第29回 ひたすら楽して竜成石

 上司とともに企画会議に出て、どういうことをやるのかを説明したものの、別段何事もなく終了した。


 感触としては悪くなかったが、どうなるかはわからない。いい感触であったとしても結果はお祈りなんてことはよくあることである。仕事なんてものは所詮そんなものだ。ここでうまくいかなかったとしても、特別嘆く必要などありはしない。


 なにより今回は先に答えをもらっている別メディアに持っていけばいいのだ。その件に関しては会議のときにそれとなく説明はしているので、不義理になることもないだろう。まあ、答えを保留したことによって別メディアのほうからひっくり返される可能性はあり得るかもしれないが。


 ということで私にできることはやり切ったので、あとはお偉いさんがたがどうするかを祈るだけである。私の祈祷力がお偉いさんがたに伝われば、うまくいく可能性はあるだろう。うまくいったときのことはうまくいったときに考えればいいのである。そんなことを考えているところで配信開始の通知が届いた。


 やることをやり切っていい気持ちになっていたし、今日は酒も用意してリンク先をクリックして配信を開く。


 開くと同時に現れたのはパン1頭陀袋の男――ではなかった。配信画面に映っているのは、人型の竜ともいうべき存在。別の配信を開いたはずもないし、そもそもこんな人外配信者などいるわけないのだが――


『ウィィィィス。トリヲです。出オチになってしまいましたが、今日は竜成石を使ってドラゴンになってみました。というわけで今日の題材は竜成石です。さすがにすぐ始めるのはあれなので、少し話でもしてもうちょっと集まってからやりましょうか』


 人型の竜の姿になった彼の声はどこかくぐもっていた。間違いなく、見た目が変化しているせいであろう。


 竜成石とは、ドラゴン系の敵を倒すと稀にドロップする、その字のごとく、己の身体を竜に変化させることができる石だ。この石を使って変身すると、通常では考えられないほどの身体能力と、普段では使えない様々な独自スキルを使えるようになるのだが――


 その代わり、変身するには防具を外す必要がある。一応、返信すれば防御力は上昇するものの、はっきりいって雀の涙に等しく、高層階や下層階の強敵相手ではほとんど意味ないレベルだ。


 そのため、防具を外してまでこれをわざわざ使うものはほとんどいないというのが現状だ。防具がないことによる耐久力の低下よりも、防具に付与されている様々なスキルを利用できないというのがなによりも大きい。


 なので、この石は、それなりに強いことはわかっているが、わざわざ使う必要性ってないよね、という類のものなのだ。確かに独自性はあるものの、標準的な装備で得られるスキルを捨ててまで手に入れる価値はないというものである。


 その割に、これを手に入れるには強敵たるドラゴン系の敵を倒さなければならず、なにより確率も高くない。


 さらに言えば、一度変身すると、同じくドラゴン系の敵が低確率でドロップする解竜石というものを使わない限り、戻ることができないということもある。この解竜石は竜成石と違って使い切りなうえに、なかなか落としてくれない。


 それを知らずに竜成石を使って元の姿に戻ることができなくなり、強力なモンスターと遭遇してあぼん……なんてケースも過去にあったほどだ。


 そんな武器――というか実際にはアイテムだが――この変な武器を愛する変態がこれに手を出すのは必然であると言える。


 まあ、こいつのことだから防具がないのはいつものことだし、むしろ普段から防具をつけていないので、竜成石を使わなければ使えないスキルが使用できるようになっているので実質プラスといっても過言ではない。なにより、裸ソロでドラゴンを蹂躙する異常個体である。解竜石を手に入れるまでドラゴンを狩り続けるくらい苦でもないはずだ。


『今日の題材は竜成石ってことは、素手で戦うってコト!?』


『ワッ……』


『泣いちゃった!』


 続々と集まってきたコメント欄の変態どもがちいかわみたいになる。恐らくコメント欄にいる九十九割は小さくもないしかわいくもないだろうが、人間はみんな心にちいかわを飼っているものなので、そういう日もある。


『はい。今日はせっかく変身したので、素手で戦っていきます。身体能力が上がってるなら拳で戦ったほうが得ですし。拳でモンスターをわからせてやりますよ』


 その理屈は意味不明であるが、まあコイツがそう思うなら、コイツの中ではそうなのだろう。他人の理屈など知ったところで理解できないのは普通なのだ。人生をうまく生きるコツは他人に必要以上の理解を求めないことである。それはそれでいいんじゃない、知らんけどの精神が大事なのだ。要は適当なくらいでちょうどいいってこと。


『スデゴロで戦っていくのはあそこにいるバーバリアンロードくんです。殴り合いをするなら格好の相手ですね』


 そう言ってカメラに映るのは一見人間に見えるが、世紀末にいそうなサイズをしている存在である。その名の通り、極めて肉体派の敵であり、魔法には弱いが物理にはめっぽう強い。


 なので、常套手段としては近づかれる前に遠距離武器での状態異常攻撃や魔法攻撃で仕留めるか、近接されても対処できるレベルにまで弱らせるのが一般的であるが――


 そんなことをこの男がするはずもない。殴り合いをすると宣言している以上、それを反故にするはずもなかった。己が言った通り、真正面から仕掛けて殴り合うはずである。


『バーバリアンロードに真正面から裸で殴り合うとか相変わらず正気じゃねえな』


『そりゃそうだろ。正気を失ってなきゃ裸で配信なんてやらねえからな』


『こいつは一体……なんなんだろうな』


 お前はなんなのかという哲学的な問いを巡らせるコメント欄の変態たち。その問いに対する答えが出るときは地球が赤色巨星になった太陽に呑まれているかもしれないが、なにをしてもリーガルアウトを踏まなければなにをしても許されるのがインターネッツという世界である。人間、誰だってそんな感じの答えがでそうにないものを考えたりするものだからね。


『というわけで拳でわからせてやりましょう。それではオッスお願いしまーす』


 そう言って普段よりも遥かに速いスピードでバーバリアンロードへと突っ込んでいくトリヲ。異様な速度で近づいてくる気配をバーバリアンロードはすぐに察知する。


 筋骨隆々とした身体を近づいてくるトリヲに向ける。どっしりとした構え。それは、ただ力任せに動くだけの存在にはできない所作であった。感じられる知性と荒々しさ。


 猛スピードで接近してくるトリヲに合わせて踏み込み、手刀を放つ。それは手刀というより、重機で鉄骨を振り下ろしているのに等しいものであった。まともに受ければ、身体の骨が砕けるどころか、真っ二つに両断されてもおかしくない。


 その手刀を一切速度を落とすことなく身体の軸を反らすことによって紙一重で避けつつ、バーバリアンロードの腹に拳をうカウンターで叩き込む。竜に変身して爆発的に上昇した身体能力によってカウンターを食らったバーバリアンロードはその巨大な体躯がウソのように吹き飛んだ。


 バーバリアンロードは五メートルほど吹き飛んだところで踏みとどまって構えなおす。あれだけ強力な拳を腹に叩き込まれたというのに、ダメージを食らっている様子はまるでなかった。鍛え上げられたその肉体には、その程度の攻撃など通用しないと高らかに示しているに等しい。


 踏みとどまったバーバリアンロードはすぐさま前に出る。今度は迎え撃つなどという軟弱な行為をしてこなかった。真正面から、向かってくる敵に対し突撃を仕掛ける。人間をはるかに勝る体躯の存在が猛スピードで向かってくるさまは圧巻だ。同じ人型をしているからこそのプレッシャーがある。


 今度は、トリヲが向かってくるバーバリアンロードを迎え撃つ形となった。自分の何倍もの大きさの相手が向かってきても、恐れる様子はまったくない。


 向かってくる相手に合わせて、力強く踏み込む。同時に発生したのは、画面越しからでもはっきりと伝わってくる衝撃。


 竜成石を使ったときにのみ使用できる固有スキル竜震だ。力強く踏み込んで衝撃を発生させ、相手を怯ませるという技だ。敵の攻撃に合わせて使うことでその効果を最大限に発揮できる。


 竜震を完璧なタイミングで食らったバーバリアンロードは怯み、その動きが止められる。


 その一瞬に生じた隙をトリヲが逃すはずもない。直後、彼の腕が巨大化。竜激爪。己の身体を竜そのもののように巨大化させる、変身していなければ使えない技だ。


 動きを止められていたところに巨大化した竜の腕がバーバリアンロードに振り下ろされた。


 だが、バーバリアンロードはその巨大化した腕を受け止める。無論、無傷というわけにはいかなかったが、まともに食らうことだけは回避した。自身に加えられる圧倒的加重に一瞬耐えて――


 身体を翻すことによってそれから逃れつつ、距離を詰める。巨大な腕を振り下ろしていたトリヲに最接近。鉄骨のような腕で殴りかかってくる。


 攻撃を抜けられても、トリヲは冷静であった。巨大化した腕を支柱のようにして飛び上がってバーバリアンロードの攻撃をなんなく回避。頭上を取る。


 頭上を取ったトリヲは竜のように変貌した自身の頭部を巨大化させた。直後響き渡る咆哮。これも変身したときにのみ使える竜哮という技だ。これはただ音を発生させるだけではない。耳にした相手に対する強制力も併せ持っている。要は強制的に動きを封じることができるのだ。この強制力に対抗するには、魔法力への耐性が必要であるが――


 バーバリアンロードは、肉体面では非常に優れている反面、魔法攻撃や状態異常には弱いという側面を持っている。竜哮による強制に耐えることができず、動きが完全に止められ――


 そこを巨大化した腕で貫かれる。巨大な爪によって貫かれ、引き裂かれたバーバリアンロードはそのまま倒れこんで消滅。完膚なきまでの勝利。今回も清々しい完全試合であった。


『というわけで、竜成石を使えば肉体派のバーバリアンロードも楽に倒せます。というわけで今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』


 いつもの口上とともに配信は終了。


 圧倒的な勝利を見ながら飲む酒というのはなによりも最高であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る