早朝の、電車に揺られ、朝帰り

 帰りの電車に揺られながら、俺は悶々としていた。


 別に梨乃ちゃんと寝たこと自体は悪いことではない。彼女が俺のことを好きで、俺も彼女と性的な関係を持つのが嫌だと思わなかっただけの話。実際にあの夜のセックスは途轍もなく気持ち良かった。


 だが、もとはと言えば精神的に不安定となった梨乃ちゃんを助けに行ったのであって、そういう目的ではなかったはずだ。それがなぜ一夜を伴にすることとなり、翌朝には恋人のようになっているのか。


 真理ちゃんは今後どうするのか。さっきは「他の人に譲ればいい」と考えたが、真理ちゃんは真理ちゃんで放っておくと厄介なことになりそうな気がする。そう考えると梨乃ちゃんとしたのは悪手だったか。


 今さらどうしようもない考えが延々と浮かんでは消えていく。


 昨日の夜が原因で、真理ちゃんとの関係はよりこじれるだろうか。いや、彼女だって大人なんだから、自分が選ばれなかったことぐらいで騒いだりはしないだろう。母親だしな。


 ……でも、時々見せる邪悪な表情が気になる。ああいう顔をする人間は、総じて異常なほどの怨みや執念を持つ傾向がある。それこそ、相手を殺してでも自分のものにするような……。


 なんとなしに悪寒が襲ってくる。……気のせいだ。きっと寒さでそう感じるだけだ。


「まあ、今さら考えたって仕方ないさ」


 次々と襲いかかってくる悪い考えを振り払うように言う。割とでかい声だったせいか、早朝出勤のサラリーマンや二日酔いに見える若者たちが怪訝な目で俺を見る。


 やっちまった。明らかに不審者だ。すぐに口を噤んで大人しくした。


 注意が外側へと行ったせいか、少しずつ落ち着きを取り戻していく。


 いずれにしても梨乃ちゃんの気持ちを大切にするなら、真理ちゃんとはあまり関わらないことだろう。怪我の功名なのか、それとも脇道に逸れただけなのか微妙なところだが、メインヒロインは梨乃ちゃんへと変更になった。


 彼女とその後どうなるかは分からないけど、ひとまずは身の回りの厄介ごとを片付けてから本業に集中したい。俺も遊んでいるわけではないのだから。


 電車の窓から注ぐ陽光が眩しい。もう少しで最寄り駅になる。睡眠は明らかに不足しているが、シャワーを浴びたら後は気合でやるしかない。


 ひとまずは寝不足の今日をちゃんと生き延びよう。

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