再度の取り調べ
真理ちゃんの急変とは別に、またきな臭い事件の知らせがあった。というのも、またオペレーターの一人が惨殺されたからだ。
例によって殺されたのは冴えないオッサン。五十嵐さんとか言われていたが、顔は憶えていない。ここの職場は人体の水分のように人が入れ替わる。派遣が入って、多くは壊されて出ていく。耐久性のある奴や適応力のある奴だけが生きていける。そういう職場だ。
だから梨乃ちゃんにしても真理ちゃんにしても、生き残っていられるだけどこかしらすごい部分はあるのだろう。それだけに、その五十嵐さんとやらも生き残っているなら顔ぐらい憶えていてもおかしくないのだが、やはり女の子が絡まないと俺の記憶力も薄弱となる。
これが興味の問題なのか、それとも俺がジジイ化しているせいだけなのかは自分でも分からない。まあ、仕方ないな。
例によってまた警察からの呼び出しがあった。慣れていいのか微妙なところだが、前に話した中年の警官からまた聴取を受ける。彼も俺を憶えていたようで「この前はどうも」と簡単な挨拶を交わした。
しかし警察っていうのも大変だな。ここにいる俺ですら従業員の名前や顔を全然覚えられないのに、警察の人は細胞のように入れ替わる派遣社員の顔やら名前やらをその都度把握しないといけないんだから。きっといい大学を出ているんだろう。俺みたいなアホとは違って。
中年の警察官はいきなり本題に入り、五十嵐さんが殺害された旨の説明を淡々と話す。殺害方法は前回と同様に滅多刺しのようだった。強い怨恨の可能性。専門家に言われなくても、それぐらいは分かる。
「五十嵐さんが最近困っていたとか、トラブルに巻き込まれていた様子はありませんでしたか?」
優しい物腰で訊く警察官。その目には期待らしきものは含まれていなかった。
前回と同様に五十嵐さんなんて知らないから「顔も憶えていないレべルなので何とも……」という回答をした。
「そうですか」
警察官は「やっぱりな」という顔で言うと、その話は早々に切り上げた。
「ところで、別件にはなるんですが……」
「なんでしょう?」
急に話の方向性を変えだしたので俺は思わず身構える。
「最近になって、物騒な殺人事件が増えているんです。殺害方法はいずれも鋭利な刃物による切り傷、刺し傷。それが、遺体にいくつも残った形で発見されています」
それなら写真でも見せてもらえるんですかねと軽口を叩こうとしてやめた。もちろん見せてもらえるはずがないのだが、あまりにも不謹慎だからだ。
「嫌な世の中ですね」
「ええ、本当に」
応接室に沈黙が訪れる。妙な空気になりかけたところで、警官が口を開く。
「それでね、そのマル害……じゃなくて殺された人の身元を洗っていくと、ある共通点が出てくるんです」
「はあ……」
「それはね、被害者の方全員が、少し前までにここで働いていた方たちなんです」
「マジっすか」
驚いて思わず素で訊いてしまった。歌舞伎町でも色々な理由で人は死んでいるが、連続殺人事件の渦中にいた事はない。
「はい。これはくれぐれも黙っていていただきたいのですが、ある程度事件の関連性があると判断が成された場合には捜査本部が立って、大々的な捜査が行われると予測されます」
知らぬ間にそんな大ごとになっていたのか。話によると長嶋さんを殺害した犯人はいまだ見つかっておらず、新しく殺された五十嵐さんも派手な殺し方の割に目撃者も物証らしきものも出てきていないとのことだった。そうなると、手練れた犯罪者の可能性がある。
俺が驚愕から戻らぬうちに「あくまで参考にはなりますが」と中年警察官が口を開きはじめる。
「ここの会社で何か不審な動きをしている人はいませんでしたか? どんなに些細なものでも構いませんが」
一瞬、脳裏に深夜の銃撃事件がよぎった。
――真理ちゃん。いや、まさかな。あんなにか細い女の子が連続して残忍な犯行を行うなんて芸当は無理に決まっている。
「いや……さすがに、そんなヤバい奴がいたら分かると思うんですけど、そういう人はいないんじゃないかなあ……。と、私は思いますけど」
銃を構える女は意識の外へやった。これで真理ちゃんの名前を挙げて人違いだった場合、俺たちの関係は修復不可能になるだろう。それだけは避けたかった。
――でも、考えてみたら俺も惨殺されるところだったのだろうか?
いや、銃殺された人がいるとは警察も言っていないし、あの後ニュースにもなっていないようだった。となるとやはり俺の見た夢だったか、それとも疲れすぎて幻覚でも見ていたのか。
そんなことを考えていると中年警察官は収穫なしと判断したのか、俺は事情聴取から解放された。捜査本部のことは口を滑らせたそうなので、絶対に言わないよう釘を刺されて……。
しかし冗談じゃねえな。もしかしたらそんなにヤバい殺人鬼があのオッサンたちの中に潜んでいるってことか? ホラー以外の何物でもないな。
最近は「無敵の人」とか呼ばれる、失うものが何もない人間による凶悪犯罪が増えている。本来であれば彼らも助けないといけないところだろうが……うん、来世で頑張れ。
たかだかクレーマーに罵倒される程度のことに悩むのがどれだけちっぽけな悩みなのか、ショック療法で教えられた気がした。殺されるよりは罵倒される方がずっとマシだ。
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