第22話 魔法の国の女王と王配
一年後。
今日はアニエスの公的な即位式。
場所は妖精探偵社。
こここそが。
アニエスをアニエスたらしめる場所。
アニエスの全てが詰まった場所。
そんな妖精探偵社の二階部分にこしらえたテラスに、アニエスとフロノスは二人で立っている。
後ろにはもちろん王族である家族が控えている。
そこから見下ろすさほど広くない妖精探偵社の庭。
そこには多くのモノが集まった。
王族。貴族。平民。妖精。
中央からも辺境からも果ては他国からも多くのモノが集まった。
数にすれば千人近い。
おかげで庭は人でぎゅうぎゅうであった。
事件当時から確かにアニエスは貴賤を問わず人気であったが、あの頃のアニエスではここまでの人間は集まらなかっただろう。ここ一年でアニエスの人気は鰻登りの天井知らずとなっている。そんな風にアニエスの人気が高まったのには理由がある。
それは一冊の本。
アニエスを即位させると決めた段階からフロノスを筆頭に、王や王妃、兄弟姉妹たちはアニエスのカリスマ性を高める施策を次々に打ち出した。その中の一つとしてローレライ魔法王国で起きた今回のクーデターを本にしたのだった。
その本は売れた。
国民は国内の情勢に疎いようで敏感である。
今回のクーデターに帰結する数々の事件は、国民の中で歪んだ形でありながらも巷説となっており、酒場ではよく酒のつまみになっていた。
酒のつまみにしないとやっていられないというのが本音である。
昨今の国内は酒のつまみになっている裏ダルクの起こした事件たちにより不穏な空気感であった。何かが起こりそうな、何かが壊れそうな、足元が揺らぐような感覚を国民は敏感に感じていたのだった。
そんな数々のモヤのようになっていた事件たち。
全てこの本が解決する。
そんな口コミを伴い、本は売れに売れた。
王族としてもこの本を出す事には大きなリスクとそれに伴う不安があった。
この本はいわば国家に対する暴露本である。
下手をすれば王族、貴族への不信感を高まらせ、その機運は革命への嚆矢となる可能性すら孕んでいた。
しかしその心配は杞憂であった。
国民は全てを明らかにした王族の高潔な姿勢に好意的だった。
何より主役であるアニエスがかわいいしかっこいい。
例によってフロノスが内容を盛りに盛りまくっているためであり、ちょっと本人とかけ離れすぎているのは珠に傷である。
これを最初に読んだ時のアニエスの第一声は。
「これを読んだ人が私に会ったらガッカリするですわ……」
そう言って金毛を萎ませるほどの盛り具合であった。
しかしこれは逆であった。
その高まったカリスマ性と、アニエス本人の気取らない性格のギャップで、アニエスの人気はさらに跳ね上がった。この頃にはアニエスとフロノスの探偵譚の人気は国内にとどまらず、国外にまで波及していた。
その結果が今日の人波である。
増え続けた参列者は庭から溢れ出し、王城への跳ね橋を越えて外まで溢れ出し、アニエスの、次なる自分達の王の言葉を待っている。
「ふ、フロー、これはどおゆうこと、ですわ!?」
「全部、お嬢の民だよ」
「どどど、どうしたら、いい、ですわ? もう、わけわからん、ですわぁ」
「大丈夫だよ、お嬢。即位式って言っても正式な儀式は王城内でもう終わらせてるからな。これはお披露目会みたいなもんだよ。だからな。いつも通りでいいんだ。みんないつも通りのお嬢の言葉を聞きに来たんだよ」
「そう、ですわー?」
「ああ、なんなら景気づけに俺がチュウしてからにするか?」
「にゃあ! そんな事言って! フローはいつも喋れなくなるまでやるですわ!」
隣に立ち、真っ直ぐ前を向いている小憎たらしい相棒を小さくぽすぽすと叩いてから。
ふう、と一息吐き出し。
一歩前に進み出る。
民衆はその動きを見て、女王の声をいまかいまかと待っている。
「私は、無能で! 探偵で! 女王! ですわ! よろしくですわー!」
よくわからない挨拶であるが。
それでも生で動く妖精探偵に。その声に。国民は歓声を上げた。
しかしアニエスにはここからの言葉はノープランであり、どうしたらいいのかと途方に暮れ、完全に固まっていた。そんな気配を敏感に察した有能助手が隣に立つ。
それにさらに歓声が増した。
アニエスも人気であるが、実はこのフロノスもそれに並ぶ人気であった。
フロノスは固まっているアニエスをヒョイっとお姫様抱っこの体勢に掬い上げる。
これには黄色い歓声が増した。
「ふ、フロー! みんなの前で抱っこは恥ずかしいですわー!」
「お嬢、実は言ってなかったけどな、これって結婚披露でもあるんだよ」
「にゃ! 聞いてないですわ!」
「おう、お嬢にだけ言ってないからな。だけど、国民も後ろのみんなも知ってるぞ」
「また! 私だけに秘密ですわ!?」
「言ったら嫌がるだろう?」
「当たり前ですわ! 恥ずかしいですわ!」
「でもな、もうみんな期待してるぜ? 国民の声を聞いてみな」
「うぃ?」
フロノスの言葉で視線を階下に落とす。
ぎゅうぎゅうの国民たちが手を叩きながら何かを言っている。
小首を傾げてその声を聞くと。
「「「キース! キース! キース! キース!」」」
なんとキスコールであった。
今回の即位式のタイムテーブルの締めは誓いのキスとなっており、国民は皆それを待っているのであった。
「にゃ! フロー! 謀ったですわ!」
「おう、だけどな。国民が待ってるぜ。どうする、お嬢?」
「うー、優しいチュウにしてくれる、ですわ?」
「ああ、いいぜ。今まで味わった事のない位の優しいキスを」
「不安しか、ないですわ……」
「お嬢、目を……」
「……うぃ」
抱き抱えられたまま目を閉じるアニエスはまるで眠り姫のよう。
それを愛おしく抱きかかえるフロノスはまるで王子様。
無能だった眠り姫。
それを目覚めさせ、女王まで導いた助手は。
魔女であり、小人であり、王子でもあった。
マッチポンプと言われるかもしれない。
それでも。
アニエスに恋して。アニエスを手に入れるために世界を渡って受肉した妖精は。
今、その本懐を遂げるために。
誓いのキスを落とす。
今までの全ての愛を。これからの全ての愛を。自分に生まれた欲という感情を。それら全部を込めた。
きっと。
全並行世界一優しいキスだっただろう。
ここにローレライ魔法王国史上最高の女王と王配が誕生した。
とろりと溶けたアニエスの目がうっすらと開く。
そこに映ったフロノスの姿は灰色ではなく、キラキラと虹色に光っていた。
「昔のフローですわぁ……」
夢見心地でつぶやく。
「懐かしいだろう? 今日だけ特別な」
そう言って今度は小さく口づける。
「にゃぁ……もうやめる……ですわぁ」
言うだけで抵抗する気力はない。
そんな溶けたアニエスにフロノスは目を細めて問いかける。
「なあ、お嬢?」
「なん、なんですわぁ?」
「俺はさ。死ぬまでも、死んでからも、お嬢を幸せにするからさ。ずっと側にいさせてくれよ」
「うぃ……いいですわぁ……」
「ありがとう」
二人はもう一度くちづけた。
今度は魂の誓いを込めて。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
全並行世界一優しくて甘いキスを二度も受けたアニエスは完全に溶けてしまい、ポンコツになってしまったため即位式は最後の挨拶もなく終了となり、グダグダな解散となったのはアニエスの名誉のために伏しておこうと思う。
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