悪魔の告白
それじゃあ、冥途の土産にわたしの過去でも聞かせてあげましょうか。
わたしは父親を知らず、母親だけに育てられて生きてきた。育てられたとは言っても、ニュースの虐待死で話題になるような親で、子供が子供を産んだタイプの典型的なクソ親だった。
母親を孕ませた父は「俺たちで一緒になって育てよう」って言っていたくせに、いざ産んだらイモを引いてどこかへ飛んだ。お陰で母親は一人になってしまった。
だけど、母はバカの極みみたいな女だった。そもそも自分のことですら満足に出来ないのに、そんな人が母親の務めを全うすることなんて土台無理な話なの。良くてネグレクト、悪いと暴力、そして虐待。それがわたしの人生だった。
母は明らかに精神異常者だった。ワンクールのドラマみたいな期間で男と付き合ってはDV、酒にギャンブルとトラブル続きで別れて、それからまた別のDV男を捕まえるっていう地獄のサイクルを繰り返していた。
結構な割合で、幼女のわたしが本当の目当てだった変態もいた。だから性的な被害もひどかった。当時は何も分かっていなかったけれど。お陰で初体験は小学校低学年の頃だった。自分が何をしているのかも分からず、ただただ痛くて泣き叫んだのをよく憶えている。
母親は近所の人とも折り合いが悪く、しょっちゅうくだらないことで衝突を起こしてはトラブルになっていた。まあ、それはその時々に付き合っていた男も関係あるんだけどね。
あまりにも母がろくでなしのせいか、善良な市民様の通報であたしは児童相談所へと預けられた。その日以来、母の顔は見ていない。わたしを失った後も、少しも反省の色は見られずに別の男とくっついては別れてを繰り返していたみたい。死んだと聞くまで、本当にどうしようもない女だったわ。
風の噂で男に捨てられたのを苦に精神薬漬けになり、のちに自殺したって聞いたけどね。発見が遅れたそうで、死体の損壊は激しかったみたい。誰にも気にかけられずにこの世を去る気分って、一体どんな感じなんだろうね。今となっては羨ましいぐらいだけど。
……児童相談所へ行ったのちに、わたしは叔父のもとへと引き取られた。
叔父はまともな人だといいなとは思っていたけど、やっぱりあの母の兄弟だからね。世同通りろくでもない奴だった。
表面上は真面目な社会人だったけど、実際には息子と一緒に家族ぐるみでわたしに性的なイタズラを繰り返したロリコンのド変態だった。引き取られた先でも何本ものチンポをしゃぶることになるなんて、わたしだって思っていなかった。
そして逆らえば安定の暴力。わたしの顔はあいつらのお気に入りだったし、虐待の発覚を防ぐために服で隠れている場所が狙われた。
繰り返される暴力と性被害が嫌になって、家に火を点けたわ。燃え盛る炎でみんながパニックになっている間に、わたしは隙を見て脱走した。その時に思ったの。この世界で信じられるのは力だけだって。
東京へと逃げてきたわたしは歌舞伎町へと向かった。そこにワケアリの女子が集まってくるのは有名だったから。
わたしは明らかにホームレスだったけど、神待ちやら何やらを繰り返してあちこちの家を転々としていた。ひどい時には言葉の分からない外国人の家にさえ泊まったわ。自分の体を対価にしてね。
そして、わたしには人の同情を引く才能があることが分かった。母親は救いようのないクズだったけど、自分を護ってもらうためにお人好しが飛びつくような嘘を思いつく能力は高かった。……もしかしたら、彼女の唯一の取り柄だったかもしれないわね。
やり方はシンプル。
ほんの少しだけ真実を入れ込んで、後はその周囲を嘘で固めていくの。物語を書くのに近いかもね。ただ、それだけで上質な大嘘が出来上がる。わたしはそれを傍で見てきたから、ただ単に母のマネをしただけ。
わたしは自分にとって都合の悪いところは全て脚色して、ありとあらゆる男の同情を引いた。偽物の涙だって流せたし、自分で作り込んだ嘘を本当と思い込むことだって少しも難しくなかった。もし、女優に生まれていればねえ……。悔やまれるところだけど。
それからわたしはホストの味を知るようになった。きっかけは友人の「ちょっと遊んでいこうよ」というものだったけど、わたしは見事にその沼へと嵌まった。
とにかくね、わたしは人生で肯定されたことがなかったの。「お前はクズだ」とか「お前は無価値だ」とか、そんなことばっかり言われて生きてきたせいで自己肯定感というものが完全に欠如していたの。自分が綺麗なのは知っていたけどね。あまりにも虐げられるからフィリピン人の脱獄犯から殺人術やら重火器の使用方法まで教わったけど、その訓練だって毎日罵倒されながら何度も漏らすほど殴られた。
それでもわたしは強くならないといけなかった。だって、この世界で信じられるのは力だけだから。それがなければ、ただ虐げられるだけの人生が待っているの。そんな目には二度と遭いたくない。
そんな背景もあり、自分を姫扱いしてくれるホスクラの空気はそれこそ夢の国に匹敵するもの……いや、それ以上だった。わたしは沼に嵌まった。
ただ、わたしは新世代のホームレスであることに変わりはなかった。お金なんてないし、自分が風俗で働くのも嫌だった。誰だって一度シンデレラになってしまうと、もう二度と底辺の生活には戻りたくない。そうでしょう?
何よりも暴力という手段を得たわたしは、誰かの下で奴隷のように働くことが出来なくなっていた。
だから自分以外の女の子を風俗で働かせることにしたの。いつものように同情を引くような嘘をこさえて、「かわいそうかわいそう」って涙を流させた後に金銭的な支援を頼むの。
どうせ股を開くぐらいしか能力のないコたちばっかりだから、彼女たちの風俗行きは割と早く決まる。風俗で支払いが間に合わないと、さらに闇金を紹介した。このルートを確立したお陰で「お得意様」となったわたしは裏の世界では結構な有名人になりましたとさ。
後はそのお金を鵜飼みたいに巻き上げるだけで良かった。そしてわたしは巻き上げたお金でシャンパンタワーを頼むの。まるで牧場だったわね。しかもその家畜となる女の子たちは、喜んでそうなる道を自ら選ぶんだから。
卑劣? どうして? わたしは他の人たちから散々自由だの尊厳だのを奪われてきた。それなのに、どうしてわたしが彼らからそれを奪い返したらいけないの?
ただ、その後が色々と問題になった。その後もホスクラ通いを続けていたら、家畜の一人がわたしの作り上げたシステムに気付いちゃったの。だから、何の迷いもなく殺したわ。
とっても早かった。ホームセンターで売っている出刃包丁でグサグサグサって刺すだけで済んだんだから。
死体はまだ前に住んでいた家の床に埋まっているんじゃないかな。見つかったっていうニュースにはなっていないし。見つかったところで遺留品も処分したし、死体も腐敗してグチャグチャに溶けているはずだから身元の特定は出来ないだろうね。
一人を殺したことをきっかけに、わたしは反逆者を消す方針に変わっていった。同情を引き、家畜を作り、骨の髄までしゃぶり続ける。邪魔になれば消えてもらう。単純明快で、循環可能なサイクル。
だけど、その完璧に見える計画にもほころびが出てきた。
歌舞伎町であまりにたくさんの家畜をこさえてきたわたしは有名になり過ぎた。女の子たちは恐怖に満ちた目であたしを見るようになった。家畜がいなくなるとシャンパンタワーどころかホスクラ遊びも出来なくなる。今振り返れば、狭い範囲で乱獲をし過ぎたというところかもしれないわね。
――だからわたしは、狩場を変えることにしたの。
派遣会社に消した女の子の名前で登録して、織田真理としてわたしはここへとやって来た。歌舞伎町では似たような境遇の女の子ばかりを狙ってきたけど、こっちではスケベそうなオッサンがメインの獲物になった。
ターゲットは変わっても基本的にやることは同じ。同情を引いて、「自分しかこの人を助けられない」って思わせる。「誰かを助けたい」っていうのは全ての人間が持つ賞賛すべき本能の一つね。その本能の恩恵でわたしもかなりいい思いが出来てきた。
憶えてる? 食堂で話したわたしの過去。たしか梨乃ちゃんもいたわね。あれはもちろん、即興の作り話。というか、今まで使ってきた嘘と現実の複合体ね。わたしが話し終わると、あんなに大きな部屋が嘘みたいに静まり返っていた。きっとほぼ全員がわたしの作り話に聞き耳を立てて、幸薄い女の半生に夢中だったでしょうね。
――ええ、もちろん計算通り。
お陰で「わたしは不幸でかわいそうな美女」という宣伝をすることが出来た。彼らは「ちょっと聴こえてしまった」って言い訳するでしょうけど、ガッツリと聞き耳を立てていたのには気付いていた。だって、わたしがそう仕組んだのだから。
後は簡単。困った人を助けずにはいられなくて、ちょっぴりスケベなオッサンをターゲットにしていった。みんな喜んでわたしの代わりに借金をしてくれたわ。お金の回収が終わったら、続々とその金ヅルには消えてもらった。
だけど、またわたしにとって計算外な事態が起こっていった。
歌舞伎町はそもそもが家出した女の子たちの集まる場所で、素性が知れなくても全く問題もなかったし、誰かが姿を消したところで大して珍しい話でもないから、誰も消えた人の行方なんて追わないの。
だけど、一般社会はそうはいかなかった。二人も家畜を処理すると、その行方を追って警察が会社までやって来た。あまり派手に動けば彼らはすぐにわたしのところへ行き着く。そうなる前に稼いでおくべきだと思ったの。
童夢さん。なんでわたしがあなたを無視し続けたと思う?
それはね、単にあなたは家畜にするにはあまりに不適格だったからよ。
家畜に相応しい人というのはね、すぐに同情して、ついでに脇の甘い人なの。あなたは元ホストだって言うからどうせアホだろうし、もっと楽に攻略出来るものとばかり思っていた。だから早々に手を出したのだけど、実際には違った。
歌舞伎町を長いこと生き抜いてきたあなたは、むしろ同情を引くのが得意な部類の人だった。ゆえに同情で気を引いても見事にブロックする術を知っている。そんな人をターゲットにしたところで、得るものはリスクに見合わないだろうって早々に思ったわ。
あなたがわたしに惚れ込むだけで貢ぐ気がないなら、こちらとしては仲良くしても仕事がしにくくなるだけ。だから早いこと嫌われた方がお互いのためだったのよ。これで謎が解けたわね。スッキリした?
ついでにあなたはどういうわけか、わたしの身辺を嗅ぎ回りはじめた。理由までは知らないけど、尾行まで付けてね。尾行に気が付いた時、それは焦ったわ。わたしのやってきたことがバレたんじゃないかって。わたしは裏社会で有名人になりつつあったからね。だからその尾行には最終的に消えてもらった。
でも、問題はそれだけじゃなかった。
あなたはせっかく家畜化していた梨乃ちゃんをわたしの許可もなく「放牧」しはじめた。彼女はすっかりわたしのものになりかけていたというのに。……こんなことをやり続けられたら商売上がったりよ。だから、わたしは決めたの。
――この職場で、わたしに関する情報を知る者全てを殺して、また別の狩場へ行こうと。
そうすればまた新しい家畜が手に入る。後は各地を転々としていけばいいだけ。何も難しいことなどないわ。わたしはその時々で名前を変えて、全く別の人間として生きていく。
その手始めとして、梨乃ちゃんには消えてもらったの。あなたと熱い夜を過ごした後に。
なんてことはない。まだわたしに対して半信半疑だった梨乃ちゃんはすぐにわたしを信用して家に上げたわ。そこから詳しい話でも聞いてから最終的な判断を下そうとでも思ったんじゃないの。皮肉なことに、その公正さが命取りになったのだけど。
彼女の家には盗聴器を付けていたから、あなたの会話も丸聞こえだったわ。そりゃあ、焦ったわよ。ああ、あの男はこんなところにまでやって来ていたのかって。
あなたを消す計画は前からあった。わたしは梨乃ちゃんを絞殺して首を切り落とすと、宅配便でここまで彼女の生首を送り付けた。
それからあの狩野とかいう奴がわたしのことを嗅ぎまわっていたのは知っていたから、留守電にわたしのことを吹き込んでいる最中にこの銃でハチの巣にしてやったわ。今頃警察が現場を見ているところなんじゃないの。
後はあなた達全員を闇へと葬るだけ、その後わたしは織田真理の名前を捨てて、また別の誰かになる。わたしの本名を知るものは、この世には誰もいないし、これから出てくることもない。
……少しばかり喋り過ぎたわね。早くここを去らないと、また別の誰かが異変を嗅ぎつける。そうなる前に、あなた達全員を殺す。それが本日のノルマよ。
これでお思い残すことはないでしょう。さっさと死んで頂戴。その方がお互いのためにいいんだから。
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