魔法戦争

蒲生 竜哉

魔法戦争

エピソード0──王立魔法軍第411衛生兵大隊、リリス・イリングワース上級曹長──

第1話:戦場看護婦

 魔法戦争。

 これはその昔、王国と隣国とが魔法の行使で争ったときのお話。

 でも政治的なお話は関係ないし、わたしもまったく興味がない。

 わたし、リリス・イリングワースは王立魔法院配下、王立魔法軍の衛生兵大隊に所属している。前線で傷を負った騎士たちを後方のキャンプまで連れ帰り、同僚に治療をお願いして再び戦場へと駆け戻るのがわたしの任務しごと


 そう。わたしは戦場看護婦だ。


+ + +


 戦場看護婦の朝は早い。

 朝の五時には起床して、ベッドと居室、それに服装を整えたのちに朝食。

 朝食は豪華だ。王室が全面的に支援してくれているおかげで、毎朝大量の食事が与えられる。トーストは食べ放題、山盛りのサラダ、それに目玉焼きとベーコン、シュニッツェル(仔牛肉や鶏肉を用いてミートハンマーで叩いて薄くし、細かいパン粉をつけて揚げたもの)。グリーンビーンズやミートボールがつくこともある。滋味たっぷりのスープは常によそい放題、これらを一時間かけてゆっくり食べて七時から訓練開始だ。

 訓練とはいっても、もっぱら内容は走ること。それも重い荷物を背負ってひたすら無駄に広い王立魔法院の敷地内をで走り続ける。

 背負った荷物の重さはフル装備の騎士の体重とほぼ同じだ。

 最初は背負っただけで潰れてしまった。それを鬼教官が肉体強化魔法で無理やり立たせる。最初は四分の一、筋力がついたらそれが半分になり、今では普通に荷物を担いで走ることができる。

 午前中は持久走の時間だ。こうやって荷物を担いでひたすら魔法院の中を周回する。たまに森に入ることもある。

 王立魔法院の敷地は無駄に広い。なにしろ面積だけなら王宮のある首都、セントラルよりも広いのだ。この敷地にはリングIワンからリングスリーまで三つの周回路が作られており、敷地をあげてわたしたち戦場看護婦を殺しに来ている。

 毎日重い背嚢を担いで五十マイル(約八十キロ)は走っているだろう。

 だが、戦場では怪我を負った騎士を背負って百マイル以上走ることもあるのだ。この程度はどうってことはない。今では息も上がらなくなったし、言われれば一晩中走り続けることもできる。

 戦場看護婦は伊達ではない。


 午後は筋力トレーニングと格闘戦の練習だ。

 筋力トレーニングでも背負った荷物は変わらない。重い背嚢を背負ったまま、腕立て伏せや腹筋運動を繰り返す。一日のノルマはそれぞれ三千回。

 おかげでと言ってはなんだがわたしは逞しい。身長こそ平均的なものの──わたしの身長は五フィート四インチ(百六十二センチ)だ──、細い身体は引き締まり腹筋は割れている。上半身は逆三角形、あまりに激しいトレーニングのおかげで胸の脂肪は落ちてしまった。でも、それで構わない。戦場で大きな胸は邪魔なだけだ。


 格闘戦の練習は騎士団と合同で行う。手加減なしの本格的なものだ。

 わたしたちは看護婦なので帯剣こそしないものの、この三年間で徹底的に体術を鍛えられた。今では歩く格闘戦兵器だ。

 片手を掴まれたらすかさず相手を地面に投げ飛ばす。剣で斬りつけられたらそれをかわし、身体を開かせてやはり地面に叩きつける。パンチ、キック、肘鉄に回し蹴り。毎回ボロボロになるまで徹底的に鍛えられた。

 掴んだ手を離す前、最後に顔面や鳩尾を踏みつけることも忘れない。相手が戦闘不能になるまで完膚なきまでに痛めつける。


 「それが看護婦のやることか」と問われたことがある。

 わたしは平然と「そうです。これが戦場看護婦です」と答えて言った。

 分厚い敵陣を突破し、最前線に突入し、行動不能になった騎士や一般兵を回収する。

 これが王立魔法院が考え出した戦場看護師という職業だ。

 魔法戦争が勃発した時よりさらに早く、北の山脈出身の実業家であるアンリ・デュナン氏が始めた『赤十字国際委員会』。王立魔法院の衛生兵軍団はその直系だ。

 もっとも、人道支援を説くアンリ・デュナン氏の理想からは微妙にズレている気がしないでもないけれど。

 白い隊服、白い看護婦帽。両手には分厚く白い革手袋をはめ、靴は魔法院謹製の耐久性が高いスネ丈の白いブーツ。胸と背中、それに左腕の腕章には大きな赤い十字が描かれている。詰襟の隊服は魔法院が開発した特殊な防刃繊維で織られているため、斬りつけられても刃が貫通することはない。

 膝丈の白い隊服に身を包み、戦場看護婦たちは最前線へと突撃する。その勇猛さは騎士団ジ・オーダーさながら。ひょっとしたら騎士団よりも勇ましいかもしれない。


 その日も重い背嚢を背負って魔法院の森の中を列をなして走っていく。息が上がってしまうようなへなちょこはわたしの部隊には存在しない。身体が一番小さなクラリスですら黙々と二百ポンドの背嚢を担いでいる。

 王立魔法軍・第411衛生兵大隊。それがわたしの部隊の正式名称だ。部隊には十人の医師、百二十人の戦場看護婦と後方支援の雑用係が百人、それに三十六頭の馬が所属している。馬たちは救急馬車を引くほか、至急の際には単独で看護婦を乗せて前線に急行する。どの子もとても穏やかな、気立ての良い馬たちだ。

 戦場での使い勝手を考えて、所属している馬たちはどの子も農耕馬だ。脚は太く、背は少し低い。見た目は鈍重だが、何よりスタミナの化け物みたいな馬ばかり。この子達は二日や三日は連続して走り続けることができる。もちろん、肉体強化魔法の支援が必要だが気力が凄い。お願いすればいつまでも走り続けてくれる。


 ちょうど昼食を摂っていた時、グレン大隊長が食堂に入ってきた。おつきの秘書官二人も一緒だ。

注目アテンション!」

 秘書官が大声で叫ぶ。

「出動だ。現在、隣国部隊が南の国境線を西から東に向けて進軍中。我々はこれを側面攻撃する。明後日〇八〇〇時より作戦開始の予定だ。411衛生兵大隊は先行する騎士団の後ろから侵撃し、これを支援する。出発は本日一五〇〇時、医師団と共に移動して戦場にキャンプを設置せよ」

 ついで大隊長から訓示。

「本作戦は殲滅戦だ。敵軍を完膚なきまでに叩き潰せ。負傷兵損耗率は三十%以下に抑えること。死者を出すことは許さん。質問は?」

「全隊出動でありますか?」

 誰かが手をあげて質問した。

「そうだ。後方部隊も含めて全隊で前線を支える。もちろん私が指揮を取る」

 大隊長がそう答える。

「リスクレベルは?」

「ミドル、と考えてもらって良い。こちらからは六千人の兵を出す。対して隣国は二千人。武装レベルは我が軍同様、剣と盾だ。隣国も魔法部隊を展開することが予想されるが、側面からの攻撃となるため我が軍の方がはるかに有利だ。411衛生兵大隊は後方にキャンプを張り、負傷兵の治療に当たる。軽傷者は治療後戦場に戻ってもらう。……他に質問は?」

「…………」

 寂として声なし。

 痩身、片腕隻眼のおっかない上司だが、わたしはグレン大隊長が嫌いではない。むしろ、好きだ。

 だが、意見が同じ女性は多くないようで、大隊長の訓示にストレートに反応する戦場看護婦の数は少なかった。

「……」

「よろしい。昼食後準備を開始せよ。馬車の使用を許可する。鳩はそれぞれの馬車に四羽同行を許可しよう。馬車で外縁部を防御し陣を張れ。明日二一〇〇時には展開完了、翌朝に備えよ。以上だ」

 同時に全員が起立し、大隊長に敬礼。

「サー。イエス、サー」


 久しぶりに戦闘が始まる。

 

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