第17話 菓子の宿業

何度か、同僚の女の子たちに付き合って、終業後の集まりにも加わったことがある。


セレブリャノエ=サズベジェまで足を伸ばすこともあったが、もっぱらの御用達は大学から最寄りの鉄道駅のひとつ、

クリプトメリアのアパートの前の坂をくだり、深い掘割の川に掛けられたアーチ橋を渡った先にある鉄道駅の周辺は、

よく目立つドーム屋根の寺院を取り巻くように、ちょっとした繁華街になっており、

近隣の大学に通う学生や、若い勤め人を夕方から夜遅くまで惹き寄せていた。


最初、店で出されるお菓子スイーツの美味しいことには衝撃を受けた。

考えてみれば、甘いものを口にするのも久しぶり、トワトワトでは、ファーベルが作ってくれたえぞイチゴのジャムくらいで、

ちゃんとお菓子として作られたものは、災厄前のウィスタリア以来かも知れない。


しかも、故郷のお菓子が、小麦粉に、砂糖か蜂蜜、乾燥イチジクかレーズン、アーモンド、といったお定まりの原料の組み合わせであるのに対し、

マグノリアの喫茶店で出されるケーキやパフェは、何をどう加工しているのかも分からない、手の込んだ工芸品のようで、どれを食べてもはじめての味と香り、食感がする。

一時、毎日のようにカフェに寄り道する日が続いた。


しかし、これがクリプトメリアのいう、都市の宿業というものだろうか。

恐ろしいことに、マグノリアでは、新鮮だったり物珍しかったりすること、そのものにまで次第に飽きてしまう。


カフェで出されるお菓子が、一度食べてとても気に入って、次もまたこれを食べよう、と思っていても、

数週間も経つと、店のメニューは新しい別の物に入れ替わり、十分おいしかったお菓子も、もう出していなかったりする。


街角に溢れる色鮮やかなポスターは週ごとに貼り替えられ、より目を引く、どぎつい色使いになってゆく。


目抜通りも裏通りも、びっしりと建ち並ぶ繁華街の店は、ともすれば月毎に入れ替わり、先月にはなかった新しい商売の店が開き、

新しい店が開けば、毎回奇想天外な催しや販促が、今日も街のどこかで行われている。


この街が、何かあるべき姿を探して模索を重ねているというよりは、

きっとこうして、日ごと週ごと月ごとに装いを改め、常に初めて目にする姿であり続けることが、この街の姿そのものなのだ。


かく言うアマリリス自身が、決して都市の宿業と無縁ではいられない。

華やかな装いの同僚女子に囲まれた職場とあって、一番値の張る買い物だったベージュのスーツは最初の2、3回着ただけで、

その後は仕事以外の場面で着るつもりだった服のほうを重宝していた。


しかし、カジュアルな装いとして、一方で無難さ優先で選んだ無地のワンピースは次第に場違いなように思えてきて、

図書館勤務女子としての”自分に合った”服が欲しくなる。


そんなわけで再びセレブリャノエ=サズベジェショッピングに出向いた帰りには、月給の半ば近くが消え失せている。

それでも全然十分ではない、”最低限のおしゃれ”を維持するためでさえ、支出は尽きるということがない。

マグノリアにも四季はあり、季節に合わせた服が必要になるという自然の理に加え、

それ以上に、着回し・コーディネートといったアーティファクトが、もっともっとほら、とモノへの欲求を煽り立てる。


でも何だか、アマリリスは疲れてしまった。

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