学内決闘戦 9

 俺のエネルギー残量はほとんどゼロだ。

 アクセルブーストによって排熱限界を超え、蓄熱装甲がいくつか熱量が飽和して切り離された。


 すべてを賭けた一瞬だった。


 鳴れ!


 試合終了を知らせろ!


 秋津瑞穂の赤いドレスが離れていく。

 メインブースターのみで、真っ直ぐに俺から離れていく。

 蓄熱装甲はもはや無く、放熱板は真っ赤に灼けて、今にも燃えだしそうに見えたのに――。


 どうして鳴らないッ!


「もうひと押しでした……」


 鵜飼ひとみの悔しそうな声が頭の中で響く。


 もうひと押し。

 もうほんの僅かな熱量だったはずだ。

 なぜ俺は逃げる秋津瑞穂に実弾をばらまかなかった?

 撃てたはずだ。


 実弾攻撃は熱量がほとんど発生しないし、エネルギーも消費しない。

 慣性無効フィールドで止められて、与えられる熱量は少ないが、そのほんの少しの熱量が必要だったものなのだ。


 二之太刀を決めた瞬間、勝ったと思ってしまった。


 その驕りが攻撃の手を緩めさせたのだ。

 俺はベストを尽くさなかった。


 勝利が逃げていく。


「おぉぉぉぉ!」


 俺はなんて馬鹿なんだ。

 みんながくれたチャンスを、心の驕りでふいにしてしまった。


「落ち着いてください。三津崎くん。秋津先輩は蓄熱装甲をすべて失いました。もう一回決めれば倒せます」


 分からないのか?

 鵜飼ひとみ!

 お前には分からないのか!?


 秋津瑞穂を相手に“もう一回”を決めることの難しさを。


「二秒先で駄目なら、五秒先を読みます! それでも駄目なら十秒先を! 私は諦めていません・・・・・・・・・よ!」


 違う。


 鵜飼ひとみは知っている。


 秋津瑞穂の強さを。

 その圧倒的な性能を。


 何故なら彼女と一緒に秋津瑞穂の試合映像を見たからだ。

 山のように積み上げられるその勝利の記録を見たからだ。


 だが彼女は諦めない。

 自分の性能を上げて行けば、彼女に到達しうると叫んでいる。


 その心を震わせる叫びに、俺は自分を取り戻す。


 よく考えてみろよ、三津崎青羽。

 俺はエネルギーをすべて失ったが、それはすぐに取り戻せる。

 失った蓄熱装甲は三つ。

 それに対し、秋津瑞穂は蓄熱装甲を全損した。

 彼女はもう排熱限界を超えられない。


 圧倒的に有利なのは俺だ。

 次を決めれば俺が勝つ!


「ごめん、鵜飼さん、取り乱した。もう一度決めよう」


「はい。私たちならやれます」


 秋津瑞穂は放熱のために俺からもっとも離れた地点を旋回している。

 俺のエネルギー残量は六十%ほどまで回復した。


「追い詰められているのはあっちのほうだ。こっちから攻めるぞ」


「いいえ、エネルギーがフルチャージされるまで待ってください」


「だけどそれじゃ秋津瑞穂が放熱を終えてしまうぞ」


「蓄熱装甲を失った今の秋津先輩なら、一撃で落とせます。三津崎くんは当てることに集中して、そこまでは私が誘導します」


「分かった。指示に従うよ」


 やがて秋津瑞穂が放熱を終える。


 外周を回るようにこちらに加速しながら接近してくる。

 途中でその機体の回りに白い雲が発生した。

 ベイパーコーンだ。

 さらに加速、音速を超える。


 攻撃圏への接近までわずか二秒。


 降り注ぐレーザーと実弾を掻い潜る。

 鵜飼ひとみの指示に従ってもなお避けきれない。


 だがそれでいいのだ。


 衝撃波を残して秋津瑞穂が通過していく。


 蓄熱装甲がひとつ駄目になった。

 熱量も高い。


「今ですっ!」


 フルブースト!


 インターセプトするのではなく、真後ろから追いすがる。


 こっちだって瞬間速度は超音速なのだ。


 本来、一瞬だけ使うアクセルブーストを全開にして超加速。


 ブースターの熱量を受けて蓄熱装甲が次々剥がれていく。


 この速度を維持するのは自滅行為に他ならない。


 だが――。


「追いついたぞ!」


 アクセルブーストを使用して逃れようとする秋津瑞穂を追いかける。


 蓄熱装甲の最後の一枚が剥がれ落ちる。


「下!」


 鵜飼ひとみの声に反応してアクセルブースト!


 ドンピシャで秋津瑞穂のドレスが目の前に現れる。


「もらった!」


 エネルギーブレードを振る。


 完璧なタイミングだった。

 秋津瑞穂は避けられない。


 アクセルブースターは一度出力を落とすと、再度の使用にはほんの僅かなラグがある。

 使い切ったこの瞬間はアクセルブーストは使えない!


 今度は緩まない。

 追撃のために銃を構える、つもり、だった――。


 エネルギーブレードは空を切った。


 秋津瑞穂が消えた。


 代わりにレーザーが、実弾が、俺を打った。

 熱量が一気に増大する。

 危険ラインに突入する。

 ほとんど反射的に攻撃を受けた方向に向けて銃弾をバラ撒いた。


「なにが起きたっ!?」


「慣性無効装置です! 秋津先輩は止まりました・・・・・・


 そんな、馬鹿な!

 運動エネルギーを最大活用するはずの戦闘機型バトルドレスが慣性無効装置を使って停止するだって!?


 俺の知る秋津瑞穂は常に速度を生かした戦い方をしていた。

 止まった秋津瑞穂との戦い方など、俺は知らない!


 高速移動中でも針の穴を通すような精密射撃が、静止状態から俺を狙う。


「右一三〇度へ!」


 鵜飼ひとみの指示に従って弾幕から逃れようとする。


 秋津瑞穂! 止まっているなら良い的だ!


 こちらからレーザーを撃ち返す。

 すると秋津瑞穂はアクセルブーストで移動し、次の瞬間に慣性無効装置で停止した。


 止まった状態から精密射撃を繰り出してくる。


 撃つ。

 避ける。

 止まる。

 撃つ。

 避ける。

 止まる。

 撃つ――。


 触れようとすると一瞬で別の位置に移動する、その動きは、秋空に見かける昆虫のそれによく似ていた。


 この戦い方、知っているぞ。


 何度も――、何度も――、何度も――、戦った!


 秋津瑞穂が口の端を持ち上げて笑った。


 その唇が言の葉を紡ぐ。

 こう動いた。


「来いよ、ブルー」


 血が歓喜で沸騰する。

 俺が求めたものはここにあった!


 さあ、十年ぶりに遊ぼう。トンボ!

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