴って開けてるわけじゃないんだから、なんでもいいじゃない……。


 始業式に興味がもたれていないのは、周りを見れば一目瞭然。お利口さんしているのはこの春入学してきた新一年生くらいで、二年生三年生は小声でおしゃべりに興じている。

 スマホをいじっているやからも数人見受けられるが、式をぶち壊したり、風紀を乱したりするようなマネはしていないので教師陣も黙認しているのだろう。


 俺を含む表彰を受ける生徒はステージに上がりやすいように端の方に集められている。そのすぐそばで何人もの教師たちが立っているので、さすがにスマホをいじるようなことはできない。さすがにそんな度胸はない。

 

 俺は体育館の壁にもたれかかって、ただただ式が終わるのを待っていた。さして意味もなくステージの上を見ていると俺の視界のすみっこで、もぞもぞ動いて近寄ってくる影がひとつ。その影は俺の隣で動きを止める。


「よ、小鳥遊たかなしくん」


 茶髪のボブヘアーで切れ長の大きな目。シャツは第二ボタンまで外れており、リボンも緩い。

 ブレザーの下には紺色のカーディガンを着ていて、余ったそでが指の付け根までを覆っていた。いわゆる萌え袖というやつ。


 星宮ほしみやつゆり。底なしに明るいポジティブな性格と、そのルックスから男女問わず好かれている人気者。俺とはちょっと特殊な、特別な仲。


「ん、おはよう星宮」


 あいさつを返すと星宮ははにかんで、俺の隣で体育座りをする。


「小鳥遊くん、今日の放課後って暇? どうせ暇か」


「悪かったな、暇で」

 

 今日は特にやることもないので断る理由がない。なんならやることがあったとしてもそれをばっくれて行くほどの価値がある。それが星宮つゆりブランド。


「仙台駅に新しいカフェできたの。見てよこれ、パンケーキ超ふわっふわなの。食べたい」


 星宮は自身のスマホでインスタに投稿された写真を見せつけてくる。

 いかにも『映え~』な分厚いパンケーキ。上には丁寧にカットされたいちごと、それを覆いかぶさんとばかりの生クリーム。

 

「行ってもいいけど奢らないぞ」


「一緒に来てくれるだけでいいから」


「ああ、そう……」


 ため息を吐いて座り直すと、星宮は不服そうに目をしかめる。


「私とデートに行けるのにそんな嫌そうな顔するのは小鳥遊くんくらいだよ」


「お前と一緒だと目立つからな」


 星宮と一緒に街を歩くと、平均して五人には声を掛けられる。基本ナンパが多いがスカウトの時もあった。一番やばかったのはアダルトなビデオ制作会社の名刺を渡された時だろう。星宮は何の会社か理解していなかったため、その名刺は俺が完膚なきまでに破いて捨てた。


「君、人のこと言えないでしょ。街歩いてるだけで握手求められるとか、マジ何者だよって感じ」


「あれは違うんだよ……。まじで」


 料理の大会で優勝したら、たまたま雑誌と地方新聞に取り上げられて、さらにたまたまそれの読者に会っただけのこと。優勝したこと以外は偶然に過ぎないのだ。優勝は必然。正直、悪い気はしなかった。料理の腕で認知されるのはいいっすね!


「まあいいや。とりあえず今日の放課後は空けといてね。昇降口集合で。青春をエンジョイしちゃおう!」


 星宮がこぶしを天に突き上げると、頭にすぱこんと軽めの衝撃が走る。星宮も同じだったようで、「あう」と声を漏らしていた。

 殺気の感じる方へ振り向くと、来賓らいひん用スリッパを両手に持った川瀬先生が立っていた。


「お前ら、次うるさくしたら放課後、デートの前にトイレ掃除の刑だからな」


「「すいませんでした」」


 星宮が悪いんだもん! と思いながらも川瀬先生の圧の前に屈するのだった。


 ……あと、デートそのものを止めようとしないところに、川瀬先生の優しさを感じました。



◆◇◆◇◆



 星宮隣り合わせで正座をしているうちに始業式は終盤を迎えた。残るは最後のプログラムである表彰式。春休み中に受賞した生徒へ賞状が授与される。


 何人かの表彰が終わった後。


「えー、『全国料理コンテスト』料理部門金賞、星宮ほしみやつゆり」


「はいはーい!」


 元気よく返事をした星宮がステージに上り、校長の前に歩いていく。彼女はブラジリアンワックスするレベルで心臓の毛が剛毛なので、緊張は一切していない様子。


「はい、おめでとう」


 星宮には校長から、賞状と副賞の片手サイズのトロフィーが手渡された。


「星宮さんおめでとー!」


「さすが星宮さん!」


「愛してるぜ星宮ー!」


「いよっ! わが校の星っ! 未来のシェフ!」


 今まで式に無関心だった生徒たちのボルテージが一気に上がる。誰かが言い出した声が伝播でんぱし、「ほーしみやっ!ほーしみやっ!」と星宮コールが巻き起こる。

 教頭がマイクで静かにするように呼びかけるが、そんな程度では止まらない。星宮ブランドえげつない。星宮やばい。ほしみやばい。


 星宮は軽くお辞儀をして、ステージ下にいる一般生徒に大きく手を振るとステージを降りた。わーお、ファンサ助かるー。


 星宮がステージを降りても、星宮コールが止むことはなかった。教頭と校長は黙らせるのを諦めたのか、次の賞状を読み上げる。


「同じく『全国料理コンテスト』スイーツ部門金賞、小鳥遊たかなし夜接よつぎ


 校長が賞状を読み上げた瞬間、エンドレスに続いていた星宮コールがんで、空気が冷えたものになる。その冷めきった空気の中、俺はステージを上がる階段に足をかけた。

 すると聞こえてくるのは男子共の声。ひそひそと、でもわざと俺に聞こえるように。


「チッ」


「はい死ねー」


「んだよ、またお前かよ」


「しょーもな」


 ………………………………………………ッス――――――。


 六根清浄ろっこんしょうじょう。言いたいことは色々あるが、全てを飲み込んだ。


「………………ふへっ」


 にへっと不格好に口角を上げると、校長は苦笑いしながらも俺に賞状とトロフィーを差し出した。


「お、おめでとう……」


「うす」


 言われっぱなしなのはしゃくだし、ここは星宮にならって俺もひとつファンサしとくかな。

 賞状とトロフィーを無理矢理片手で持って、もう一方の腕をフリーにする。

 人差し指と中指を、魔貫光殺砲まかんこうさっぽうの形にして口元へ。気を指先に集中させる。

 くらえモブ共、これが俺の必殺技。


「ちゅっ!」


 伝家の宝刀、投げキッス。これをくらって正気を保てた者は未だこの世に存在しない(俺調べ)。


 水を打ったように静まり返る体育館。だがコンマ数秒も満たない時間で喧騒を作り上げる。


「調子乗んな!」


「料理しか取り柄ないくせに!」


「やめろー!」


「ぶーぶー!」


「死んどけカス!」


「かーえーれ!かーえーれ!土にかーえーれ!」


 星宮のときのような大声で罵声ばせいが飛び交う。

 再び教頭が事態の収拾を図るが、青春真っ盛りの高校生たちには聞こえちゃいない。ドンマイ教頭。


 ふっ。ここまで会場を盛り上げられたなら、俺は満足。


 ほくほくの気分でステージを降りると、星宮が体育館のすみっこで胡坐あぐらをかきながらケタケタと笑っている。ぽんぽんと自身の隣の床を叩くので、そこに腰掛けた。


「小鳥遊くんってメンタル強いねぇ。やるじゃん」


 星宮はひじで俺の脇腹を軽く小突いてくる。


「騒ぐってことは俺がすごいってことだからな。別に悪い気はしないさ」


 事実、俺はすごい。何がすごいって超すごい。

 朝早く起きれるし、ごはんは残さず食べるし、あいさつもしっかりできる。

 ……ふぇぇ。俺のすごいところ、小学生すぎるよぉ……。


 俺があんまりすごくないことに気がついてしまったので、それから目を逸らさんと言葉を繫ぐ。


「星宮は相変わらずの人気っぷりだな」


「そりゃ、私は天下無双のプラスチックガールですから」


 腰に手を当て、むふーと胸を張る星宮。なんですかそのワード。


「プラスチックガール?」


 思わず聞き返す。


「そ。すべてがプラスの女の子~」


「なんかちょっと環境に悪そうだけど、それでいいのか」


「生きてるだけで周りに影響与えられるなんて、最高じゃん」


 星宮はぐぐっと両手を持ち上げ伸びをした。

 プラスチックが環境に与える影響、だいたいマイナスなんだけどな。と言おうと思ったのだが、こいつガチでプラス思考すぎて常識が通用しないのでやめておいた。かわりに一言。


「俺と関わってる時点で、結構なマイナス補正食らってるけど」


「あっはは、たしかに~。でも、私はそれでもプラスやで!」


 星宮は右手でグーサイン。

 

 星宮としょうもない話をしているうちに他の表彰が終わり、始業式のすべてのプログラムが消化された。

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