第1話 三人の侵入部員(その2)

 その日のクラブ活動は紗登子部長から三人へ活動内容の紹介が行われたあとは“懇親会”という名目の世間話大会になった。

 とはいえ、環士は蚊帳の外である。

 面白キャラではないうえ、生来の人見知り気質でもあるので部室の隅っこでじっとしているしかしょうがない。

 というより、その方が居心地がいい。

 もとより、あまりこの三人に興味もないし、どうせ興味を抱いたところでなにがどうなるわけでもない――なので離れた所から四人の会話を聞き流すことに専念する。

 しゃべっているのはやはり紗登子と小さい地依子がほとんどで、たまにスラックスの海唯子が口を挟む。

 風羽子はほとんど口を開くことなく、ときおり環士に目線を向けて様子を窺っている。

「ねえねえ、なんて呼んだらいいの」

 きらきらと問い掛ける地依子に紗登子が返す。

「えー、なんでもいいよ。あんまり縦関係とか気にしなくていいし」

「じゃあ、サトコでもいい?」

「うん。いいよ」

 むしろ嬉しそうに微笑む紗登子に、環士は紗登子を“サトさん”と呼んでいることをイマサラながら思い出す。

 紗登子が仲のよい同級生から“サト”と呼ばれているのを知って一度だけのつもりで“サトさん”と呼んでみたらなぜか紗登子に喜ばれ、それ以降は“サトさん”と呼ぶようになったのだ。

 とはいえ、それは部室の中だけである。二年生の環士が三年生の紗登子を気安く呼んでいることが広がれば“上級生をふざけた呼び方するってことは、オレたちのことも舐めてるってことだよな?”などと言いがかりを付けてくるチンピラ予備軍の三年生がいるのだから。


 壁掛け時計が十八時を指し、スピーカーからクラブ活動の終了時刻を知らせるチャイムが流れる。

「じゃあ、今日はこれまで」

 紗登子が立ち上がり、姿勢を正す。

 環士が続く。

 ぽかんと見ていた三人の中で地依子が真似して立ち上がり、あとのふたりも席を立つ。

 全員が立ち上がったところで紗登子が頭を下げる。

「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」

「お疲れ様でした、明日もよろしくお願いします」

「……お願いします」

「ふ、お願いします」

「お願いしまーすっ」

 返す環士に風羽子がぼそりと、海唯子がにやりと、地依子が元気よく続く。

「じゃ、気をつけてね」

 四人の退室を促した紗登子は改めて席に着くと、活動日誌の記入に取りかかる。

 このあと、窓の施錠と消灯を確認して活動日誌を職員室に持って行くのが紗登子部長の終業作業なのである。


 十八時とはいえ、まだ十分明るい空が窓から覗く廊下を生徒玄関へ向かっていた環士は――

「ねえ、環士」

 ――呼び止められて振り返る。

 “風”“海”“地”の三人が環士を見ていた。

「呼び捨てかよ」

 “サトさんは許可しただろうがボクは許可してないぞ”と苦笑する。

 しかし、三人はまったく動じる様子はない。

 真ん中センターに立つ地依子は大きな瞳で環士の顔を覗き込む。

 その両サイドで風羽子は険しく、海唯子は不敵に環士を見ている。

 そんな様子に環士は考える。

 これはいわゆる“舐められてる”ってやつですか?

 他人に期待するとかしないとかの話ではなく、さすがに怒ってもいいですか?

 とはいえ……。

 “上級生の恐ろしさを叩き込んでやるぜ”とばかりに怒鳴りつけたり、ましてや暴力に走ったりするようなクズではない。

 だからといって、コミュニケーション能力の低さゆえにどうしていいかわからない。

 ただ、ここで環士がとった行動によってこの三人が退部することになれば紗登子が寂しがるということだけはわかる。

 そんな思案の巡らせる環士の前で、地依子がきょろきょろと左右のふたりを見上げる。

「いいよねえ」

 海唯子が答える。

「いいんじゃねえの」

 風羽子が頷く。

「ああ。いいと思う」

 なにがだよ――環士がそう思った瞬間、意識が途切れた。

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