マスカレイド 9

「……諦めろだって? 違う、違うなァ、三津崎青羽。諦めるのはテメェのほうだ」


「実力差が見えないのか? そこまで鈍ったか」


「違う、全然違うねェ。確かに今回は失敗した。業腹だが認めよう。それは認める」


「まさかと思うけど、俺が命までは奪わないと思ってるんじゃないだろうな? 抵抗するなら俺はやるぞ。お前の命になんて毛ほども価値を感じちゃいないんだ」


「おお、怖い怖い。だけどそういうことじゃない。私は失敗したが、敗北したのはどちらかな? 捕まるのは私だけじゃないってことだ。三津崎青羽。今回はお前がいたから失敗した。だけど次はどうだ? お前はその時、バトルドレスに乗ってその場にいるのか?」


「そんなのは知ったこっちゃねぇ。まだ起きてねぇことにまで責任は持てねぇよ」


「三津崎青羽、お前がバトルドレスに乗り続けたいならこちらに来るしかないんだよ。協会も、国も、お前を守っちゃくれない。勝利し凱旋したお前はその場で守った人々によって拘束される。お前、別に正義のためにバトルドレスに乗っているわけじゃないだろう? 乗るために乗っている。なら所属はどこだって構わない。違うか? 私たちはお前に戦場を用意できる。楽しい・・・ぞ」


「お前にゃ才能があるよ。アメリア・キース。人を惑わし、陥れる才能がな。確かに俺はバトルドレスに乗る資格を失うだろう。塀の中で臭い飯を食うことになるかもしれない。真っ当な人生はもう歩めない。終わりだ」


「そうだ。協会も、国も、お前の才能を正当に評価しないだろう。だが私たちは違うぞ。お前の才能を正しく評価できる。才能に見合った舞台を用意できる。だからこちらに来い。三津崎青羽」


「だけど、違うんだ。アメリア・キース、お前は根本的に考え違いをしている。俺は自分が楽しけりゃそれでいいなんて思っていない。ダンサーってのは客を笑顔にするもんだ。笑ってくれる観客のいない舞台になんて、俺は興味ねぇよ」


「なら、ここで死ねッ!」


 アメリア・キースがフルブーストで突っ込んでくる。


 ブリューナクを失ったアメリア・キースに残された手段は近接戦だ。

 バトルドレスの出力の違いを使ってこちらを掴み、直接破壊するしかない。


 だが相手の事情に付き合ってやる必要なんてない。

 アクセルブーストでその進路を回避。

 同時にアメリア・キースはカウンターブーストでこちらに進路を変える。


 早い!

 これまでのアメリア・キースの反応速度ではない。

 俺のように何かを踏み越えたのか?


 激しい追いかけっこになる。

 速度に乗りすぎていてブリューナクが撃てない。

 射撃戦に持ち込むには減速が必要だが、今のアメリア・キース相手に減速すれば、次の瞬間に掴まれる。


 付き合ってやろうじゃねぇか!


 カウンターブーストで反転。

 伸びてくるバトルドレスの腕を紙一重で避けようとする。


 その瞬間、体がシートに強く押しつけられた。

 視界がブラックアウトする。

 それでも回避行動を入力して、アメリア・キースとすれ違う。


 エネルギーブレードを振ったが、当たったかどうか確認できない。


 アンチ慣性無効フィールドだ。

 アメリア・キースのバトルドレスそのものに発生装置が備え付けられている。

 では何故アメリア・キースはアクセルブースターの加速に潰されずに済むのか。


 答えは簡単だ。

 そもそも十年前のバトルドレスはどうやって操縦していた。

 遠隔操作だ。

 アメリア・キースはこのバトルドレスに乗っちゃいない。


「そんな玩具で俺に勝てると思うなよ!」


 ブリューナクを常時発動はできないはずだ。

 使えるなら最初から使っている。

 つまりこれはリスクのある切り札に違いない。

 生身の人間が乗ってないとは言っても、アクセルブースターの加速にバトルドレスの部品がどこまでも耐えられるとは思えない。

 それにブリューナクを使ってるってことは射撃が通るってことじゃねーか!


 だが撃った弾丸は慣性無効フィールドに捕まって止まる。

 ブリューナクのオンオフを切り替えているのだろう。


 超音速での追いかけっこが続く。

 最高速度は向こうが上だ。

 直進を続けると追いつかれる。


 カウンターブーストを繰り返し、加速性能で引き離す。


 放熱板はこちらのほうが小さいが、アメリア・キースの放熱板はかなり傷ついている。

 どちらが先に限界を迎えるかは分からない。


 我慢比べだ。


 と、思っているなら大間違いだぞ!


 俺が何も考えずに逃げ回っていると思っていたか?

 それとも分かっていても追いつけなかったか。

 どちらでも同じだ。


 反転、ブースト、速度を落とす・・・・・・


 ブリューナクを撃つ。

 向きを変えて連射。

 全て撃ち尽くす。


 アメリア・キースではなく、逃げ回りながら近づいた潜水艦に向けて。


 遠隔操縦の遅延を考えるとアメリア・キース本人がそう遠くにいるとは思えない。

 すぐ近くからバトルドレスを操縦しているはずだ。

 つまり潜水艦の中だ。


 アメリア・キースは俺に向けて突っ込んでくることができない。

 俺のすぐ後ろに潜水艦があるからだ。


 ブリューナクを撃った今、超音速で潜水艦に突っ込めば、俺を潰せたとしても、潜水艦も無事では済まない。


 それでも突っ込んでくるのが正解だったぞ。

 アメリア・キース。お前は死を踏み越えられなかった。


「止めろ、三津崎青羽ァ!」


 潜水艦にブリューナクが命中して跳ねる。

 そこに実弾を叩き込んだ。

 次々と船体に穴が穿たれる。

 ミサイルハッチを貫いた瞬間、大爆発が起こる。

 装填されていたミサイルに命中したのだ。


 アメリア・キースが突っ込んでくる。

 ブリューナクの効果範囲に入る前にアクセルブーストで回避。


 だがアメリア・キースはそのまま潜水艦に突っ込んでいった。


「死なない。こんなところで私は死なない!」


 アメリア・キースはバトルドレスの出力で潜水艦を掘り進める。

 そしてその中から何かを引きずり出して、そしてバトルドレスは動きを止めた。


 その箱の中から写真でしか知らない女性が現れる。

 アメリア・キースその人だ。


「三津崎青羽! 証言者が必要だろ! なんでも話す! だからッ!」


 アメリア・キースは俺に向けて手を伸ばす。

 その胸を潜水艦の内側から放たれた弾丸が撃ち抜いた。


「たす……けて……」


 アメリア・キースが倒れ伏す。

 鮮血が広がっていく。

 アメリア・キースが穿った穴に海水が流入して、潜水艦が傾く。


 アメリア・キースの死体が甲板を滑って波に攫われる。


 潜水艦はやがて縦を向いて波間に消えていった。


「締まらねぇ最後だ」


 だがこれは競技スポーツではない。

 ただの殺し合いだ。

 全力を尽くしてお互いに健闘を称え合うような終わりを迎えられるはずがない。

 むしろアメリア・キースの最後には相応しい。


「……こちら三津崎青羽、ブルーエースだ。敵の大型バトルドレス、及び潜水艦を倒した。そっちはどうなった?」


「フロントラインサービスのアックスだ。こちらももう終わる。急いで戻ってくる必要はない。ケツを拭くくらいはできる」


「了解。敵の生き残りが浮かび上がってこないかしばらく監視してから戻る」


「ああ、もしも生き残りがいたら丁重に連れてきてくれ。歓迎パーティの用意ならできている。それからバトルアリーナには戻らないほうがいい。俺たちのところに来い」


「なんとなく状況は分かっている」


 アメリア・キースと戦っている間も通信には耳をそばだてていた。

 途中から卯月やひとみとの通信回線が切れたことにも気がついていた。

 その直前に大きな物音がしたことも。


「他のマスカレイドダンサーも受け入れるつもりだ。シビアな交渉になる」


 待機室の様子が思い返される。

 奥の通路に向けて築かれたバリケード。

 あれはなんのためだったのか。

 気がついていた。

 本当は分かっていた。

 だがあえて切り捨てた。

 おやっさんや若葉、卯月、ひとみ、地上スタッフのみんながどうなるか分かっていた。


 バトルドレスは兵器だ。

 いくら攻撃を受けたからと言って、個人が勝手に乗り回していいものではない。

 ましてや武器を使って、人まで殺していいわけがないのだ。


 もちろんそれを支援することだって許されない。


 国際バトルダンス協会のなんとやらの方が法的には正しいのだ。


 あのバリケードは警察の突入を遅らせるためのものだ。

 しかし本格的な抵抗などできようはずがない。

 それでは罪を重ねるだけだ。

 それでも彼らは俺を支援するためにギリギリまで抵抗したに違いない。


 卯月も、ひとみも、若葉も、おやっさんも、他のスタッフも今頃はみんな拘束されているのだろう。


 ふざけるなよ。と思う。

 あの場では最善の判断だった。


 俺たちが出ていかなければフロントラインサービスは全滅し、軌道エレベーターは破壊されていた。

 どれほどの被害が出たか想像もできない。


 俺は海上に死体すら上がってこないことを確認して、大空へと突き立った軌道エレベーターを目指した。


 俺が守ったものはなんだ?


 誰も答えてはくれなかった。

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