第3話 行事

 灰色の空の下、男たちが鉄の棒にハンマーを打ちつけている。カツンカツン。あちらこちらで鳴りひびいている。

「川村さん、ちょっと下のほう支えてくれるかね」

 三木田さん――協議会の会長だ――が言った。

「はい。こうでいいですか?」

 僕は鉄の棒を地面に固定させた。

「んだんだ、感じだ」

 そう言って三木田さんは棒の頭にハンマーを打ちすえた。


 十数人で一時間ほど作業した。

 鉄の棒がずらりとならぶ様は壮観だった。田んぼのあぜ道を通り、川べりを通り、墓場まで続いているという。

 すべての棒の先端には『ダマ』と呼ばれる、油を染み込ませた布――今朝僕が見かけたものだ――がくくりつけられている。日が暮れると、そこに着火するのだ。


「火をつけるとね、きれいだよ。炎が道をバーッと照らしてね。これならご先祖さまも戻ってこれるよね」

 三木田さんは言った。

「ご先祖さま?」

「そう。彼岸の最中はこの世とあの世の境目が曖昧アイマイになるんだ。それで霊魂がこの世に帰ってくる。火をたくのは、霊魂が迷わずこの土地にたどり着けるようにするためなんだ」

「へえ、そんな意味があるんですね」


 作業後、三木田さんの家に招待された。僕は店があるので辞去しようとしたが、引き止められた。無下に断るわけにもいかず、僕はお茶一杯だけ飲んでいくことにした。


「悪いね、川村さん。店もあるのに手伝ってもらってね」

 三木田さんは言った。

「いいんです。地域に恩返しがしたいと常々思っています。我々を受け入れてもらえましたので」

「また、そういうことをいう」と三木田さんは苦笑いした。「過疎化の進む集落でよそ者だと追い返したらバチがあたる。いつもそう言ってるべよ」 


「立派だよなあ、川村さんは」と胴間声で言ったのは堂川さんのオヤジさん。「東京から夫婦で来てシャレたドーナツ屋やってよ。うちの娘にも川村さんを見習えといってるんだが、あいつ、毎日ぐーたらしやがって」


「奥さまは元気して?」

 三木田さんはたずねた。

 この土地に来たとき驚いたのは、情報伝達のスピードだ。口コミというやつだろう。僕がどこに住んでいるか、東京のどこから来たかという話が光のスピードで伝わった。

 ほかにも、いろんなことが知られていた。

 妻が寝込んでいることも、それから僕らが少年犯罪の被害者家族だということも。


「良好ですよ」と僕は言った。「まだ家で療養していますが、そのうち元気を取り戻してくれると思っています」

「そいつはよかった」


「あんなことがあったんだから、奥様も無理もねえよな」別の男性が言った。「オラも自分の子どもがあんな目にあったと思えば、立ち直れねえよ」

「んだんだ。あんまりひでえ事件だったからなあ。この世に鬼もいたもんだよなァ」そのまた別の男性が言った。

「あんた、もしよければうちで育ててる犬をやるよ。秋田犬だ。いぬ飼育かででもすりゃ、奥さんも元気戻るぞ」

「そう、こいつブリーダーやってんだ」


「シッ」とこわい声を響かせたのは三木田さんだった。眉をひそめ、にらみをきかせた。男性たちは気まずそうに僕に一瞥いちべつくれて、それからすぐに目線を下げた。


「すみませんね。滅多なことを」

「いや、あの。なんでもありませんから」

 重苦しい空気が十畳の和室にただよった。誰もがうつむき、バターもちを食べたり、番茶を飲んだりする手を止めていた。


万灯祭ばんとうさいの点火はいつごろになりますか?」

 僕は話をそらした。

「夕方ぐらいになると思う。まあ、暗くなってから。火ぃつけるときは太鼓ドンドンならすから、家いてもわかると思うよ」と三木田さん。

「テレビの音大っきいと聞こえねえかもしれないけどね。まあ、そんなのウチだけか」

 そう言って堂川さんのオヤジさんは笑った。

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