シティガード(2)

 冷や汗をかきながら張り切るアメリアがタブレットモニターを取り出し、二人の前に提示する。


「まず、オフィシャルシティガードには星の数ごとに三つのランクがあります。これは皆さんご存知のことなので、問題ありませんよね?」

「まずは一ツ星からスタートなんだろ? で、実績によって二ツ星、三ツ星にランクアップしていく」


 モニターに表示された星の数を指でなぞりながら、ガルガが言う。

 先ほどから『一ツ星』と呼ばれているのは、言うなればオフィシャルシティガードのスタートライン。解決した事件の数やシティへの貢献度によって星が増えていく仕様だ。もちろん星は増えるだけでなく減ることもある。主に実力の低下や所属するエージェントの不祥事によるところが大きい。オフィシャルの称号を取り消される企業もざらにあった。


「その通りです! そして約百社あるオフィシャルシティガードのうち、一ツ星は七割、二ツ星は三割。そして三ツ星は――」

「カノウの爺さんのところの【ゴールデンナンバーズ社】と、俺たち【クニミ警備保障】だ」


 アメリアの説明を遮ったのは、不遜な態度が滲んだ太い声だった。マホロとガルガが後ろを振り返ると、態度も身体も大きなベアー系獣人族が逞しい腕を組んで仁王立ちしていた。上下紺色の隊服の背中と胸元には、目玉をモチーフにしたロゴが印字されている。シティのいたるところで目にする、秩序の監視者の目だ。


 シティガード最大手、そして最高ランクの三ツ星であるクニミ警備保障の代名詞と言えば、総勢五百名を超える獣人部隊。その中の小隊の一つを預かるのが、ニヒルな笑みを浮かべたこのベアードだ。オールバックにした精悍な額から左目にかけてを大きく縦断する古傷と隻眼の放つ威圧が、彼の尊大さを増長させている。

 さらに、ベアードの巨体の背後から別の声が上がった。


「今の説明は聞き捨てならんなぁ、ベアード小隊長。お爺様はすでに社長業を引退した身。ゴールデンナンバーズの現トップはスペシャルジーニアスミラクルメンであるこのカノウ・ゴローなのだよ!」


 ヘアカラーで染めた金髪をかき上げて自惚れをスラスラ言い放つ自尊心の塊のような青年、ゴロー。赤銅色のしゃれた着流しに金の糸で織った眩しい羽織を肩にかけたヒューマの伊達男こそ、クニミ警備保障と並ぶシティーガードのツートップ、ゴールデンナンバーズ社を率いる現社長だ。

 自信に満ちた傷一つない綺麗な顔つき、迷いのない口調、鼻につく仕草。その全てが「創業者であるお爺様の威光をビカビカ浴びて鼻高々に生きています!」と物語る。ベアードは軽く鼻で笑い飛ばした。


「これはこれは、初陣も済ませていないゴロー坊ちゃまじゃないですか。保安局にはカノウ会長のお遣いで?(形だけの箱入り腑抜け野郎が、引っ込んでろ)」

「私の華々しい初陣は当社自慢の研究開発部門に莫大な予算を割いて準備をさせている最中だ。念願叶った暁には、シティの獣臭も少しはマシになるかもなぁ(私が本気を出したら貴様らのような獣の軍隊など即お払い箱だ)」


 ツートップ同士の縄張り争いに、周囲の体感温度がぐっと下がっていく。

「よそでやってくれよ」とぼそりと苦言を漏らしたガルガに、二人分の鋭い眼光が突き刺さった。


「そういう君たちは、三ツ星の案件を横取りして成り上がった卑しい中小企業じゃないか。ようやく一ツ星になれたようだね、おめでとう」

「まぐれで星を貰う奴らは大勢いるからな。半年ももてば奇跡だろう」

「あ゛? 何だお前ら、喧嘩なら買うぞ」

「ガルガ」


 二人の態度に煽られて噛みつこうとした相棒をたしなめたマホロは、冷めた目で権力者たちを見上げる。


「爆破事件のことを言ってるならお門違いだよ。僕たちはたまたま事件現場に居合わせたんだ。現行犯は早い者勝ちっていうのがシティガードのルールでしょ?」

「おいおい、三流共のローカルルールを三ツ星に当てはめるんじゃねぇよ」

「星もなかったくせに、立場をわきまえたまえよ。私たちの顔に泥を塗った自覚はあるのか?」

「そっちが来るのが遅すぎただけじゃん」


 百年戦争時には最弱種族と卑下されたヒューマの少年に軽く反論され、古傷が走るベアードの額にピキリと青筋が浮く。凝り固まった選民思想で生きているゴローも同様だ。


 テロ行為は本来であれば三ツ星が動く重大案件であることから、今回の一ツ星の授与は正当な評価と言える。だが手柄を横取りされた大企業は当然面白くない。相手が同じ三ツ星ならまだしも、星なしの零細企業だったのだから。


「シティの秩序を百年守って来たのは俺たちだ。ションベンくせぇヒューマのガキが、粋がるなよ」

「おまえ獣人族のくせに鼻がイカレてんのか? マホロの匂いが何だって?」

「ベアード小隊長、訂正を。腰巾着をやってるこの駄犬の匂いのことだろう?」

「はぁ? 俺はイヌじゃなくてオオカミだ」


 一触即発の空気が重苦しく張り詰める。堪らずアメリアは窓口の椅子から立ち上がった。






◇◆-------------------------------------------------◆◇



<用語解説>


【ゴールデンナンバーズ社】

 三ツ星オフィシャルシティガードの一社。現会長のカノウ・ヒフミが一代で築いた大企業。

 従業員の多くはヒューマだが、その強さの理由は優秀なアーティファクターを多く抱えた技術力にある。自社で研究開発をしたアーティファクトを使い、多くの功績を上げた。

 孫のカノウ・ゴローに代替わりをして、過渡期を迎えている。


【クニミ警備保障】

 三ツ星オフィシャルシティガードの一社。エージェントは総勢千名を超える大所帯であり、その中の半数にも及ぶ獣人部隊が主戦力。

 女帝と称される社長マム・リムのシンボルであるモノアイのロゴを一目見れば、犯罪者たちは一目散に姿を消すと言われている。

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