~心の壁より現実の屋根~

 焼き魚を食べ終えたボクは、再びスキルウィンドウを開いた。

 鑑定士のスキルが2になっているだけで、その他はレベル0のまま。


「いろいろ試してみたいけど」


 スキルリセット、なんて項目が無い。もしかしたら、街とか村とかイベントとかアイテムとかでスキルリセットの機会はあるかもしれないけど。

 今のところ、消費したポイントは返ってきそうにない。

 ので。

 やっぱり慎重にスキルは取りたい。

 なにより、この配信ポイントは買い物にも使えるらしいので。あとあと、街に辿り着いた時のために置いておきたいというのもある。

 たぶん、お米とか売ってると思うし、お肉とか野菜も買いたい。お風呂にも入りたいし、ふかふかの布団で眠りたい。そういう時のために置いておきたいのは確かだ。

 あと武器とか?

 使えるかどうかは分かんないけど、弓くらいは買っておきたいよね。練習すれば、何とかなるかもしれないし。


「でも、どれくらいの値段なんだろう?」


 現在持っている1万2千ポイント。

 これがどれくらいの価値なのか。

 リンゴ1個の値段も分からないので、いまいち価値が計れない。まさかそのまま1万2千円……とは考えにくいし。仮にそうだとしたら、めちゃくちゃ貴重なポイントになってしまう。

 なんにせよ、ポイントは温存しておきたいなぁ。


「でも【ハンター】スキルは取っておいて損は無いよね?」


 誰に語りかけるわけではないけど、なんとなく言い訳のようにボクはつぶやいた。

 今のところ、2回ほど死にかけてる。

 HPは是非とも増やしておきたい。

 うん。

 いいや。

 悩んでいても仕方がない。

 体力とかスタミナが上がることを祈って、ボクは【ハンター】を一気にレベル3へ上げるべく、三角ボタンの上を押す。

 消費するポイントは600。

 初期にもらっていたポイントは1000なので、誰でも初日にレベル3までスキルを上げられたことになる。

 だから、一応の目安としてレベル3というのがあると思う。


「頼む」


 それにあやかって、【ハンター】スキルをレベル3に……祈るような思いを込めて、確定ボタンを押した!

 配信ポイントを消費して、スキルレベルが確定する。


「どうだ?」


 目に見えてるHPゲージに変化は……無い。スタミナゲージとかにも変化は……無い。


「何か変わった?」


 見た目に変化があるかも、とシルヴィアに聞いてみたけど。


『カワイイままですよ、ムオンちゃん』

「……ありがとう」


 なんか、『カワイイ』って褒められるのって照れる。まぁ、それってママとパパのおかげなんだけどね。ボクが努力した部分は、どこにもない。お金を払ってデザインしてもらっただけです。


「見た目に変化は無し、か。ステータスアップかなぁ」


 ハンターといえば、猟銃とか罠とか?


「え~っと……【ハンター】スキル、使用!」


 パッシブじゃなくてアクティブスキルで、何か出たりするかなぁ……と、思ったけど。

 何にも出なかった。


『恥ずかしい。思わず共感性羞恥を感じてしまいました』

「器用なAIですね」


 共感すんな、と言いたい。

 いや、共感してくれるAIって、それはそれで凄いので、まぁ、別に、う~ん……?

 とりあえず。

 そういう物理的なアイテムとかが出現したり、設置できたりするスキルではなさそうだ。やっぱり、スキル=自前の技術、みたいなところがあるゲームっぽい。

 プレイヤースキルが物を言う世界。

 いわゆる課金すれば誰でも勝てるようになる『ペイ・トゥ・ウィン』ゲームっていうのは、あんまり好きじゃなかった。

 プレイヤースキルが物を言うゲームは、わりと好きだったのは確かだけど。

 これはこれで、ぜんぜん意味合いが違うので、なんとも言えない状況だ。

 とりあえず――


「試してみるか」


 HPがどれくらい増えてるかどうか。それを試す方法は恐ろしいものしかないので、HPじゃなくてスタミナゲージをチェックしよう。


『酸素ゲージもありますよ? ちょうど良い所に湖があります、ムオンちゃん』

「何でそっちに誘導するんだよぅ。今日は脱がないって決めたの」


 いや、別に脱がなくても湖に顔だけ突っ込んでテストするっていう手もあるけど。

 でもどうせなら、新しく作った斧のテストも兼ねてやりたい。


「とりあえず、辛い種ボムを持って。斧を装備だ」


 ウィンドウに装備項目なんて無いけどね。

 もちろんアイテム項目も無いので、全部手持ちだ。

 こういう時、RPGの『嘘』がうらやましい。ポーションを99個、普通に持ってたりするけど、カバンに入り切るわけがない。

 魔法的な鞄でも持っているんだろうなぁ、と解釈するしかないか。


「そういやカバンも作りたいよね」


 まぁ、それもいずれ作るとして……今は斧とスタミナテストだ。


「これが良さそうかな」


 拠点から近い場所に生えている木。

 そこまで太くないので、程よい大きさなのでテストするには良さそうだ。


「いくぞ~」


 斧を振りかぶって、思いっきり振り下ろす。


「ふん!」


 カツン、と小気味良い音が森の中に響いた。

 手応えはバッチリ。

 斧は……大丈夫だ。

 かなり大型になっちゃった斧だけど、思いっきり振り下ろしても壊れる様子はない。


「よし、いける」


 このままボクは斧を全力で何度も連続で振り下ろし続けた。肉体的にはまったく疲れないけど、スタミナゲージは徐々に減っていく。


「スキル効果、あるぞ!」


 体感的に2倍くらいにはなってそうなイメージだ。

 ちゃんと意味があって良かった。

 いや、鑑定スキルも意味があるっちゃぁあるんだけど。今のところ、ボクの中で信用度がめちゃくちゃ低い。


「うりゃりゃりゃりゃりゃ!」


 ゲージ的な疲労はあっても、肉体的な疲労は無し。ボクは全力で斧を振り続けた。

 引きこもりのボクでも動き続けることができる、なんと魅力的なゲームだろうか。


「あははは――あぁ、ゲージなくなっちゃった」


 がくん、と体の動きが鈍くなる。

 手足が重くなっちゃって、鉛のように身体が重い。

 この感覚は、やっぱり疲れている時に似てる感じがするなぁ。

 でも、しばらく待てばスタミナゲージが回復するので、再び斧で切り始める。

 ホントは切れ込みを入れて、反対側から切ることによって、切り倒す方向を制御するんだろうけど。

 今の斧では、そこまでの切れ味を見込めないっていうか。力任せに木を削っているようなイメージなので、許して欲しい。


「いや、誰も怒ってないけどね!」


 なんて言いつつも、木を削るように切っていき――頃合いを見て、思いっきり押してみる。

 すると、メキメキメキと音を立てて木が倒れた!

 ズシーン、という感じの大きさではないので、まぁそこそこの迫力。

 でもでも!


「やったー!」


 あはははは!

 やった、やったよ!

 自分の手で作った斧で、木を一本切り倒した!


「あとはこれを持ち帰って……持ち帰る?」


 どうやって持って帰る?

 この場でバラバラにして持ち帰ることはできるだろうけど、できれば拠点で作業をしたい。

 いや、すぐそこに拠点は見えてるんだけどね。

 でもだからこそ、そっちで作業したい。

 なにせ、森の中だと魔物に襲われるかもしれない、という不安があるので。


「いや、引っ張るくらいはできるか」


 頼むぞ【ハンター】スキル!

 パワーも上がっててくれ!


「おりゃあああああ!」


 両腕で枝を持ち、木を引きずるようにして運ぶ。ギリギリ引っ張れているような感覚。スタミナゲージがぐんぐんと減っていくところを見るに、ぜったいパワー不足だ。

 それでも運べることは運べるので、拠点まで持ってくることができた。


「ふへ~」


 肉体的に疲れてはないけど、なんだか疲れてる。

 そんな微妙な感覚に苦笑しながらも、斧を再び装備して――いや、単純に持っただけとも言うけれど――今度は切り倒した木から枝を落としていった。


「よっ、ほっ、とりゃ。うりゃ!」


 太い枝は何度かやらないと切れないけど、細い枝は一撃で切れるのが楽しい。

 全ての枝を切り落とすと、それなりの『葉っぱ付き枝』が手に入った。


「……鑑定結果がマジで『葉っぱ付きの枝』なんだな。そして、説明が葉っぱが付いたままの枝って……」


 マジで役に立たんな、鑑定スキル。

 レベル3にしたらマシになるのか?

 いや、もしかしたら役に立たない文章が増えるだけのような気がしないでもない。いまいちというか、躊躇してしまうくらいには役に立たないスキルなんだよなぁ。

 と、思いつつ枝を集めてベッドの近くに置いておく。


「ふむ」


 枝と言っても、それなりに長い。ボクの身長よりも長い物もある。

 これ、屋根に使えそう!

 今は葉っぱが垂れ下がってるだけの三角状態だけど、うまく柱を立てたりして上に並べていけば、もうちょっとマシなベッドが作れそうな気がした。

 とりあえず、丸太の処理は後回しにして。

 先に家……っぽいものを作ろう。


「こっちの方が楽しそうだし」


 配信してるっていう意味では、目的もなく丸太を切ってるより、家を作ってる方が需要あるでしょ。


『脱いだ方が視聴者数を稼げますよ、ムオンちゃん』

「なんちゅうアドバイスを送ってくるのよ、シルヴィアちゃん」

『一般的なことを言ったまでです』


 どこが一般的なアイデアだ。

 いや、でも――


「アダルトな動画であったよね。全裸学園とか、全裸スポーツ大会とか」

『そんなの見てたんですか? えっちですね、ムオンちゃん』

「いや、そっちから下ネタを振ってきたから乗っかったんだけど……」

『全裸Vtuber配信。ただし、中の人が全裸なだけ』

「あははは! それ意味ないじゃないか!」


 あ。

 AIの冗談に思いっきり笑ってしまった。

 なんか人類として敗北してしまった気がする……


「こほん。とりあえず、家を作ってみよう」


 まずは大きくて長い枝を四本用意して、と。


「これを支柱にしよう。穴を掘って、柱みたいに立てて……って、これが柱か」


 礫器でガツガツと穴を掘る。

 うん、やっぱりスタミナゲージの減り方が緩やかになってる。

 ハンタースキルに感謝だ。

 ある程度の深さの穴を四つ掘れたら、穴の中に枝を立てていく。掘った土を盛るようにして枝を支える……には、ちょっと弱いな。

 コンクリートで穴を埋められたらいいのに。

 もしくは――


「セメント? コンクリートってセメントだっけ。ん? セメントってなんだ?」

『石灰石に粘土や酸化鉄等なを混ぜた物です』


 はい、自作無理。

 あきらめまーす。


「素直に石で固定します」


 湖岸には石が大量にある。取り放題なので、むしろこっちを利用するべきだ。

 立てた柱を取り囲むようにして石を並べるように積む。

 この程度の作業ならばスタミナゲージはまったく減らないので、無限に動き続けることが可能だ。ゲーム世界、バンザイ。

 柱を立てることができたら、眺めの枝を頭の高さより上で橋渡しのようにして結びつける。ツタもまだまだ森にたくさんあるので、ヒモの代わりになってくれそうだ。


「よし、できたぞ」


 ベッドルームを取り囲むように木の枠組みが完成した。


「ワイヤーフレームって感じだね」

『さすがゲーマーらいし感想です』


 えへへ。

 そういう褒め方をしてもらえるのは嬉しい。


「あとはここに葉っぱ付きの枝を上に並べていけば……」


 えっさほいさ、と背伸びをしながら枝を枠組みの上へと乗せていく。葉っぱ付きなので、交互に向きを変えていく感じで並べていった。

 それを最後まで乗せ切ると――


「完成! 屋根付きベッド~!」


 さすがに『家』とは呼べない代物だ。

 でも、野性味あふれる天蓋付きベッド、と呼べるかもしれない。


「んふふ~」


 さっそく中に入ると……


「うん。上は大丈夫だけど、今度は横が気になる……」


 湖側は問題ないけど、森が見えている方がスッカスカなのは、ちょっと不安感があった。

 でも、壁を作るには『板』が必要だし。


「丸太から板って、難しそうだよな」


 たとえノコギリを持っていたとしても。

 丸太から一枚の板を切り出すのは、ボクにはできそうにない。


「う~ん。丸太を半分にして並べてもいいけど、手間と苦労が恐ろしくかかりそうだ」


 さて、どうしたものか。


「シルヴィア~」

『はい、なんでしょうかムオンちゃん』

「壁の作り方教えて」

『それは心の壁でしょうか。それとも家の壁でしょうか』

「後者で」

『学校の壁ですね』


 それは校舎だ。


『冗談です。ムオンちゃんがあまりにも愚かだったので、つい』

「いま明らかに暴言を吐いたよな、このAI」


 ロボット三原則ってAIには適用されないの?

 いや、人間に暴言を吐いちゃいけない、なんてルールは無かったけどさ。あと、あれってアイザックさんが勝手に言ったやつで、ちゃんとしたルールじゃないんだっけ。

 まぁいいけど。


「で、なんでボクが愚かなのさ」

『すでにムオンちゃんは、それ、を使っていますので』

「それ?」


 それって……どれだ?

 と、ボクは周囲を見渡して……気付いた。


「石だ!」

『そのとおりです。壁とは木で作る物、という固定概念を打ち破れなかったムオンちゃん。ひとつ賢くなりましたね』

「悪かったね、固定概念でさ」


 いや、木の家で住んでたわけじゃないけど。

 壁と言えば『木』で作らないといけない、という固定概念は確かにあった。


「よし、石で壁を作ろう!」


 がんばるぞー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る