~はじめての戦闘~

 鑑定スキル・レベル1。

 その効果はほとんど無意味。単なる自動メモといった感じで、まったく役に立たなかった。


「むぅ」


 思わずクソゲーと叫びたかったが。

 なんかこう、開発者の人に聞かれたらペナルティがあるんじゃないか、と思って寸前で踏みとどまれたボクを誰か褒めてほしい。


『……』


 シルヴィアには褒めてもらいたくない気がした。


「はぁ~」


 鑑定スキルのレベルは、まだ上げられる。

 しかし、だからといってレベルを更に上げていいのかどうか。メモされる量が増えるだけでやっぱり役に立たないんじゃないか。

 そんな気がして怖い。

 情報が無いゲームとは、ここまで難しいものなのか。

 ネットどころか噂すら届いてこない森の中では、ポイントを使うにしても慎重になってしまう。

 他にも有益なスキルがあれば、先にそちらを上げるべきであり……この役立たずのメモ機能を上げて良いのかどうか、ものすごく迷う。


「エリクサーを中ボスに使える人間になりたいものだ」

『人間? ムオンちゃんは今Vtuberですよ』

「AIが揚げ足取ってるんじゃないよ、もう!」


 苦い赤の実をもいで、シルヴィアのウィンドウに投げつける。

 無意味だと分かっているけど、ストレス発散には必要な行為だと思うので投げつけておいた。

 データに直接攻撃できるスキルって無いですか?

 ウィルスバスターとか!

 いや、ウィルスじゃなかったわ、ごめん!


「とりあえず、今はメモ用紙いらずってことでいいや」


 スキル問題は後回し。

 さっさとしないと焼き魚がこげてしまう。

 ボクは手当たり次第に木の実や植物の葉っぱをちぎっては口に入れ、ちぎっては口に入れを繰り返した。

 結果、そのほとんどが苦い! 苦い! なんか舌が痺れる! 毒!?

 食べられた物じゃない。

 でも、木の実で惜しいものがあった。

 というか、甘い木の実を発見してしまう。


「あまっ! 美味しい!?」


 イメージ的にはスモモかな? それを小さくしたような感じの木の実だ。


「普通に美味しくてビビった……よし、ミニ桃と名付けよう」


 まぁ【鑑定】ウィンドウには『甘い木の実』というドストレートな名称だけど。食べられる木の実すら、レベル1では名前を教えてくれないらしい。

 内容は甘い、とだけ。

 手に持ったり、視ただけでは、初めて見る物への鑑定スキルが発動しないのが恐ろしい。しっかりと口に入れて味わってみないとメモ機能すら発動しない。


「う~む」


 たぶんこれ、レベルをあげれば解決するような気がする。いくらなんでも、こんな物を『鑑定』とは呼べないだろう。

 問題はレベルがいくつになれば、自動鑑定してくれるのか、だけど。


「やっぱりポイントがもう少し貯まってからがいいか」


 なんてつぶやきながら見つけた黒い実。

 流れ作業的に口に運んだ。


「あ、硬い……おっ? 割れた……あ! 痛っ、ちが……か、から! 辛い! かっら!」


 辛い!

 パキっと実を割るようにして中身を噛むと、めっちゃ辛かった! とうがらしを食べた時みたいな痛い辛さだ。


「げほっ、げほっ! あぁ~、でもこれだ、これこれ」


 塩はなくても、辛みがあれば料理はできる。

 淡泊な味の魚も、もっと美味しく食べられるはずだ。


「けほっ、けほっ。はぁ~、よし……何個か取れた……んぁ?」


 黒の実を集めていると、ガサガサと音がした。

 なんだ、と思って茂みを見ると――顔を見せたのは動物だ。

 たぶんだけど……イノシシかな。灰色に近い茶色の硬そうな毛に、反りかえった鼻。体は結構大きくて、ボクの腰ぐらいまでの高さがある。

 でも――イノシシってこんな牙が大きかったっけ!?


「シルヴィア……もしかして、これ……」

『魔物ですね』

「うわぁ!?」


 ボクは慌てて逃げ出した。

 同時に後ろから追いかけてくる音がする。

 振り返れば、イノシシの魔物がボクを追って走ってきていた。


「うわあああ!」


 もう、どっちに逃げるのが効率的か、なんて考えてる場合じゃない。なにより、ボクがそんな走れるわけないだろ、というのを全力で叫びたかった。


「ひぃ!?」


 後ろから体当たりを喰らう。

 現実なら、これでボクは死んでただろう。牙で体を切り裂かれていたかもしれない。

 でも、ここはゲーム世界。

 ぽーんと弾かれるように、ボクは前方へ吹っ飛ばされて地面へ転がった。


「ぐへぇ!」


 視界に見えてるHPゲージがみるみる減っていく。

 やばい、やばいやばいやばい! 死ぬ! 死んじゃう! ゲーム―オーバー!?


「あわわわわ」


 だからといって反撃できる武器など持っていない。というか、勝てる気がしない!

 ボクはわたわたと逃げるために立ち上がろうとするけど、体が上手く動かなかった。

 恐怖で立てない。

 手が震えて上手く地面を押せない。足に、まったく力が入らなかった。

 それでも、こんなところで死にたくないので四つん這いになって逃げる。


「ぴぎゃ!?」


 二回目の体当たり。

 お尻にそれを受けたボクは、そんな恥ずかしい悲鳴をあげて森の中を吹っ飛ばされ――


「うぎゃああ!」


 そのまま湖の中へと落ちた。

 よ、良かった!

 さすがにイノシシモンスターも湖の中までは追って来ないはず。湖の近くで助かった。


「がぼぼぼぼぼぼ」


 とは思ったけど、ボクはやっぱり泳げないわけで。

 HPメータはレッドゾーンに突入してるし、酸素メータが緊急表示されて減っていってしまう。


「あ、また落ちてる。なにやってんのよ、もう」

「がぼぼぼぼぼ! あばばばばば!」

「はいはい、助けてあげるから大人しくして」


 沈んでいってる途中で人魚のシレーニが助けてくれた。

 湖面まで浮かび上がってくれると、ボクの酸素ゲージが無事に回復する。


「た、助かった~……」


 良かった~、死んだかと思った~。


「って、死んだらどうなるんだ?」


 普通のゲームだと、セーブしたところから始まったり、持ち物を落として別の場所から再開だったり……


「シルヴィア。死んだらどうなるの?」

『死にます』


 ……いや、そうだろうけどさ!


「そうじゃなくって、このゲーム内で死んだらボクたちってどうなるの?」

『――ゲーム内容に関する質問にはお答えできません』


 いま、一瞬だけ間があったな。

 いつもと違うような気がした。

 なにかしらのプロテクト的なものがあるのかもしれない。


「何にしても、死なない方が良さそうだ」


 それが現実であっても、ゲームであっても。

 生きてる限りは、生きておいた方がいいのかもしれない。


「はぁ~」


 ため息なのか、それとも安堵の息なのか。

 自分でも良く分からない息を吐いて、ボクは湖岸に辿り着いた。


「ありがとう、シレーニ」


 気にしないで、という感じでシレーニは手を振って湖の中に戻っていった。

 マジで助けてくれるNPCだ。

 絶対に海に連れてってあげよう。

 ボクはそう誓い……握りしめていた拳を開いた。


「あ」


 夢中で気付かなかったけど、黒い実をいくつか持ってきてたようだ。


「これで、美味しい焼き魚でも食べよう」


 と、その前に……


「またずぶ濡れか」


 なので、脱ぐ。

 つまり――


「また全裸か」


 燦然と輝くスキル『ヌーディスト』。

 その効果がいかんなく発揮されているようで……非情にイヤ!


「うぅ。どうせなら配信者数よ、伸びろ!」


 カメラがどっちから向いてるか分かんないけどさ。

 ボクはバンザイするようにして、全身を見せた。

 いいよ、もう!

 存分に楽しんで!


「良かったら、いいね、とチャンネル登録していってね!」


 一応、定型文を叫んでおく。

 もともとのボクのチャンネルで配信されているのかどうか、分かんないけど。

 でも、言っておいて損は無いでしょ。

 そのポイントで、鑑定スキルをレベルアップさせてやる。

 ついでにハンタースキルとかあげれば、HPとか増えるかもしれない。具体的な数字は開示されていないので、分かんないけど。

 でもぜったい【ヌーディスト】のスキルレベルは上げないからな!

 アレでしょ。

 服を着てても服が透けて見える、みたいなスキルなんでしょ。知ってる知ってる。そういうえっちなMODとかあるもんね。

 防御力とかそのままで頭装備が見えなくなって顔が良く見せる、というありがたい機能もあったりするけど。


「そういえば、防御力とか……ステータスを見るにも鑑定スキルなのかな?」


 スキルを使って自分の手を見てみるが……何も表示されなかった。


『自己をかえりみるのは大切ですね』

「いま、それに何の意味があるの?」

『一般論です』


 ちくしょう!

 ボク、シルヴィアのことちょっと嫌い!

 はぁ~、とボクは大きく息を吐いて、焚き火の近くに座る。焼き魚はちょっと焼けすぎてる。焦げてはいないけど、水分がカラカラになったようなイメージ。干物か? まぁいいや。

 とりあえず、焚き火から距離を取ったところへ焼き魚を置いておく。

 その間に――


「これでいいかな?」


 頃合いの石を見つけてくる。

 平たい石だ。

 できるだけ平になってる部分を上にして置いて、黒い実を軽く石で叩いて表面の殻を割った。


「中の種が辛いのかな」


 殻の中には白くもやもやとした部分と種が入っている。

 試しに白い部分を食べてみるが……何の味もしない。

 やっぱり種が辛いようだ。


「よし」


 他の黒い実もコツコツと割って、種を取り出す。

 今度はその種を石で挟むようにしてバラバラに砕いていって、荒い粉にしていった。


「できた! 香辛料第一号だ」


 名付けて――


「一味種!」


 七味じゃなくて、一味。しかも種なので、いちみだね。

 あとはこの一味種を焼き魚にパラパラとまぶしてから~。


「かぷっ」


 と、思いっきり齧りつく。

 すると――


「かっら!?」


 はひー、とボクは息を吐いた。

 辛い辛い、めっちゃ辛い。

 さっきよりも辛くなってる気がする。


「で、でも、淡泊な味よりマシか。あとちょっと、なんか、クセになる。これはこれで、うんうん」


 美味しい美味しい。

 朝ごはんにしてはちょっと激しい辛さだけど。

 何の味付けもしていない魚を食べるよりマシかな。


「は~、ごちそうさまでした」


 魚を食べ終わり、煮沸させておいたお湯を飲む。でもやっぱり口の端がヒリヒリするように辛い。


「さっきの甘い実……ミニ桃はもっと取っておいた方がいいな」


 もしかしたら甘い飲み物も作れるかも?

 まぁ、でも、しかし――


「問題は魔物だよな」


 次に森に入るときは槍を持って行こう。

 それでなんとか倒せるとは、思えないけど。無いよりはマシなはず。


「後は……あ、そうだ」


 ちょっと思いついたので、ボクは近くの土を枝で掘るようにして穴を開ける。あまり深くなくていいはず。

 人差し指の先ほどの穴をあけると、その中に黒実の種を入れて、穴を埋めた。

 そして、葉っぱの器で水をかけてみる。


「どうだ!」

『おめでとうございますシズカ・ムオン。あなたは世界で初めて【ファーマー】の称号を得ました。以後、配信ポイントに特別ボーナスが加算されます』

「よし!」


 世界初でボーナス取得だ。


「ふっふっふ。もしかしてこの状況、割と有利なのでは?」


 街に落ちたプレイヤーでは、なかなかコックとか、ファーマーとか、そういうスキルが取れるなんて発想は出来ないだろう。

 たぶん。

 まぁ、逆に冒険者系のスキルがぜんぜん取れないんだけどね。

 武器がないし。買い物も出来ないし。物も売れないし。


「もしかして魔法とかもあるのかも」


 いや、絶対あるよね魔法。


「いいなぁ~。魔法は使ってみたい」


 スキル【マジック・キャスター】とかだろうか?


「ま、今はそれよりも」


 モンスター対策をどうするか。

 それが重要だ。

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