アレキサンドライトの靴~何で女装バーに先輩が!?~

負雷パン

第1夜 何で女装バーにセンパイが!?

 もう、限界。これ以上このままなんて無理だ。ずっと思ってた、我慢しなくちゃって。でももうこの思いを吐き出さずにはいられない。


「先輩!!聞いてください、私の気持ちを…」


 同じデスク、その隣にいるのは私が新卒の頃からお世話になっている先輩。私の教育係も務めてくれてとても長い付き合いになる。体育会系で普段はしっかりしている先輩も、この雰囲気に今は僅かに頰を赤らめていた。


「…どうした?」


 どこか呆れた風にも見える先輩。それは私が次に紡ぐ言葉を分かっているからだろう。

 いざ、この気持ちを言葉にするとなると少し緊張する。いつもは軽く言っているが今回に関しては真剣だからかもしれない。

 でも、今言わなければいつ言えばいいの?


「先輩…このクソブラック企業辞めてやりましょうよっ!!!」

「その会社の中でそんなこと言うなこのバカッ!!!」


 午前2時を周り、床で仮眠をとるほかの社員たちで溢れる死屍累々とした職場に私の叫びと先輩の怒号が虚しく響いた。


「はぁ、ちょっと休憩いくか?」


 ため息をつきながらそう提案する先輩に私は当然の如く無言でYESを伝える。

 そうして限界に達していた私と先輩は社内の自販機がある所まで移動していた。

 先輩は慣れた手つきでエナジードリンク2つ分のお金を入れ、出てきた一つを私に手渡す。


「あのなぁ、確かに辛いし俺も今すぐ気絶してやりたいけど発言する場所は考えろよ?」


 お前のためでもあるんだぞ、と付け加えて先輩はエナジードリンクを一気に煽る。この動作もやけに手慣れていて、私たちが社畜である現実を突きつけられた気分だ。


「でもですよ?あのクソ部長は定時帰宅、もうこの職場に残ってるのは私や先輩と同じ気持ちの同志だけですって」


 因みにさっき私のデスクの後ろで倒れていた社員の1人は課長だ。さほど権限も給与もなくこき使われる管理職。このブラック企業の1番の被害者は彼かもしれない。彼の口癖は「宝くじ当てて会社辞めてやる」だし。


「同志ってお前なぁ…まぁいいか。リフレッシュは出来たか?」


 そう気遣う様に私に聞く先輩。彼は彼なりに思う所もあるのだろう、私のこの愚痴もいつもの事として聞き流しつつも心配はしてくれているのだ。


「全然ですよ。あの書類の山が待ってると思うともう、今すぐ発狂して気絶してやろうかな」


 書類の山、と言っても実際は全部パソコン上で行われているしデスクは綺麗なものだ。その分足の踏み場がないくらいにそこらで仮眠をとっている社員だらけだが。


「ま、確かにお前の言うとおり真剣に転職を考える時期なのかもしれないな」


 少し真剣な顔をしながら先輩はそう言った。私を気遣う時の優しそうな顔とこの真剣な表情のギャップはクラッと来るものが…普通はあるのかもしれないが三徹目の私達にそんなものはない。

 ただ先輩の言う様に転職を考える時期なのかもしれない、とは私も思っていた。この会社で今後も働いていくのは不可能だ。確実に精神を病むか、体を壊す。


「あー辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい。玉の輿にのって専業主婦になりたい…」


 これも一種の白馬の王子様願望かな、と現実逃避気味にそんなことを考える。先輩の方をチラッと見るとなぜか複雑そうな顔をしていた。


「どうしたんですか?そんな苦虫数百匹噛み潰したみたいな顔して」


 何となくいつもの様に茶化しながら聞くと、先輩はハッとして普段の頼れる兄のような表情に戻っていた。


「…いや、何でもない。男っけのないお前が玉の輿は無理だろうなって」


 明らかにそう言う表情ではなかったのだけど…いや、それより何だ男っけがないって。


「それ、普通にセクハラですよ?私と先輩の関係じゃなきゃ訴えてますから」

「ん?あ、いやすまん。そんなつもりじゃ」


 普段見せない先輩の本気で動揺した姿に私は少し嗜虐心が沸いていた。全然そう言う趣味じゃないけど多分徹夜でテンションがおかしくなっているせいだ。


「えぇ〜?じゃあどう言うつもりだったんですか?もしかして」

「おっ、もう15分も経ったな。よし戻るぞ」


 先輩は無理やり私の話を遮り、残っていたエナジードリンクを飲み干した。相変わらず飲むのが早い、私はまだ半分も飲んでいないのに。


「ちょっ、先輩私まだ飲んで」

「ほらっ、戻ってあんなのさっさと終わらせるぞ。それは持ってけばいいだろ」


 そう言うと先輩はもう行ってしまいそうになったので仕方なく私もエナジードリンク片手にまたあの地獄へと戻った。

 そこからはまぁ大変だし眠いしで全然仕事も進まなかったが、適宜休憩しながら朝日が出てくる頃には全ての仕事を片付け終わっていた。

 明日、正確にはもう今日になってしまったのだけど休みだしと思い始発に乗ってアパートへと帰った私はシャワーも浴びずにベッドへ飛び込んだ。

 目が覚めたのは夕方の6時だった。久しぶりのちゃんとした睡眠だ。寝ぼけ眼で昨日落とし損ねたメイクや何やらを片付けお風呂に入るともう夜の7時になっていた。


「うぅ、休みが終わるのが早すぎる。明日も休みとはいえ、月曜からはまた仕事かぁ」


 あの地獄、いわゆるデスマーチが終わったのに月曜からはまたいつも通りの残業三昧。本当に嫌になる。


「よしっ、今日明日はもうめいいっぱい趣味に時間を使おう」


 行動すると決めてからは早い。爆速で夕飯を食べて出かける支度をし、電車に乗って隣町の繁華街まで私は来ていた。

 私の密かな趣味、それはコンセプトバーを巡ることだ。コンセプトバーと言うとガールズバーのイメージが強いかもしれないが駄菓子屋バーやプラネタリウムバーなど面白いものがたくさんある。

 今日行くところはと言うと。


「確か女装バー?先月オープンしたばかりらしいけど…」


 スタッフからバーテンまで果てはオーナーまでもみんな女装しているバーらしい。何だかいかがわしく聞こえるがどうもSNSの情報を見るにその様な感じではないそうなのだ。


「確か、このビルの三階なんだよね」


 駅から10分ほど歩いたところにそのビルはあった。高さはこの繁華街では普通、何なら低い方。ただ目を引くのが綺麗な女性がアップで写っている女装バーの看板だ。


「ちょっと、入りづらいな」


 数多のコンセプトバーを巡ってきた私だがここまで主張が強いと逆に入りづらい。とは言え今日はここを目的にきた様なものなので意を決して階段を上り、バーの扉を開いた。


「いらっ、はっ?」

「え」


 私は店に入った瞬間絶句してしまった。もちろん中の雰囲気は良さげだし、スタッフも綺麗な女の人(女装)でしっかりしている。ただ、そこに見覚えのある顔があったせいで私は固まってしまった。


「せ、せんぱい?」

「は、はるか?」


 そこにはとても綺麗な女の人にしか見えない先輩が居た。

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